虐待というと、一般的には、経済的にも恵まれない生育環境、というイメージがあるような気がします。しかし、実際には、いわゆるセレブやエリートといわれるような人達の中にも、子供時代、過酷な環境で過ごした方々がたくさんいらっしゃることを、心理士の仕事を通じて痛感してきました。
そういう方々は、華やかな外見とは裏腹に、人知れず苦しみ、陰で治療を受けていることも珍しくありません。
一見恵まれて羨ましがられるような人達の中にも、本人が口にしないだけで、実は過酷な生い立ちをかかえ、苦しみながら生きている人達が意外といらっしゃいます。このため、心理士の仕事をするようになってから、外から見てわかるようなその人に関する情報——例えば恵まれた経済環境、容姿など———がどんなに華やかでも、そういうことで、人を羨ましいと思うことはなくなりました。どんな人にも、他人には計り知れない苦しみや悲しみがあるものだからです。
貴族階級出身のダイアナ妃は、摂食障害で苦しみました。彼女の幼児期に、離婚のために母が家を出て行ってしまい、恋しい母が不在の中、次々と入れ替わるベビーシッターに養育され、寂しい少女時代を送ったそうです。物質的豊かさや伯爵家出身という身分が、母のいない寂しさや愛情の欠乏を埋めることはできなかったのです。
アメリカの上流階級出身のエレノア・ルーズベルトは、アルコール依存症の父と、冷たい母の間で育ちました。父は彼女を愛してくれたようですが、美人で社交界の花形だった母親は、幼児期の娘の容姿を揶揄して「おばあちゃん」と娘を呼び、冷たくあしらいました。エレノアも寂しい子供時代を送ったのです。
こうしたケースを見ても、どんなに物質的には恵まれていようとも、愛情が希薄な環境であれば、幸せな子供時代を送ることは難しいことがわかります。