荒草原へと発つ前日の夜、紅葉は自分の部屋で羅沙度から貸して貰った書物を読みこんでいた。絹からの読み書きと師長達から教えて貰った甲斐あってか知らなかった文字も言葉の意味を難なく読めて理解が出来る。
  「……はぁ……?」
 区切りのいいところで顔を上げ目の前に灯っている蝋燭の灯りを見つめる。と、胡坐を掻いている膝に歩緒が飛び乗ってきて顔を見上げてくる。
 
  「……どうしたの?歩緒」

 見上げてくる歩緒を見下ろすと、耳を垂れさせて俯く。
  「?……歩緒?――わぁっ!??」
 いきなり胸元に跳び付き、隙間に鼻先を突っ込んで上衣の中に入り込んできた。もぞもぞと動き回る度に毛が肌を滑りくすぐったい。
  「ちょっ!?歩緒??――ははっ!ちょ……く、くすぐった……あは、あははっ!」



  「――おい、紅葉!居るか?」
 

 
 そんな時部屋に来訪者がやってきた。
  「え?あ、はい!」
 反射的に戸口の方へ向けて声を張ったが、歩緒が胸辺りでもぞもぞとしだし、戸口に向かおうとしたがくすぐったくて動けずに畳の上を転げ回る。
  《ふ、歩緒!いい加減出てきて……くすぐったいから……!》
 なんとか歩緒を上衣の中から引っ張り出そうとするが、するりと交わされてしまう。

  「紅葉?」

 部屋の外で待っている来訪者が呼んでも出て来ないことに疑問を持ったのか、部屋の戸口が開いて来訪者が覗いてきた。紅葉はくすぐったいのを我慢して顔を上げると、佳直が少し開いた戸口から顔を覗かせていた。
  「どうかしたのか?返事しといてちっとも出てこねぇから」
  「い、いや、ちょっと歩緒が……」
  「歩緒?」
 畳の上で四つん這いになっている紅葉以外に部屋には誰も何もいない――と、思ったが、紅葉の背中に突如膨らみが出現し、膨らみが移動し胸元から歩緒が出てきて畳の上にお座りする。

  「お、おい……今歩緒、紅葉の着物の中から出てきたか!?」

  「やっと出てきた……急に入ってくるからどうしたかと思った……」

 脱力して胡坐を掻いて座る紅葉は着物の乱れを直す。佳直は歩緒の首根っこを摘まみ上げ持ち上げる。
  「……おい。何で着物の中から出てきたんだよ?」
  ――…………。
 佳直からふいっと顔を逸らし、歩緒は六又に分かれた尻尾を別々に動かしながら顔を掃除し始める。
  「……答える気はねーってか」
  ――ダッテ……。
 それだけしか歩緒は答えず、突如暴れて佳直の手から逃れて畳に下り立ち紅葉の頭に登りへばりつく。訳が分からず佳直は首を傾げるしかなかった。


 暫く間を置いて佳直が口を開いた。
  「はぁ……まあ大方の理由は分かるけどな。明日の明朝だろ?荒草原に発つのは」
  「そうだけど……――そういえば、こんな夜に部屋まで来て私になんか用なの?佳直」  
 一月の間にちょこっと顔を合わせる程度ではあったが、態々部屋にまで来る様な話があっただろうか?何か仕出かした覚えもないし、怒られる様な事をした覚えもない。紅葉がそう問い掛けると、佳直は片眉を跳ね上げた。

  「なんか用なの?って……さっきも云っただろ?明日荒草原に発つんだろ?その事で話があって来たに決まってんだろうが馬鹿が」
  「馬鹿!?なんでそんなこと云われないといけないわけ??」

 相変わらず人には喧嘩腰の物言いで突っかかってくる。それに乗ってしまう自分も悪いのかもしれないが、決定付けされて云われるのは気分も良くない。
  「まあ今は言い合ってる場合じゃねーから云い返さねーが。……お前、何で請け負ったんだ?」
  「何でって」
  「荒草原に行くってことは、少なからず虎狐に遭遇する可能性は高いってことだ。異常気象の原因に虎狐が関係しているかは分からねーが、最悪退治しねーといけない結果もありうる」
  「!」
  「紅葉の場合、運良く歩緒を親元に帰せればそれでいいとかって考えたのが主だろ?」
  「…………」
 まるで現場に居合わせたかのような見解に紅葉は何も云えなかった。


