祈りの手紙37
前回は、「祈りの手紙36」を記しました。私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。○RAPT『愛される人』MUSIC VIDEO○RAPT『神はすぐ傍にいる』MUSIC VIDEO○RAPT『蛹から蝶へ』MUSIC VIDEO○RAPT『いのりのちからで』Music Video初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。題して「祈りの手紙」です。皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。・・・・・・・・・・RAPT朝の祈り会(2026年2月11日)聖霊様からの啓示「これからの時代、私たちの霊的な感度が引き上げられることで、どんな嘘も罷り通らず、どんな悪もすべて露わにされ、人々を騙し、洗脳することが通用しない時代がやってくる」神様からの啓示「この世の人々は『神など必要ない』と言いながら、神の創った被造物に依存し、執着するという恥ずかしく、滑稽な生き方をしている。そんな人前で堂々と誇ることのできない生き方をしている人たちが、人前で堂々と誇れる生き方をしている私たち義人を馬鹿にできる時代はもう終わりを告げる」祈りの手紙37聖なる神様・聖霊様、いつも豊かな「御言葉」を与えてくださっていることを心から感謝します。ありがとうございます。「御言葉」の中で中心者は、下記のように仰いました。神様は、これまでずっと、この世の中で厳しい裁きが下されると預言されてきました。そして、この預言が成就されることで今、隠されていたこの世の悪事が、全ての悪事が明るみに出ています。こういう状況が続くことによって、どうなっていくかというと、神様を信じる人と信じない人との立場が逆転するようになるわけです。それこそ、神様を信じない人たちは、神などいない、神など信じる必要がないと言いながら、神様がつくった被造物に依存して、執着して生きてきたわけです。その滑稽さ、その愚かさを神様が、ハッキリと彼ら自身にも思い知らせて、大いに恥をかかせていくだろうと仰いました。彼らは、神など必要ないと言いながら、神様がつくった被造物を誰よりも必要として生きているわけです。だから実は、彼らは誰よりも神様を必要として生きてるわけでしょ。神様がつくったものに、誰よりも依存して、執着して生きているわけだから、実は彼らが一番、神を必要としているわけです。なのに、神など必要ないと偉そうに大言壮語しているわけだから、本当に愚かだと言うしかない。本当に滑稽だと言うしかない。その滑稽さを神様が、顕にしていきます。その彼らの生き様が、どれだけ滑稽なのか、それをハッキリと世の人々に示していきます。彼らの高慢な心を完全にへし折って、彼らが如何に神を必要として生きているのかを思い知らせていくと仰いました。世の多くの人々は、自らの欲望を満たすために、人や物に執着して生きています。それら人や物は全て、自然界に存在するものから生まれ出たものです。たとえ、高度な科学技術によって人工的に造られた物であっても、それらを形にするための素材や、それらを稼働させるためのエネルギーは、全て自然界に存在するものばかりです。つまり、人間が人工的につくり上げたものも結局は、自然界に存在するものに依存しているということになります。ここで私たちは、根本的な問いを投げかけなければなりません。では、いったい誰が自然界を生み出したのか?そもそも、我々が住んでいるこの世界は、いったい誰が創られたのか?特に、私たち人間のように、自然界に存在する様々な生き物たちは、非常に緻密に精密に造られており、ある一定の法則に基づいて命が与えられています。これらの命が、果たして偶然に生まれたのか?偶然に生まれたと考えるのは、むしろ無理があるのではないでしょうか?そこには、何らかの意思が働いたと考えるしかないのです。これらが偶然に生まれるはずが無いと考えるのが、むしろ自然な考え方でしょう。では、自然界を生み出したのは一体誰なのか?それは言うまでもなく、創造主である神様です!自然界に存在するものは全て、神様が創造された被造物です!だから私たちは、この世に存在する有りとあらゆるものは、神様が創造されたものであることを素直に受け入れるべきです。そして、それら被造物を切り捨てて生きることができない私たち人間は、それら被造物をつくられた神様のことを抜きにして生きることは、本来できないはずです。ところが、これまでの人類の歴史においては、その本来の生き方ができずに、神様を無視し、神様を否定するという、全くもって滑稽な、歪んだ考え方がまかり通ってきたのです。本当におかしな話です。しかし、男の基準者と女の基準者が立てられた今、これまでのような歪んだ考え方が正されていくようにすると、神様は仰いました。彼らの高慢な心を完全にへし折って、彼らが如何に神を必要として生きているのかを思い知らせていくと仰いました。