裏門前の森に集まった師長、各部隊隊長と副隊長、それ等の視線の先には戦闘士総隊長である舘野伊が居る。


  「……今云った通りだ。この敵襲は紅葉を狙ってのものだ。指揮を取ってた奴の姿はもうこの森にはない、おそらく紅葉と一緒に何処かに消えたとみて間違いねー」
 
 集まった皆は舘野伊の話を研ぎ澄まして聞いていた。
 
  「此処に集まってもらったのは、紅葉捜索の為に集まってもらった」
  「捜索するということは、何か当てがあるということか?」
 黄河が冷静な口調で舘野伊に訊ねる。
  「あくまでも仮説の話だが、指揮を取ってた奴は紅葉に危害を加えるつもりは元からない。土偶や猛獣の群れで来たのも、鎌掛け程度の意味合いで直ぐに消すつもりだった。……おびき寄せるための餌みたいなもんか」
 
 
 
  「もしそうなら、相手方は紅葉の帰郷を知っていたということになりますね」
 
 
 
 眼鏡を押し上げながらそう云い放ったのは海友だった。透明なレンズの向こうで瞳が細められる。
  「私達でさえ紅葉の存在を知ったのは今日。しかし相手方は紅葉を知っていて連れ去った……面識があるのかもしれませんが、悪国の人間ではないでしょうね。まず紅葉の存在自体知らないでしょうから」
  「悪国の人間じゃないよ。かといって神国の人間とも云い難いし……男で、紫色の髪してて……」
 梨世が逆探知で判明したその人物の特徴を上げていく。だが途中顔が曇る。
 
  「どうした?」

  「うーん…………何か妙な感覚覚えたのよね……。普通の体質じゃないっていうのかなんなのかよく分からないんだけど、云いにくいなぁ」

 舘野伊の問い掛けに梨世はどう例えていいか分からず腕をバタバタさせピョンピョン跳ぶ。
 
 
  「うぅ~~上手く云えなくて気持ち悪いぃー!」
 いごいごする梨世を蘭が宥めて静まらせる。梨世が落ち着いたところで舘野伊が溜息一つ付き顔付きを変える。
 
 
 
 再び舘野伊が話始める中、佳直は気難しい顔で何処か上の空だった。

  (…………まさか……)
 
 まだ人間界にいた頃、メキシコシティにあるシンドラ修道会というところで一戦あった。戦いも終わり敵だった奴の洗脳も解けた事で良い終わりを見せた。確か、クナイといったか。そいつが云っていたことと梨世が探知した人物像が重なる。
 
 
 
   ――何か一気に大きな物を相手にすれば解放がどうのと……。
 
   ――名は……海と云っていたか。
 
 
 
  (もしクナイの云った奴と梨世の語った人物が同一人物なら、紅葉が覚醒したことは少なからず知っててもおかしくねぇな。……あの時砂漠の遺跡内には俺達以外には敵ぐらいだった。なら、外で様子見してたのかもしれねