贈り物 ③ Beトレ | セリの Happy ❤️ 幸年期 ‼️

セリの Happy ❤️ 幸年期 ‼️

更年期の辛さ・苦しみ・悩みこそが、宝物!
いらなくなったものはどんどん捨て去り、ワクワクを取り戻すのだ!
更年期でさらに幸せになる、Happy幸年期Life❤️

昨日、ブログを書いているうちに、
どんどんいろんなことが
はっきりしてきた。

自分の中にある、いろんな「べき」。

中学生はこうあるべき。
こういうものは持つべきじゃない。
子供はこうするべき。
母親はこうあるべき。
先生はこうすべき。
悪いことしたら、こう言うべき。こう反省すべき。
上司はこうすべき。こうあるべき。
。。。。。


それは全て、ひっくり返せば、
自分自身を今まで縛ってきた(今も縛っている)
「べき」の掟ってこと?

。。。 ( ;´Д`)

今までずっと自分のこと、アナーキーな人間だと思っていたのに
こんなに超常識人だったとはねぇ…


息子に対して、上司に対して、
怒っていたのは
つまり自分自身の「そういうとこ」に腹を立てていたんだと
うっすら気づいてきて、

そして昨日、Beトレでした。


ぢんさんの話は
今の私に必要なものだった。


離婚した時、長男5歳、次男1歳。
保育園と母の手を借りて、必死で働いた。
子供が熱を出したときにもそばにいてやれない。
保育園や学校の行事も、仕事があれば参加できない。
休みの日は疲れ果てて、何処かに出かける気にもなれない。
溜まった家事をして一日が過ぎる。
週の半分は残業をして、子供は帰るともう寝ている。
次男坊は私を「ぱぱ」と呼んでいた(ー ー;)
おじいちゃんも、お父さんもいない我が家だから、
親を性別で呼び分けるという意味がわからず、
会社で働いている人が「ぱぱ」で、
お家でお料理したりお掃除したりしてるのが「ママ」なんだ、と。
だから、うちのお母さんはパパだよ、と
わけわかんないけどそう理解してた次男。

私が二人の子供を抱えてそうやって必死にサバイバルしてる時
別れた元夫は、
不倫相手とめでたくゴールイン。
新しい車を買い、
海の見えるマンションで新婚生活を始めてた。
そして、その後娘が二人でき、幸せ家族になったらしい。

そんな元夫に、私はずーっと、怒っていた。


私が今のダンナと付き合い始めた時も
プロポーズされた時も
結婚してからも
子供達のことで悩まない時はなかった。

なさぬ仲の彼と息子たち
揉め事があるたびに
学校で問題を起こすたびに
私は苦しくて、
こういう苦しみ一切を私に背負わせて
養育費も送らずに自分の暮らしだけを固めている元夫を
ずっと ずっと
卑怯者だと
ずるいやつだと
許さないまま 今まで 生きてきたんだ わたしは



その思いが
心の根っこにずっとあって

でも、もう元夫のことは終わったことだから
そう言い聞かせて
今の自分が幸せなことが
最大の復讐だと
ずっと思って

今のダンナが私を大切にしてくれて
幸せな夫婦になって
前の結婚よりも長い時間が過ぎて

でも私の心の底に それは 根っこを張っていたんだ。。。

だから、ずるいやり方をする次男が
すべきことから逃げる次男が
こうあるべき、を全てひっくり返す次男が
許せなくて

でも、その次男を作り出したのは
私のこの、黒い真っ黒い思いだったのか



苦しかった自分、寂しかった子供達
あの日々を
忘れなくてもいい

よく生き抜いたよね


あのとき、私自身が
母親ならすべきことを
子供にしてやれなかった。
できることも、してやらなかったときもある。
あまりにしんどくて、参観日に行けなかった時もあった。
幸せそうな親子たちの中にいるのが辛くて、
親子遠足を休んだこともあった。

そんな罪悪感まで、私の中に染み付いていた。


Beトレのワークで
自分の中の後ろめたいことを書き出したら
どんどん出てきた、
ずるくて 卑怯で 小悪人の自分。

母子手当で 自分のために新しいセイルを買った私。
長男の小学校の運動会の時、せっかくの休みで波が良くて、
海に行ってしまったこともあった。

ずるくて自分勝手で卑怯な私。
いつも許してくれたのは
子供達の方だった。



ぢんさんが
子供をおいて去って行った夫の気持ちを話してくれた時
私は泣けた。
ぢんさんのきもちよりも
子供さんたちの気持ちに 泣けた。
うちの息子たちも
あんな風に 親を思いやれる
大人よりも優しくて広い心を持っている
そのことに泣けた。

そんでもって、
ちょっとだけ、
元夫の気持ちも
もしかして 罪悪感で 苦しんでいたのかも、いるのかも、って


私だけじゃなかったんだ、って


みんな 愛しい
私も
子供達も
今のダンナも
ぢんさんも
ぢんさんの家族も
そして
私の元夫も
それぞれに苦しんで 生きてる
そのことが

愛しくて

涙が止まらなかった帰り道でした。