泰志の周囲に雷が走り空気を振動させる。そして刀に雷が集中して雷刀が出来上がった。

  「――な、なんだ……?これ……?」

 泰志は自分の身に何が起こったのか分からなかった。ただ祠を守らないと――そう強く思った途端電気が辺りを迸り刀に集まってきた。これは一体……。



  「ば、馬鹿な……!お前如きにそんな能力があっただと!?」



 男は一歩後退り明らかに動揺していた。汗が頬を伝い地に落ち、顔から血の気が少し引いていて青くなっている。
  「ただのガキだと思ってたのに、能力者だと!?」
  「能力者……?(――!?もしかして、紅葉や絹みたいな選人の事か!)」
 神国と悪国では呼び方が違うのかもしれない。なら能力も様々ということなのだろうか?まさか自分が選人だなんて……。

  「?」

 左肩を動かした際、痛みが軽減されていることに気付いた。全く痛まないわけではないが、刀を握ったりと添えるくらいは出来そうだ。これなら少しでもこちらに分が傾くかもしれない。
 いきなり使いこなせる気はしないが、せめて相手を大人しくさせる程度に制御出来れば、いける!――そんな気がした。
 柄を握り締めた途端雷刀から一際大きな音が発せられ、相手の男もその音にハッとして口を結んだ。
  「……まさかと思って動揺したが、使いこなせないと意味がなかったな!直ぐに制御出来る程の腕はないだろうがっ!小僧っ!」
  「!!?」
 さっきまでの動揺など影も形もない。男は真正面から突進してきて刀を横降りに泰志に切り掛かって来た。それを真正面から雷刀で受け止め、衝撃が両腕に負荷を掛ける。片腕だけでは到底受け止めきれない重さだ。


  「っうっく……!!」

  「ほぅ、あの傷でよくその左腕が使い物になったな。切り落としてくれるわっ!」


 力を加えて押してくる。受け止めた状態でいては次の動きが出来ない。
  「っぅ!!?――くそっ……(肩の痛みが……!!)」
 軽減されているとはいえ体勢によっては痛みに強弱がある。左腕に負荷の掛かる今、相手が力を加えてくるのもあって痛みが徐々に増してくる。このままだと殺られてしまう。

  (どうする!?どうやって形勢逆転すれば……!)

 雷の能力なら今立っている土地との相性は最悪だ。地面は雷を無効化してしまうし、空気が湿気っているわけでもない……せめて相手が電気を通し易い状態なら――。



   ――ちゃぷん……。



 微かな水音が聞こえた。ふと腰から提げていた竹筒に視線が落ち、ハッとした。もう一か八かで賭けてみるしかない!

 泰志は足に力を入れて踏ん張り、両腕に力を込め男を押し返す。だが力を上回って男が押し返してくる。
  「弱い、弱いな!それで俺に勝とうと足掻くだけ無駄だって何故分からない?小僧っ!」
  「うぅ……!!――力だけで全て支配出来ると思うなよ……?」
 ニヤリと不敵に笑む泰志に男は目を眇めた。男から力が抜けた一瞬の隙を見逃さず、泰志は一気に押し返し刀を上に弾く。すると下から竹筒が飛んで上空を回転しながら舞い、泰志はその竹筒を真っ二つに切った。
 真っ二つに割られた竹筒から水が飛び散り、男は顔から腹部にかけて水を被り着物も刀も濡れてしまう。

  「――!!?」
  「加減なんて出来ねーから歯ぁ食いしばれ!――斬突避雷撃(ざんとつひらいげき)!!」

 水を被って男が目を閉じた最中、泰志は男の懐に飛び込み下からの掬い上げで腹から胸にかけて斜めに雷刀を振るった。切られたことによって身体に流れた電気に男は悲鳴を上げ、肉を裂いた感覚に顔を歪ませながらも泰志は攻撃は止めない。左腕に電気を纏わせ、左胸目掛けて突きを繰り出す。
 繰り出した突きが男の左胸を突くと同時に雷が男の脳天に落ちた。叫び声すら上げず男は突きの反動で後ろに飛び、背中から地面に落ち、地表を十メートル程滑って止まった。

  「はあっ、っはあ…………や、やった、のか……?」

 よろよろとした足取りで男に近付いていき、泰志は男を見下ろす。刀の切っ先で軽く突いたが、反応はなく気を失ってピクリとも動かない。雷を受けたことで少々焦げてはいるが、一先ず大人しくさせることは出来た。
 そう思った途端気が抜け、左肩の痛みが激痛に変わった。余りの痛さに意識が飛びそうになるが、片膝を付いてその場に小さくなる。
  「ぐっ……いってぇっ……!!さっきはあんなにマシだったってのに……」
 痛みに耐えながらも着物の袖を裂いて紐を作り、脇の下に通して左肩の根本を縛る。それから左袖を全て引き千切り、傷を覆う布を作る。簡単な応急処置でもしないよりかはマシな筈だ。
 血がかなり流れてしまい少々ふらふらするが、暫く休めば歩ける程度には回復する筈だ。


