母が亡くなって悲しいのは当然なのですが、何がここまで悲しくさせるかというと、亡くなってから気が付く母の大きさなんです。当たり前のように在った支柱が無くなってどうしていいのか分からない状態。こんな悲しいことがあった時に、無条件で甘えていたのは母だったのに、その母がいなくなってしまって。。。大人なのに子供になったみたいなパニック。
だから、父が新しいお母さんを連れてきた時に拒絶しながらも、文句を言ったりわがままを言ったのは、まさに息子としての姿。そして母もそれを優しく聞き入れたり。
私が一番好きだったシーンは、新しい母を受け入れまいと、隆司が裕一に「絶対に飯とかうまそうに食っちゃ駄目だかんね!」と約束して、食卓に向かうと、なかなか威勢よくニュー母ちゃん(※劇中友人がそう呼びます)に、文句を言えず、しまいには父が母に食事の文句をつけ始めると、つい裕一が、母をかばって父を怒ってしまうところ。
私にも弟がいまして、母に対するわがままも愛情も娘の私以上にだったかも。
母は洋裁の仕事を家でしていたので、納品前は夜なべしてミシンをかけたりしていました。
我が家のルールで土曜日の夜はテレビを見ることが許可されていて「8時だよ全員集合」→「熱中時代」を、家族で見るのが習慣でした。当時は土曜日は休みではなく、学校も会社も半日あったので土曜日の夜は現在以上に特別な時代です。
普段寝るのが早いので、弟と眠気を我慢(※腕を噛みっこしたり←今思うとバカ)しながら、ドラマを見ていると、まつり縫いをしながら、うとうと寝てしまう母の姿を覚えてます。
そんな時、父は2階からテレビの前に布団を運び、母を寝かせてました。弟は母を心配するふりして一緒に寝て、ちょっとずるいなと思いながら私は2階で寝ていました。
朝に目が覚めると弟も2階の二段ベッドの下で寝ており、母を起こさない用のおやつがベッドの柵に結んであるのが、恒例の日曜日の朝です。
弟は、母が疲れた様子だと、肩をもんだり、なにか布をひいて寝かせようとしたり、いつも母をかばっていました。父の機嫌が悪い時も、母のために歯向かっていました。
私は娘のせいか、そこまでストレートに、母に優しくしたり、わがまま言ったり出来ず、羨ましい気持ちを感じていたような気がします。
私の息子の5歳は、母の私と過ごす時、もの凄いハイテンションです!
園などで過ごす姿と、私と過ごす姿のギャップに驚かれることも多いです。
楽しいのか、リラックスなのか?
自由な姿なのは間違いないかな。
自分語りが長くなりましたが、ニュー母ちゃんが、息子のダダやわがままを何でも「はいはい」と謝って受け入れようとしているシーンも現実味がありました。
お母さんって、しつけ、発育、あと世間体などなど、情報で厳しくしているけど本当は何でも受け入れたい、甘えさせてあげたいと思っているのでは。
劇では、きっと、新しく連れてこられたお母さんだから、それが出来たわけで、それも少し羨ましく思いました。
それぞれ感じていながらも、改めて感じたり思ったりすることのなかった母への感情が、劇中の峯田の歌で、踏み込まれた気がします。
今日は母の命日です。
もう少し長生きして欲しかった分、息子のために長生きします。

6か月の初詣。母のお手製でお揃い着てる!