その道場、その企画は、本当に盛り上がっている?

いつもお手伝いに来てくれる幹部のために出来ること🙏

​じつは「盛り上がっていない」と感じる違和感を放置せず、立ち止まって課題として捉える事が大切で、この違和感こそさらに場をより良くしていく大きな一歩となります。

完璧に作られた空間で楽しんでいるのは、実は、作った側と作られた空間でのみ楽しめる人なのでは💦


組織運営も運営する側は楽しいけど、周りは実際盛り上がっていない時があります。

幹部としての下積みがあり、組織や道場を長年牽引してきたからこそ見えてくるものがあります。

指導を手伝ってくれる幹部は、責任感だけでは決して長続きしない。
いずれは離れて行くかも知れない。組織も同じ。

​「指導する側」や「運営する側」は、自分の意思で動かせる範囲が広く、達成感ややりがいを得やすいですが、受け手や周りは「与えられるだけの存在になりがちです。

どれだけ良い指導や素晴らしい企画であっても、人は「他人の用意したステージで動かされるだけ」では、どこかで飽きや冷めを感じてしまいます。
道場に集まる人との距離感
運営側だけが盛り上がってしまう現象(温度差)

運営側と企画され集まる側の間合いが離れすぎると用意準備されたものに参加するだけとなってしまい指導者育成にはならないのでは?(極端な言い回しですが💦)

もちろん行事や昇級、昇格試験などの公式な場においては、確かに厳格な「型」や統制が必要です。それこそ100%活きてくると思います。
しかし、日々の稽古や日常の運営までを「こうでなければならない」という完璧主義で埋め尽くしてしまうのは、誰に見せたいのか?=自己満足へとなってしまうのではないのだろうか?

​※こうでなければならない=間違え探し
形→型

この違和感が最近の少林寺拳法には多くなってきたな〜と感じます🌱

​「教える」から「共に深める」へ切り替える
「こうやりなさい」という指導だけでなく、「この技のコツって何だと思う?」「どうやったらもっと動きやすくなる?」と幹部から問いかけ、一緒に考える(共創する)時間を作ると、場の空気が一方通行から双方向に変わります。
​余白(あそび)を残しておく
道場でも運営側でも100%完璧に作り込みすぎるのではなく、余白(遊び)を残しておくと動きしろが出てきます。

周りが「出来上がったものを見る客」になってしまうのではなく🍀
70%くらいで企画し、「残りの30%はみんなの意見やノリで決める」くらいの余裕を持たせると、周囲が関わる隙間(余白)が生まれるのではないのかな?
完璧に作り込む空間は、確かに安心感はありますが、どことなく距離感があります。

「仲間や後輩に会いに行く」「空間を共有しに行く」という感覚を持てるかが鍵になります。
​稽古前後の「たわいもない対話」を大切にする
技の指導以上に、練習前後の雑談や「最近どう?」という声かけが、場の温かさ(安心感)を作ります。人は「正しい指導」よりも「自分を見てくれている関わり」に魅力を感じて残り続けます🍀
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これからは、幹部をもっと大切に、話を聞き、見て行きたい思います🙏

今回は、普段サポートしてくれる幹部と組織にポイントを当てて考えてみました。

有り難うございます🙏