  「とにかく、祠は死守したし顔向けは出来るな。…………」


 倒れた男に目を向け、どうするべきか考える。
 刀傷の深さは浅いし雷撃を食らったとはいえ致命傷にまでは至っていない。このまま止めを刺すべきなのか放っておくのがいいのか……。

  (数時間、若しくは今日一日といったところか。その後目を覚ましてまた奇襲を掛けてこないとも限らない。だけど俺ももう戦闘出来たり止め刺せる程動けないし……)

 敵だとはっきりしている以上手段を選んではいられないのかもしれないが、どうしても止めを刺そうという気にはなれなかった。殺そうと切り掛かってきた相手にこんな情けはいらないのだろうが、此処には調査に来たのであって殺しに来たわけではない。

  「……甘いんだろうな。こういう考えは……」

 甘いのかもしれないと解釈しながらも、それが最善の答えだと泰志は思うことにした。
 少し休んで、祠から遠ざけた場所に放ればいいか。それがせめてもの後始末だ。と思ったのも束の間、男の身体が急に起き上がったかと思うと真っ二つに割れ予想外な出来事が泰志の目の前で起こった。


        *  *  *  *  *  *

 戦闘力の違いは明らかだった。選人の様な能力を持たない只の人である毛狩り集団に紅葉達は能力を使わずとも圧倒的な戦闘力を誇っていた。
 些羽は瞳をギラギラと輝かせ、刀や槍、弓矢を手に攻撃しようとしてくる人達をいとも簡単に鋸刀の背で薙ぎ払う。紅葉達の中でも幼い容姿をしていることもあって甘くみられていたのだろう。だがそれは些羽にとっては禁句な言動の一つだった。

  「幼く見えるから大丈夫だって?――甘く見られるのが僕は一番嫌いでね……殺されないだけマシだと思うんだねっ!!」

 小さな体形に似合わず大きな鋸刀を身軽に振る回す様はまるで鬼人――。
  「……些羽。気絶させる程度を忘れるでないぞ」
 と、近くに居た東鴻に釘を刺され、些羽はバツの悪そうな顔で「はーい」と可愛く返事をした。だが、前に向き直ると鬼人さが戻っていた。


  「ふふっ……でも、半殺し程度も楽しくていいかもね。ねぇ?」


 不敵な笑みは黒く、そう問い掛けると男達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。



 四方八方から斬りかかって来る斬撃の嵐を軽やかにかわしながら東鴻は手刀だけで次々と気絶させていく。両目を瞑っているから見えないだろうと甘く見ていた男達は返り討ちに遭っていた。
  「な、何だコイツ……見えてもないのに……!」
  「見えてない?両目を瞑っているから見えない等と浅はかな……」
 両目を開き、抜かずだった刀の柄に手を掛けながら身体を沈め、風が通り抜けたかのように一瞬にして十メートル程先に移動していた。


   カチン


 刀を柄に戻すと、二十名程がその場に崩れ落ちた。



 太腿に巻き付けている巻物三つの内の一つを取り出し、口に銜えて印を結ぶ。すると冶无樹は白煙に包まれ煙は周辺にも及び巻き込んで行く。
  「な!?なんだ!??」
  「何も見えんっ!」
 突如視界を奪われ動揺する男達だったが、白煙が晴れて冶无樹の姿が消えていることに緊張感が走る。



  「……墨画催術、蛇道地獄絵……!」



 巻物の紐を解き、開かれた巻物は冶无樹を包む様に広がり宙に浮く。墨画絵巻物の仕上げ、墨汁が染み込んだ筆で物語を完成させると、巻物から絵が飛び出し男達に襲い掛かる。そう、大蛇の群れが。
  「ひっ!?うわああぁあっ!!」
  「く、来るなぁ!助けてくれーっ!!」
 逃げ惑い、大蛇に巻きつかれ、噛まれ、中には頭から丸呑みにされている者もいる。そんな地獄絵図の中、冶无樹の背後に周り火縄銃を身構える男の姿が。

  「死にやがれっ!!――」

 発砲するよりも先に火縄銃にクナイが刺さるのが速かった。発砲されずに行き場を無くした弾と火薬は銃の内部で爆発し、火縄銃を手にしていた男は顔を押さえて悲痛な叫び声を上げる。