 佳直程深く考えていなかったが、任務を請け負う際の心得を問われている気がする。神国に帰郷して一月、修行に勉学三昧で自分にそれ等が“戦闘士”としてのものだという自覚が足りていなかったのかもしれない。現に佳直に「親元に帰せればいい」――それだけを思って請け負ったんだろうと云われて弁解のしようもない。
 何も云わない紅葉に佳直は肩を竦めた。

  「……俺が何を云いたいのか分かってるんだな」
  「…………」
  「――紅葉。お前は今“戦闘士”なんだ。戦闘士の基本は戦いに赴く戦闘員だってことを忘れるな。今回荒草原の異常気象の調査に紅葉や絹を含めた奴等が選抜されたのは歩緒……虎狐に近付ける事に重点を置いて話が来たからだ。大紀美の奴が何を考えてるかなんて俺には分からねーけど、新人に任せるには難易度が高過ぎる。
  お前も、請け負いたくなかったなら断る事も出来ただろう?歩緒を親元に帰すならこの任じゃなくても機会はある、修行も半端で能力も上手く使いこなせてねー状態で荒草原に行くのは自殺行為に近いんだぞ?もう少し自分の事も考えてから請け負えよ。だから馬鹿だっつったんだよ!」

 佳直は紅葉が歩緒を親元に帰すことを焦り、その焦燥から今回の任を請け負ったと思っているようだ。それに戦闘士としても修行も能力の使いこなしも半端なままで自分の身の心配をしていないとも思っている。全くそれ等がないというわけではないが、きっと木理羅が自身に数日前尋ねて来たのはこの任に関係していたのだと今なら分かる。



  ――……貴女、歩緒をどうするつもりなの?



 あの時木理羅はそう紅葉に問うた。答えは帰す気ではあるが今はその機会がないからと答えた。だから木理羅は紅葉に荒草原の調査に紅葉を推薦したのだろう。本当に歩緒を帰す気でいるなら迷うことなく請け負うと確信があるから。
 佳直に問われるまで「これで歩緒を親元に帰せる」・「これで歩緒が辛い目に遭わなくなる」なんて思っていたが……果たしてそれは歩緒を思ってのものなのだろうか?ただの自己満足になるのではないか……そう、今では考えている。
 何も云い返さずにいたが、紅葉が微かに唇を動かす。

  「……深く考えてなかったのは、確かにあるよ。帰す機会がないからって特段焦ってた訳ではないけど、戦闘士だからとか色々深く考えてなくて半端なままで任を請け負ったんだっていうのは、今佳直に云われて気が付いた」

  「そんなこったろうと思ったぜ全く……必ずしも向こうで戦闘が起こるとは限らねーが、仮に虎狐が異常気象に関わっていたとして、害を成すと判断された場合退治する事がお前に出来るか?そうなったら歩緒も退治対象になるんだ」

 紅葉は目を見開かせて驚愕した。佳直が何を云ったのか瞬時に理解出来ず、動揺から瞳が揺れる。握り拳を握り締める紅葉を見て、佳直は頭を掻く。
  「まあ、ワラサで見た限り変化と砂を操れる能力があるってだけしか分かってねーけど、それだけで気象を狂わせる事は無理だろうから先ずねーだろうが。
  ――いいか。戦闘士ってのは、ただ戦場に駆り出される戦闘員ってだけでなく任務を請け負うこともある。それは“国務”の一環だ。害を成すとなれば退治もする、領土内の見回りも調査もする。行き先で問題に直面すれば応援呼ぶ前に自分で対処しねーといけない時もある。自分や国の信頼・生死さえも分ける縁の下の力持ちが戦闘士や護衛士だ。好んでなる奴なんていねーな」
  「そうなの……」
 好んでなる奴はいない……なら自分はその滅多にいない変わり者なのかもしれない。

