外部講師の方に週1回セミナーをお願いしています。

 堅いテーマは無いです。

 なので聴講者が発言するのもあります。

対話というよりは各人が発言する。

 講師は特にそれに対して否定も肯定もしません。

 

 当然、話に興味がもてない人もあります。

 そろそろ、文句の一つも聞こえてきそうです。

 そこで聴きながら、考えていたことがありました。

 どういう事かというと、

 

〜論語に「一箪(いったん)の食、一瓢の飲、陋巷(ろうこう)に在り。」

意味は狭い粗末な路地暮らしに粗末な食事。そんな環境の中でも楽しみを知る。

なんと優れた男だ。という孔子が弟子の顔回を評したくだりです。

 もう少し分かりやすい反対の表現だと

一般大衆は「現状に満足出来ない人は環境が変わっても不満がでる」

まあ、孔子に褒められるぐらいの人格者です。

なかなか理解し難い心持ちでしょうね。

 

人間の欲望には際限がないと言われます。

「より多く。より速く。より長く。」

この「より」は誰かと比較しての「より」です。

或いは架空の誰かと比較して求められた

「欲望」です。

でもねこれは大層疑わしい。

みなさん御自身の欲求は

純粋にはあなた独自のものだとはいえません。

別に「欲張るな」という説教するのではありません。

 

「だれの欲望につきあってるのか」に気づいたらどうかなーという

老婆心です。

大都会に出て絵に描いたような放蕩に溺れるのも一興でしょう。

どうぞご勝手に。

 

「オリンピアンの様に速く、天才棋士のように多くを考え、仙人のように長生きする。」

たかだか1世代の生きものが出来る事は限られているのですから、

出来る事から始めましょう!

先ずは部屋の掃除でも。

 

机の汚い担当者より(耳が痛い)

※前段のセミナーと結びがどう関係するのか判らないとのご意見をいただきますが、

 残念ながら「口が裂けても言えないなあ」です。