  「あ、あぁあ、顔、顔があぁぁ!!はっうぅ……!!」


  「……爆発まで幻術には出来ない。御免、許せ」


 男から顔を背け、冶无樹は静かに目を閉じた。



 毛狩り集団の面々を眺めながら、絹は考えていた。紅葉達が戦闘している最前線から離れて皆の動き・相手にしている数・それ等から導き出される尤も適当な後方支援。相手が同じ戦闘力と能力、そして符術士がいたのならもっと戦闘は激しさを増す。
 紅葉達の戦闘力の強さが後方支援に徹するにして最適な落ち着いた空間を作り出す。

  (……何かがおかしいわ。祠の様子見に行った泰志はまだ戻ってこないし……)

 360度広範囲の反応を確認しても、東には一つの反応しかない。なのに霧みたいに何かが燻っていて気持ちが悪い。

  (?でも待って……確か一度片方の反応が弱まって急に消えて、それなのに急激に強さを増して……)



  ――まさか――!



 体術で確実に一人ずつ気絶させて動けなくして行く紅葉の動きが突如止まった。後方を振り返り、生緑地を見やる。
  (何?この感じ……)



 ――ワオオォオーン!!



 狼の様な遠吠えが生緑地から聞こえてきた。すると森がザワザワとし始め鳥類が四方八方に飛び立ち動物や昆虫が生緑地から逃げる様に駆け、飛んで出てくる。
  「何が起こってるっていうの……?」
  「!?――絹っ!住処の結界を解いてっ!!」
  「え……」
  「早く――」
 紅葉の言葉を遮って地面が上下左右に揺れた。立っている事すらままならず、皆片膝を付いたり転んだりする。


 虎狐の住処から途轍もない殺気を感じた。それに東の祠方面には毛狩り集団何かとは比にもならない強い反応……一体何が起こっている?
 揺れが治まり絹が虎狐の住処に張った結界を解いた時だった。爆発が起こったのかと思うくらいの爆音が聞こえてきたかと思うと、何かが生緑地から宙に飛び出し地上に降ってくる。紅葉達が攻防戦を繰り広げる中心にそれは降り立ち、荒い息遣いに口周りには唾液が溢れ出し咆哮を上げ辺りに飛び散らす。
 ふわっとした長い尾が十又に分かれ、先端は藍色の毛、狐のような容姿に白い毛に藍色の線模様が混じるその姿は虎狐の長が変化して巨大化したのよりももう一回り大きく、額には×印の傷が無い。


 現れた虎狐から距離を取り、紅葉達は虎狐を仰ぎ見る。
  「……長、じゃないよね。だったらこいつは……」
  「考えられるとするなら、本当の長である雄の方ね。小さくなってても雄の方が体が大きかったし、変化して長より大きくても不思議じゃないわ。でも……」

  「グルルゥアァアア……ガアアァアウウウゥ……!」

 苦しそうに頭を振っては前足で顔を掻く素振りを見せる。何かを振り払おうとしているのか?

  「……もしかして、操られているの?」
 絹の言葉に皆虎狐を見上げ顔を重点的に目を凝らして観察し始める。一早く気付いた紅葉が虎狐の額辺りを指差した。
  「――あれ!額のところ、何か血管みたいなのが浮き上がって瘤(こぶ)みたいになってる!」
  「あれは……」
 虎狐の地肌が見える程膨れ上がった額に瘤が出来ている。あれが雄の虎狐を苦しめる原因だろう。だが、何故額にあのような瘤が出来るというのだろう。住処で会った時にはあんなものは出来ていなかった。


  「……あの瘤で操られているというのか?だが一体誰が……」



  「――知りたい?あれはオラの身体の一部が張り付いてるからさぁ」



 冶无樹が呟いた後に聞こえてきた聞き覚えの無い声に皆身構えて声のした方を見やる。巨大化した虎狐の足元に人の姿が見えた。脇に何か抱えた状態で、抱えたものを前方に放り捨てる。
  「!!?泰志っ!!」
 放られたのが人で、そして全身ボロボロになっている泰志と分かると冶无樹が名を叫んだ。泰志は薄らと目を開け、眉間に皺を寄せて顔を上げた。
  「……や、冶无、樹……皆……」
  「コイツ、ボロボロで戦うどころじゃなくてつまんないから返すよっ!!」
 謎の人物は自分で放って転がした泰志の腹を蹴り、紅葉達の方まで蹴飛ばした。弧を描いて飛んできて地面に打ち付けられ、転がってきて紅葉の足元で止まる。