 今回の任務は荒草原の調査に加え異常気象の原因解明。仮に異常気象に虎狐が関係していたとして、虎狐が害を成すようであれば退治しないといけない。現地で問題が起きたら対処しないといけない、それは分かっている。ただ。

  (もし、虎狐を退治しないといけなくなったら、歩緒も……)

 顔を上げ、頭上に居る歩緒の様子を思い浮かべる。大人しくしている辺り眠っているのかもしれない。まだ小さく幼い虎狐を退治しないといけなくなれば、その時自分はきっと歩緒に恨まれながら刀を振り下ろしているのだろう。人嫌いで攻撃的、鬼の使いとされている最悪の獣などと云われる虎狐の幼子がこんなにも懐いてくれている事事態奇跡に近いのかもしれない。
 何故自分にこうも懐いてくれるのか、その理由は未だ不明だが、少なくとも永力が関係しているのは分かる。永力を抜きにすれば懐かれる要素など私にはない。

  (…………)

 そう思うとなんだか添え物になった気分になる。すると頭に那与裏の声が響く。

  ――主。それは考え過ぎです。歩緒にとっては永力が添え物で、貴女自身をちゃんと見極めて好いているのですから。

  (……そうかな)

  ――はい。それに主は少しずつ妾の力を使いこなせておりますし、半端などということはございませぬ。鳥の巣の物言いには物申したい次第でございます!

  (鳥の巣……?)

  ――妾が佳直を呼ぶ時の呼称でございます。あのような髪型なのですから鳥の巣で十分足ります。

 那与裏の言葉に紅葉は微笑を浮かべた。
  (……ありがとう、那与裏)
  ――いえ。余り深く考えないで下さいまし。虎狐に気象を変える程の力はございませぬ。異常気象は他の要因が関係しているのです。だからご安心ください、主。
 那与裏の励ましに少し気持ちが楽になった。自分が思い悩んでいるのを那与裏は聞いているのだという事をすっかり忘れていた。覚醒してからこうして会話をするのが当たり前みたいになっていて肝心なところを忘れていたなんておかしな話だ。

 ふと顔を上げると、腕組みをして見下ろしていた佳直と目が合う。
  「……那与裏が何か云ったんだな」
  「うん。ちょっと励まされただけ」
  「そうか。――とりあえず、任を請け負う際にはよく考えてから決めろよ!今回のは歩緒のも関連して率直したんだろうが次浅はかにしてみろ。ただじゃおかねーぞ!!」
 ビシッと鼻先に指を突き付けられ、佳直の顔を見ると真剣な瞳と面持ちで自分を見つめていた。


  「用はそんだけだ。夜に邪魔したな」

  「うん…………やっぱり佳直は隊長なんだね。ありがとう」


 戸口に向かって歩く背にそう声を掛けると、佳直は足を止めた。振り返りはしないものの「ふんっ」と鼻を鳴らす。
  「新入りに教えるのも隊長の仕事だ。俺に限らずどの部隊のもそうだが、お前と面識あるのは俺くらいだからな。態々足運んでやったんだ、次同じことしやがったら三枚に下ろしてやるから覚悟しとけ――」
 そう云い残して部屋から出て行った。

 この一月、皆それぞれ私の事を気にしてこっそり修行を覘いていたり、気に掛けてくれていたと思うと少し嬉しい。佳直も気にしてこうして部屋にまで来てくれたんだ、そんな配慮がこの時は嬉しかった。

  「……なんか、佳直っぽくないのが可笑しいな」

 彼らしいと云えばそういえるのだが、態々部屋を訪ねてくる辺りが彼らしからぬ行動のような気がして、紅葉は小さく笑う。紅葉の笑い声に歩緒が耳をピクピクと動かし、「キュウー」と鳴いた。


