祈りの手紙31
前回は、「祈りの手紙30」を記しました。私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。○RAPT『愛される人』MUSIC VIDEO○RAPT『神はすぐ傍にいる』MUSIC VIDEO○RAPT『蛹から蝶へ』MUSIC VIDEO○RAPT『いのりのちからで』Music Video初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。題して「祈りの手紙」です。皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。・・・・・・・・・・RAPT朝の祈り会(2026年1月1日)今年は全人類の祝福を祈る年にしなさい。神様は朝も昼も夜も全人類が幸福になることを願いながら生きていらっしゃるから、あなたも神様と心情一体となり、朝も昼も夜も全人類の祝福を祈って生活しなさい。祈りの手紙31聖なる神様、いつも豊かな「御言葉」を与えてくださっていることを心から感謝します。ありがとうございます。神様は毎年、その年どういう一年にすべきかということを、新年の最初の「御言葉」で伝えてくださっています。それについて中心者は、下記のような「御言葉」を伝えてくださいました。今年は祝福の年です。全人類が祝福で満たされる年です。しかし、全人類を祝福で満たすためには、まずはサタン的なものをこの世から全て取り除かなければいけない。そして、人々が罪から離れるようにしなければいけないわけです。人類が罪を犯しているのに、神様が祝福するということはできません。だから、人類が罪から離れて義に立ち返るようにしなければいけない。この世を祝福で満たしたければ、そうしなければいけない。だから、私たちが祝福を祈ったとしても、しばらくは裁きが断行されるでしょう、この世の中。でも、祝福を祈らなかったら、本当に滅んで終わる可能性があるのです。人類が滅んで終わるという可能性がある。罪を悔い改めることなく、義に立ち返ることなく、本当に滅んで終わるという可能性があるのです。だから、祝福を祈らなければいけない。全人類のために、全人類の祝福を祈らないといけない。私たち義人が祈らないといけない。日本人も中々「御言葉」を受け入れず、このまま義に立ち返らなければ、やはりこのまま続けて厳しい裁きに打たれます。それこそ本当に、生活することすらままならないという状態になっていきます。とは言え、そのような経過を経なければ、人々はこの「御言葉」の価値性を悟れません。神様は、それがわかっているわけです。安穏と暮らしていたら、この「御言葉」は悟れないわけです。実際、悟れなかったわけです、今まで。だから神様は、厳しい裁きで打つわけです。私たちも、厳しい裁きで打たれた時に深い悟りを得たりするわけでしょ。これは、全ての人がそうなんです。色々苦しい思いをしなければ、人生について深く考えない。深く考えなかったら悟れませんよ。様々な経験を積んで、色々苦い思いをしながら、苦しい思いをしながら生きてこそ、この「御言葉」の価値性を悟れるわけです。神様は、中心者を通して「今年は全人類の祝福を祈る年にしなさい」と仰いました。つまり、これからの成約歴史1000年間を祝福で満たされるように、今年から祈りの力によって、その流れを加速させなさいということです。そして、この神様のご計画を成就させるためには、私たち信仰者が、全人類に祝福があるように、もっともっと働きかけていかなければならないということです。私たちが何もせずに、このまま傍観者のままでいるならば、人類は益々、ずるずると滅びの道を辿る一方です。サタン的なものが蔓延しているこの世の現状を見過ごし、いつまでも人々がサタンから影響を受けて罪を犯し続けるのを、只々傍観し続けるならば、人類が救われることはないし、ましてや祝福されることはないのです。だから、中心者の「御言葉」を聞いている私たちは、今すぐ行動しなければなりません。人類が救われ、神様から祝福されるように祈り求めなければなりません。神様からの裁きが、これ以上断行されないようにするためには、人々が神様の「御言葉」を真摯に受け止め、サタンから悪い影響を受けることなく罪を犯すことをやめて、義に立ち返ることが絶対条件です。それがなければ、神様の厳しい裁きは続行されます。だからこそ私たちは、全人類の祝福を祈らなければなりません。人類を真の幸福へ導こうとされている神様の御心を汲み取って、私たち信仰者が人類の祝福のために祈らなければなりません。