彼らの高慢な心の裏には、サタンが潜んでいます。私たち人間と神様との愛の関係を引き裂こうと攻略するサタンが潜んでいます。だから今こそ、私たちはその事実に気づき、サタンの嘘を見抜き、サタンに騙されることなく、神様の方に目を向けて生きていく者とならなければいけないのです。神様に頼って、サタンの滅びを祈り求めなければなりません。そのことについて、聖霊様も「御言葉」の中で、下記のように仰いました。今、この世の悪は次々と顕になり、裁かれています。この地上から、悪が滅びようとしています。そしてこれからは、これ以上この地に新たな悪が現れることがないよう、あなたたち人類の霊的な感度を、さらに引き上げていくのです。これまでのように、人類がただ表面だけを見て、簡単に騙される時代は終わりました。この世の誰もが、悪を敏感に察知し、嘘を嘘だと見抜くことで、この地に新たな悪が広がることが難しくなるでしょう。そのため、この地からは嘘が淘汰され、真実だけが広まる世界へとなるのです。だから、あなたたちは、自らの霊的な感度がさらに高くなるよう祈り求めてください。そして、この世の悪や嘘をいち早く見抜き、それら全ての滅びを祈るようにしてください。この世の悪がなくなるように、そして、新たな悪や嘘が生まれないように、私たちに祈り求めてください。私たちが、あなたたちの霊的な感度を引き上げる時、あなたたちは、自分自身の罪にも気づきやすくなります。あなたたちが、自らの罪を一つ一つ見つけ出し、悔い改めていくなら、霊魂が清められ、大きく成長していくことができます。これもまた、あなたたち人類にとっての祝福に他なりません。これからの時代、あなたたちは自分の中の悪も、この世の悪も全て消し去る者となってください。そして二度と、自分の中にも、この世にも、悪が蔓延ることがないよう、私たちに祈り求めてください。あなた自身を清め、この世を清め、この地を天国のような世界へとつくり変えて欲しいのです。神様、聖霊様、私たち人類の幸福のために、愛の心で私たちを導き育てようと、様々な角度から働きかけてくださっていることに感謝します。ありがとうございます。聖三位の愛を受けて、私たち人類も、愛で応えていかなければなりません。どうか神様、私たち人類の霊的な感度を今以上に引き上げて、霊的なものを、より敏感に感じ取れるように導いてくださいますことを心から祈ります。人類の霊的な感度を引き上げていくことにより、これまで気づけなかった嘘や悪意をハッキリと感じ取り、見抜くことのできる者が数多く現れますことを心から祈ります。この世の多くの人々が、表面に現れた言葉や態度だけでなく、その背後にある心の動きや本質を見抜き、見せかけの善や、隠された悪を見抜ける一人一人となれますように。嘘が罷り通らない時代、人々を騙し、洗脳することが通用しなくなる時代、正に、詐欺師が詐欺師でいられなくなる時代が到来しますことを心から願います。私たち自身、自分の中から全ての悪を取り除き、真に清い者となって、悪が顕になる時代を心から喜び、それが真の祝福であることを悟ることができる一人一人となれますように。イルミナティのように悪魔を崇める連中が、人々の前で恥をかいて、まともに顔を上げて生きることができなくなる時代へと転換していきますように。そして同時に、これまで陰謀論を馬鹿にしてきた人たちも、自分の無知を顕にされて、面目を失って、全ての立場がひっくり返っていく世の中となりますように。それによって、神様を信じる者が高められ、神様を信じない者が低められる、そんな時代が到来しますように。神様を信じる人々が、自分の生き方を人前で堂々と語ることができるまでに成長し、神様から多くの祝福を受ける者となれますように。この世の不条理や理不尽なことが罷り通る時代が終わり、これからは、自分の生き様を人前で堂々と語ることができる人たちが栄光を勝ち取る時代となりますように。自分の生き様を堂々と語ることができる人が、自分の生き様を堂々と語ることができない人の上に立って、彼らを治めることができる時代となりますように。恥ずかしい生き方をしている者が、大言壮語できる時代は終わり、誰の目から見ても恥ずかしくない生き方をしている人たちが、真に栄光を受けて光を放ち、人々を救う時代が到来しますように。そのためには、私たち神様を信じる者は、これからも続けて、誰の前でも誇ることができる義なる生き方を追求していかなければいけません。「御言葉」を学んで、どんどん霊的次元をあげていく生き方をして、真に栄光に満ちた生き方を示していかなければいけません。そういう義人たちが、これからこの世でも栄光を受けて、ありとあらゆる分野において実質的にこの世の人々を治める、真のリーダーとなっていきますことを心から祈ります。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン。(2026.2.19)