        *  *  *  *  *  *
 
 大きな欠伸をしながら宿城の七階の回廊を歩く佳直の行く手に、微笑を浮かべながら壁に凭れる一人の男性の姿が。
  「……貴方にも優しいところがあるとは、意外ですね」
 眼鏡を押し上げクスッと笑う。七師長の一人、海友だ。
 
 
 可笑しそうに笑みを浮かべる海友の横顔を見つめながら佳直は目を眇めた。こいつ俺が紅葉のところに行ってたの知ってやがるな――そんなことを思うとつい口から言葉が出そうになるのを押し込め、口を噤んだ。
 
  「俺はただ気になる事があって行っただけだ!……あいつが深く考えもしねーで任を請け負ったんじゃねーかと思ったらやっぱりそうだ!――ったく!歩緒より自分の身を考えろってんだ!」
  「この一月、此処で暮らしていく内に人々がどれだけ虎狐を嫌い・恐れているか知ったのでしょう。私は懸命な判断だと思いますが、貴方は気に食わないようですね」
  「戦闘士として駆け出しだぜ?幾ら歩緒に懐かれてるからって新人に任せる任務じゃねーだろう!大紀美が何考えてるか知らねーが、紅葉は戦闘士としても永力を授かった身にしても何においても半端過ぎる。そんなあいつを指名した時点で気に食わねーけど、紅葉の奴が承諾しちまった以上はもう行くしかねんだ。
  ……紅葉には叱咤入れてやったし、後は現地に行って学んでくりゃいい。口で云うより実地の方が身に染みるだろうさ」
  「ふむ……帰郷してから気になっていましたが、貴方は紅葉に対して常に喧嘩腰ですね。それは気に食わないから苛めているのか、若しくは愛情の裏返しなのか……」
  「ばっ!!んなんじゃねーよ!誰があんな猿女の事なんか……!気になって行っただけだ!心配して態々行ってやったんじゃねーからなっ!勘違いすんじゃねーぞっ!!」
 
 微かに頬を赤くして怒鳴ったかと思うと、大股で足音を立たせながら憤慨に海友の前を通り過ぎて行く。突き当たりの角を右に曲がって佳直の背が見えなくなってから、海友は肩を竦めた。
 
 
  「やれやれ……佳直が他人に優しくするなど滅多にないことをするとは、そういうことですか。……“優しく”、か……」


 海友も回廊を歩き出し、佳直とは反対の角を左に曲がり暫く歩くと、宿城の外を一望出来る伝書受けにへと出た。此処は伝書鳩や鷹狩で使われる部分で、一人で居たい時にはうってつけの場所だ。
 海友は空を見上げ、夜空に輝く星々を見て独り言を呟いた。
 

  「…………しようとした時にはもう遅かった。そんな事があっても、貴方は優しく出来るのですね」


 出来れば彼には幸ある未来を願いたいものだ。だが、それが叶うかは分からない。何故なら――彼は数奇な運命を背負う人に持ってはいけない感情を芽吹かせ始めているからだ。
  「願ったところで遅いか――」
 そんな独り言は夜の闇だけが聞いていた。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 次の日の明朝――。

 宿城の七階の紅葉の部屋。紅葉は装いも髪型も新たに身支度を済ませ、最後にたすき掛けの紐をキュッと結び終え、前を見据えた。紅葉は頭の上には相変わらず歩緒が乗っていて、戸口へと歩を進め部屋を後にし、欽聖堂門前にへと向かう。時折差し込む陽の光が迷いない勇ましい横顔を照らす。
 
 
 
 
 
  「――あ……来たみたいですね」
 
 
 
 正門前に集まった仲間達の前に真新しい着物に袴姿の紅葉が姿を現す。たすき掛けで袖を上げ、全体的に色合いが明るくなり、髪型も変わって飾りを付けていたりと女性らしさが加わった。
 紅葉の新たな装いに誰よりも早く声を上げたのは見送りに来ていた羅沙度だった。

