『明けましましの野菜W』
そう言って俺は食券をカウンターにおいた。

ざわ… ざわ…
俺の注文の後店内が一様に騒がしくなったのが分かった。『無謀だ…』『自殺行為だ…』などと聞こえる。
店の親父さんが俺の食券を受け取り目で頷いた。もはや言葉はいらない。俺はざわつきを払いのけるようにいつものカウンター席の左角に座った。
―何も変わらない―

年に一度、元日にこの『新年軒』のラーメンを食べるという習慣がついて二十数年…この店は何も変わらない。強いて変化を挙げるならば、このすさんだ時代の流れと親父さんの白髪の数くらいだろうか。

『へいお待ち。』
ゴトリ…
生太郎の一人歩き-ファイル0008.jpg

きっかり7分30秒。これも怖いくらいいつも通りだ。親父さんの腕もまだまだ衰えを知らない。

『何あれ』『あれくいものか?』『はんぱねぇ』また周囲がざわつきだした。

俺はおもむろに割り箸立ての箸を取り、自分の正中線に重なるように胸元に構えた。

ピシーーーーーン!!!

割り箸の冷たい音が店内に響く。ざわつきが一瞬で静寂に変わる。まるで音があるのに無音のようだ。

『いただきます』
俺はそう言うと、左手で器をガシとつかみ。麺を滝のようにつかみあげた…
秘技
―ナイアガラ―
割り箸に見事につかまれた麺を玄人達はこう呼ぶ。
俺は三口ばかりで麺を片付けた。

そして、右手の箸をテーブルに置き、器に添えてスープ、野菜、チャーシューを一気に流し込んだ。
妙技
―蟻地獄―
一度口に入った具やスープは、咀嚼されることなく胃へ流れ込む。もはや歯などいらない。

ゴトリ…
きっかり2分30秒。
注文から合わせて10分。今年も寸分の狂いもない。
スープ一滴も残っていない器はまるで満月のように美しい。

周囲は唖然として口を半開きにして俺を見ている。
その時、
一人の青年が震えだした。
『お…思い出した。あの食べっぷりは…で、伝説のフードファイター…満月のウサギ…』
周囲もハッとした顔をした。俺の名を知ってるとはまだまだ今の若者も捨てたもんじゃねぇ。

『ごっそうさん』
俺はゴトリと満月のように綺麗になった器をカウンターに置いた。

『今年もいい一年になりそうだ。』
親父さんに言った。
親父さんはただ黙っていたが、口元は笑みで少し緩んでいた。

店を出て
俺は小さく呟いた。
『明けましておめでとう』