「人類の祝福のために祈る」と一言で言っても、この祈りには、深い意味が込められていることに気づきます。単に、祈っておればそれで良いという、そんな単純なものではないということに気づきます。人類が祝福されるためには、一人一人が神様に感謝し、神様に喜んでもらえるような行いをしなければいけません。そして、神様に喜んでもらうためには、一人一人が神様に立ち返り、神様の御心通りに生きなければなりません。そして、神様の御心通りに生きるには、一人一人が義を行う者とならなければいけません。そして、義を行うためには、一人一人が「御言葉」をきちんと学び、天の法則を知り、真理を悟る者とならなければいけません。そして、真理を悟るためには、一人一人が神様に祈り求める者とならなければいけません。そして、神様に祈り求めるためには、一人一人が強い信仰を持たなければいけません。そして、強い信仰を持つためには、一人一人が伝道できるほどの霊的成長を遂げなければいけません。そして、伝道できるほどの霊的成長を遂げるためには、一人一人が心から神様を愛する者とならなければいけません。そして、神様を心から愛するためには、神様から愛されていることに気づく者とならなければいけません。そして、神様から愛されていることに気づくためには、神様から祝福を受ける者とならなければいけないのです。ここでまた、最初に戻るわけですが、結局のところ、人類の祝福のための祈りは、上記に挙げた条件を全て行なって初めて成就されるということになります。つまり、人類の祝福のための祈りというのは、義の条件を立てることを前提にした祈りであることを悟る必要があるのです。中心者も、「人類の祝福のために祈るということは、この世から悪を取り除いて、この世を義で満たしていくために祈ることだ」と仰っています。特に私たち信仰者は、しっかりと義の条件を立てた上で、全人類の祝福のために祈る必要があるのです。どうか神様、私たち信仰者が、しっかりと義の条件を立てた上で、全人類の祝福を祈り求める者となれますことを心から祈ります。私たちが人類の祝福のために祈ることで、この世から悪が取り除かれ、この世が義で満たされて、多くの人々が義を行う者へと導かれますように。義を行う人にとって、この世が祝福で満ち溢れる世界となりますように。私たちが、全人類の祝福を祈ることで、私たち自身の心も平和で満たされ、喜びに満たされますように。人類に対する深い愛を持って、全人類の祝福を祈り、私たち自身も祝福で満たされますように。人は誰でも、安穏と楽に暮らしていて悟れるということはありません。神様から厳しい練達を受けることで、人はようやく神様の愛と真理に目覚め、悟りに至るというのが実際のところだと思います。だから、しばらくの間は、恐ろしい裁きがこの地に断行されるかもしれません。しかし、だからこそ私たちは、これ以上、人類が不幸になることがないように祈らなくてはなりません。全てを神様に委ねます。神様が全てを緻密に計算して、人類が祝福されるように導いてくださると信じています。神様が人類を祝福に導いてくださる、幸福に導いてくださると信じて、人類の祝福のために祈ります。まずはこの一年、真心から全人類の祝福のために祈ります。どうか神様、この世の多くの人々が私たちの祈りを感じ取って、中心者を始め、十二弟子の皆さん、私たち兄弟姉妹と共に、幸福への道を歩んでいかれることを心から祈ります。全人類を心から愛する者となって、全人類の祝福のために真心から祈り、その愛が人々の心に伝わりますように。それによって救いの歴史が進み、多くの人々が罪から離れて神様に立ち返る者となれますように。神様と同じように私たちも、朝も昼も夜も全人類の祝福を祈って生活する一人一人となれますように。神様と心情一体となって、中心者と心情一体となって、神様の御心を壮大に成すことができる一人一人となれますように。たとえ裁かれることがあったとしても、神様の御心を真に悟り、罪を悔い改めて義に立ち返るならば、そういう人たちも最終的には祝福してくださいますように。全てを神様の知恵でもって、神様の叡智によって成されますように。そして、私たち一人一人が霊的なノアの方舟に乗り、これから来る艱難を全て乗り越え、霊肉魂ともに救われ、人生の全てにおいて祝福されますことを心から祈ります。これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。アーメン。(2026.1.9)