  「良かった!お似合いですね、紅葉さん!」
  「ありがとう。……だけど、態々新しい着物なんて用意しなくても……」

 本当は皆より先に正門前に行こうとしたのだが、木理羅が部屋を訪ねてきて『羅沙度からの贈り物だ』と渡され、これに着替えてから来るよう云われたのだ。しかし、真新しいせいか身体に馴染んでいない為着心地があまり良くない。
 お礼を述べつつも困った顔をした紅葉に木理羅が歩み寄って来て眼を飛ばしてくる。
 
  「貴女の為に大紀美自ら仕立てたっていうのに不満なの!?」

  「不満とかじゃなくて、そんな気遣いしなくてもって云いたかっただけだよ」

  「折角あんたにって寝る間も惜しんでのものを……!この恩知らず!馬鹿!」

  「云わせておけば……朝から一体なんなの!喧嘩したいっていうなら相手してやろうじゃないのよ!」
 
 云い合いを始めた紅葉と木理羅を皆は呆れた面持ちで見守る。
 
 
  「……朝から云い合いなんて二人らしいわね」
 失笑する絹の隣に立つ冶无樹は眠いのか、まだうつらうつらしていて立ったまま眠り始める。代わりに泰志が文句を云う。
  「朝っぱらから五月蝿い奴……」

  「いいんじゃないですか。ね、東鴻隊長」
  「そうだな。紅葉は元気ある方がらしい」
 些羽と東鴻は久しぶりに見る紅葉の元気な姿に安心した様で、泰志も「そうだろうけど……」と不平を口にしつつも苦笑を浮かべている。
 
 
 
 このままでは終わりが見えないと判断したのか、羅沙度が二人の間で扇子を広げ仲裁に入る。

  「――はい、二人共そこまでです。これでは何時まで経っても発てないではないですか」
  「ですが大紀美……」
  「着て下さったということはお気に召して頂けたと私は受け取ります。是非ご愛用して下さい、紅葉さん」
  「うん。前と同じ袴で、おまけにたすき掛けもあるから袖が邪魔にならなくてこの方が動きやすいよ。ありがとう、羅沙度。前のは修業着にでもするよ」

 普段着にするということに喜ぶ羅沙度の背後、木理羅はムスッとしたまま紅葉を睨み続ける。
 
 ふと正門の屋根に人影を見つけ見上げると、佳直が大きく足を開いて頬杖を付いて遠くを見つめていた。紅葉の視線に釣られ皆の視線が正門の屋根に集まる。
 佳直は紅葉達を見ることなくそっぽを向いて口を開く。
 
 

  「気を付けろよ。あの辺りまた〝毛狩り〟始まったみてーだからな」


 
 佳直の言葉に羅沙度が歩緒に目を向ける。歩緒は呑気に毛繕いをしていて耳の中を前足で掻いている。
  「……そう簡単に虎狐が毛狩りに遭うとは思いませんが、その影響で動物達の気性が荒くなっているのは事実です。皆さん、お気を付けて」
 
 チラッと佳直が紅葉に視線を向ける。紅葉はニッと笑い返し、拳を突き出す。
 

  「行ってくるよ。――皆、行こう!!」
 
 
 
 
 
 荒草原にへと発つ紅葉達を見送り、欽聖堂門前に立つ羅沙度、木理羅、そして屋根の上に座る佳直の三人はしばしその場に居座る。
 まだ朝早くて皆寝入っているというのに、見送りに現れた佳直に木理羅が不思議そうに声を掛けた。
  「……佳直隊長が見送りとは珍しいこともあるんですね。面倒だと云って大抵来ないと拓馬副隊長が仰っていましたが?」
  「うるせぇな、ちょっと思うところがあったからな。……何時もの調子で一安心だな……」
  「?何か云いましたか?佳直隊長」
  「いいやなにも。……」
 
 
 遠くなる紅葉達の背を見送り、中でも一番元気な背中を視界に捉えると佳直の顔に自然と笑みが零れる。
 
 
 
 羅沙度と木理羅は同時に首を傾げ、顔を見合わせると何時もと違う様子の佳直を見上げ暫し見つめる。
 
 
 ――微笑を浮かべる佳直の頬を穏やかな風が撫でる。
 
 
 
         十章②   終わり