こんにちは! AsianSTです😊
今回は『激動のミャンマーで未来をつくる』講演会に行ってきました!
をテーマにお届けします!
私は2020年3月にミャンマーから日本へ帰国して以来、ミャンマーを訪れることができていません。それでも、ふとした瞬間に、ミャンマーで活動していた頃のことを思い出します。
9/26に、ミャンマーのミャウンミャという地域で長年にわたり医療支援活動を続けている、名知仁子先生の講演を聴くため、沖縄市のシアタードーナツへ行ってきました。
名知先生とお会いするのは、なんと6年ぶりです!
久しぶりの再会と、先生のこれまでの活動や生き方のお話を直接聴くことができ、とても貴重な時間になりました!
講演の内容は、名知先生の人生そのもの、生き方そのものと言ってよく、胸があつくなるものでした。
日本で医師として順調に歩んでいた中で、「自分は医師として、何をするべきなのか」という問いを抱き、国境なき医師団に参加。ミャンマーなどで医療支援活動に携わり、現在はNPOを立ち上げ、無医村での診療に加え、保健衛生や農業支援にも取り組まれています。
名知先生が目指しているのは、単に病気を「治す」ことだけではありません。
「どうすれば、この人たちが希望を持って生きていけるのか」
「どうすれば、現地の人々が自らの力で、自立して健康に生きていける環境をつくれるのか」
その問いを活動の中心に据え、医療という枠を越えて、人々の生活そのものを支え続けています。
私自身、ミャンマーのヤンゴンで生活した経験があります。しかし、無医村地域であるミャウンミャの生活環境は、私が経験したヤンゴンとは全く異なるものです。名知先生ご自身が活動について「98%が苦しみで、2%が喜び」と語られていたように、そこには想像を超える厳しさがあります。
それでも、名知先生の活動は、外から何かを「与える」だけの支援ではありません。
現地の人々の声に徹底的に耳を傾け、一人ひとりが「自分はどうなりたいのか」「どのように生きたいのか」という思い、すなわち本人自身の「want to be」を引き出す。そして、その思いを出発点として、ともに考え、ともに歩んでいく。
そこに、名知先生の支援の本質があるのだと感じましたし、私自身の生き方、言語聴覚士としての在り方にも、深い学びを与えていただき感謝です🙇♂️
*今日は那覇市のロイヤルミャンマーで講演会を行う予定のようです
Since returning to Japan from Myanmar in March 2020, I haven’t been able to visit Myanmar. Sometimes, I remember when I was in Myanmar.
Today, I went to Theater Donuts in Okinawa City to attend to a lecture by Dr. Satoko Nachi, who has been providing medical support in the Myawaddy area of Myanmar for many years.