  「泰志!!大丈夫!?……」


 傍に膝を付き、紅葉は泰志に声を掛けた。痛みに耐えながら片目を開き、泰志が紅葉を見やる。
  「げほっ!ごほあっ!……へへっ、無残にやられちまった……」
  「泰志……」
  「でも、さぁ…………俺、祠は死守した、からな……!祠を壊そうとやって来た奴と、鉢合わせちまって……そいつと戦闘して何とか負かしたけど……ごほっ!!」
 喋るのも辛そうなのに自力で起き上がろうとする泰志を紅葉は制止し、絹が紅葉の隣に来て傷を診る。

  「……そうしたら、いきなり目の前で人が真っ二つに割れて……あいつが、出て来たんだ……!」

  『!!?』

 泰志が話す事実に皆驚愕して謎の人物へと視線を注ぐ。視線が集まり、謎の人物は片方の口角を上げて笑みを浮かべる。
  「……そうだよ。オラはそいつの云った通り人の身体内部から出てきたぁ。“寄生”してたんだって云えば分かり易いかなぁ?」
 謎の人物の説明に絹は訝しい表情を浮かべる。


  「寄生……ですって??そんなの普通の人間に出来る芸当じゃないわ。貴方、一体何者なの!?」



  「――オラかい?オラは悪国が行ってる生体実験の被験者ってところかなぁ。人の代わりになる戦力を生み出す為に生まれた多種混合の生物は勿論、同時進行で人を改良する実験もされてたのさぁ。オラはその人体実験から生まれた“寄生人間”……腑喰(ふぐい)だよ。宜しくねぇ」




 にこやかに自己紹介をしたと思うと、右腕を水平に上げ、掌から触手が飛び出し、近くに居た毛狩り集団から一人を攫い、引き寄せる。首を掴んで持ち上げられ、捕まった男は「はっ、放せっ!!」と抵抗して暴れる。
  「殺し合う前にぃ、腹ごしらえさせてねぇ」
 パッと一瞬男の首を解放すると、表情一つ変えずに男の腹に右腕を突き刺し、腹の内部を探る様に右手を動かし始める。そして次の瞬間――べこっと男の腹が陥没し、一瞬で息絶え全身から力が抜け、仰け反って糸の切れた人形の様になってしまう。

 謎の人物――腑喰は地面に放った男に近付き、顔に手を伸ばす。すると嫌な音を立たせながら何かを取り出し、それを口の中に放り込みムシャムシャと咀嚼をし、飲み込む。こちらを振り返ると、口の端から紅い筋を滴らせながら右手に纏わりつく血を舐め始める。
 目の前で起こった現実離れした出来事に紅葉達は目を疑うしかなかった。毛狩り集団は叫び声を上げてその場を逃げ出す。



  「逃げ出せると思ってるのぉ?そろそろあんた達からも出てくるよ?オラの分身」



 逃げ出した毛狩り集団達が血飛沫を上げながらその場に次々と倒れていく。全身血塗れの全裸姿は腑喰そのままで、彼等は腑喰本体に吸われる様にして戻っていく。目の前で次々と起こる出来事に付いて行けず、紅葉達は口を薄く開いて呆然と立ち尽くすしかなかった。
  「……あいつ人の内臓を食って生きてるってこと?おまけに目玉まで取って食べるなんて……人間じゃないよ」
  「まさか人に手を加えるなどと、裏でそのような事をしていたとは……!」
 青い顔色の些羽に東鴻は腑喰を見つめ歯軋りする。


  「神国からの使者を誘き寄せる作戦は上手くいったし、あいつ等はもう用済みだから食しちゃった♪……祠はお前等始末してから壊せばいいし、食後の運動に付き合ってもらおうかぁ」


 腑喰の顔付きが変わった。人懐っこそうにへらへらと笑っていたが、切れ長の目が細められ金色の瞳は蛇の瞳を思わす。戦闘体勢になりつつある腑喰に合わせて身構える東鴻や些羽の前に絹が立ちはだかる。
  「……此処は私にやらせてもらえないかしら。冶无樹、泰志をお願い」
  「ああ。――?紅葉……?」
 泰志の傍に膝を付いていた紅葉がすぅっと立ち上がる。


  「紅葉?」

  「私は歩緒の父さんを止めるから。無理に動かされて体に負荷が掛かってる……手短にしないと命に関わる」

  「虎狐に効果的な技は貴女しか扱えないものね。私も手短に終わらせられるように努めるわ」


 紅葉と絹が前に歩み出て紅葉は巨大化した歩緒の父親を前に、絹は腑喰の前にそれぞれ立つ。



  「――さあ!!手短に終わらせるよ!!」
  「――さあ!!手短に終わらせるわよ!!」



        十章⑦   終わり