前記事の追記。


前記事はこちら 



自分を整えるためのツールとして、スピリチュアルとおつきあいしているわたしですが、


生まれ変わりとか、前世の記憶とか、ハイヤーセルフなどについても、「信じる」というより「使う」という感覚です。

それを使って、今の自分を理解し、課題解決をしています。


(盛り塩とかも好きです)

たとえば、わたしは何か選択すべき時が来たとき、本当に自分の望むことはなんなのか、ハイヤーセルフに尋ねることがあります。


ホントに質問するわけではなくて、自分が気づいていない自分の感覚にセンサーを向けるような作業をするのですが、

たぶん瞑想みたいな感じだと思います。(瞑想としてやってます)

(ちなみに内観や瞑想は心身メンテナンスとしてもやってます)


自分の体の感覚や反応に集中して、快不快を感じるかどうか、どのような感覚があるのか、「感覚に聴く」みたいな作業です。


それで答えを得るわけではなくて、そのときになんとなく浮かんでくることをつなぎ合わせてハッキリと意識にのぼってくるのを待つということをしたりします。

(その時々によって何がどうなるのかは変わります)



ハイヤーセルフの存在!

とか

前世はあります!

とか

生まれ変わる前はこうでした!

とか、

そう信じて感じて考えてみることで、今の自分の感覚や思い、望みにアクセスできるという作用があるよなあと思います。

そうすると問題解決につながるので、実在しない!事実じゃない!と否定するのはもったいないしそんな権利は誰にもないように思います。



(神話も大好き)
(時の為政者や社会がどんな思想を持っていたかとかどのような教育を施そうとしていたかとかわかっておもしろいvs心踊るファンタジーで元気がもらえたりリラックスしたりできる)


わたしはレイキヒーリングも使いますが、不思議な力というよりは自分と相手との関係、関わることから生まれる、互いの意識がもたらす作用だと考えていて、目に見えないエネルギーを信じるというよりレイキヒーリングを施すことがきっかけになって起こるその人の力の発揮だと思っています。

人の持つ潜在的な力、能力って本当にすごいと思います。




自分でも不思議な感覚ですが、スピリチュアルと科学のいいとこをとってる感じです。

要は、幸せに生きるため、今よりも向上するため、良いものはなんでも使っちゃおうという奴です。

感覚も思考も両方使って、より良い方法を探したいなあと思えるようになりました。



これも、アドラー心理学を学んでから得た、白でも黒でもない、間の無限をどれでも選べる感覚によると思います。

わからないものをわからないままにしておけること、

目的をしっかり意識し、方法や好き嫌いに固執しないこと、

そういうことが積み重なって、今の考え方ができたように思います。


アドラー心理学は学問だし、とても科学的なものだと思うけど、

いったん思考を止めて感じてみることができるようになったのはアドラー心理学の実践からくるものなので、そういう意味ではとってもスピリチュアルな感じがします。



もちろん、スピリチュアルな事柄を信じている方について否定する気持ちもないし、

そんなもの嘘っぱちだと証明することもできないのですから、事実は誰にもわからないと思います。

どちらかというと、妄信していた類いですから、気持ちもわかるし、今でも大好きなのでめちゃくちゃ話も合うと思います。




天使は、男でも女でもない、って言われますけど

どっちでもないんじゃなくて、両性具有なのだと聞いたことがあります。

そのカオスな感じが人間味あって、わたしは好きなんですよね。

清らかで無垢なカリスマよりも、酸いも甘いも知った上で最善を選ぶ玄人(時々間違う)みたいなのがわたしの好みなので、そんな風に解釈してます(完全にわたしの好みです)



もしかしたら、こんな考え方は、スピリチュアルで人々に貢献されている方にとったら、身も蓋もないような考え方かもしれないし、

わたしをすごくドライな人間だと感じるかもしれませんが、

わたしはスピリチュアルな事柄がとても好きです。今まで何度となく救われてきました。元気をもらってきました。


ただ、妄信して、こだわることで、この世界との調和が取れなくなるとしたら、本末転倒だと思って、自分のスピリチュアルな事柄との関わり方を模索していました。


最近やっと言葉にできるようになってきたので、記しておこうと思った次第です。



いつの日かまた考え方が変わるかもしれません。