大晦日から三が日にかけて
長男の暮らす沖縄に家族で出かけ
久しぶりに家族みんなで
古い年をを送り、新しい年を迎えた。
慌ただしくも楽しい時間だった。
ちょっとした喧嘩もあったし
疲れもしたけど
でも
そんなことさえも
幸せ の 一つ一つ だなぁと
しみじみ感じた。
人生で、いちばん、
家族というものを
まるごと 身体いっぱいに
実感した気がする。
沖縄だからじゃなくて、
旅行中だからじゃなくて、
景色やシチュエーションのせいじゃなくて、
どこにいても
今、毎日を暮らすこの場所で
どこにいても
何をしてても
私が幸せなんだということを
家族がいてくれて、本当に幸せだということを
今
つくづく 感じている。
家に帰ってからは、
なぜか急に ドタバタと忙しく予定が入ってきて
出かけることが増えて
寒さもあって、なんか身体がしんどくて
家の中でゴロゴロ横になることが多かった。
ダンナに、
「あんたは外に出かけすぎ!
疲れてるなら、やすみなさい」と怒られて
以前なら、
ダンナの機嫌が悪いことで
ドキドキ不安になって
「私がダンナを、人を、怒らせた=間違ったことをしてしまった」
と意味不明の自分責めをしていたことに初めて気づいて
今はそんなこともうしなくなってる自分にも冷静に気づいて
ああ、心屋塾のおかげだなーと感じた。
怒ってるんじゃない、
心配してくれてるんだ。
労ってくれてるんだ。
そして、
外で力使って、家で疲れた顔見せられると
寂しいんだ。
私が幸せそうに、笑っていたら
何してもOKなんだ、この人❤️
と、
すごく素直に、当たり前にそう思えて、
どうせ愛されてる。
やっぱり愛されてる。
でも怒られることもある。
だからこそ、怒られることもある。
でも、それでも
愛されてる。
その当たり前すぎる真実の素晴らしさに
圧倒されるほどの
幸せを感じていたら、
ふっと、心に浮かんだ
心の耳に聞こえてきた言葉。
「大切なものは、内側にある。」
私が私の内側を
私自身の気持ちを 大切に し始めたら
私の喜びを
私の悲しみを
私の悔しさを
私の恥ずかしさを
私のなかったことにしたいことも
全てを あるがままに大切にしようと し始めたら
私の家族も 愛しくて愛しくて
大切に思えるようになった。
あんなに憎らしくて 困らされていた次男が
今は
ただもう、愛しくて
何があっても、お前の味方でいるよ、って
何も言わないけど
「ご飯だよー」の一言に
「ほら、お前の好きなアレやってるよ、テレビで!」みたいな一言に
学校に送る車の中での ナンテコトナイやり取りの中で
いつも自分の気持ちにその思いがこもる。
息子の返事は変わらないのに
私は幸せ。
昨日、今まで私が打ち込んできたNPOの集まりがあって
今までと何かが違う。
新しい顔ぶれが増えて
新しいリズムがもたらされて
私の立ち位置も変わってきている気がした。
そのときにちょっと戸惑いを感じたけれど
帰り道
何が違うのか考えているうちに
私が変わるときがきたのだと、
突然悟った。
私は、もっと自分を大切にしたいのだと悟った。
人に要求されたものでなく、
立場に答えるのではなく、
するべきことをするのでなく、
あるべき姿をするのでなく、
私自身が、本当にやりたいことをするときがきた。
やりたくないことを、やりたくないというときがきた。
わがままと思われてもいい!
この集まりの中で、今まで人から求められることばかりして
それが楽だった、
でもいつも、みんなの顔色を伺ってきた、
みんなが納得するように、
みんなに協力してもらえるように、
みんなに褒められるように
いい人ぶって、いろんな役を引き受けてきたけど
もうヤメダ!
あーーーーーー
スッとした!!
言いたいことを言う。
私が、この場所を通して、
本当にやりたいことは何?
それを、これからやっていく。
外側は、何も変わっていないのに
私の内側が すっきりして
私が、輝いている。
キラキラ輝いている。
私の家族が
世界で一番、キラキラ輝いて見える。
大切なのものは、
内側だよ。
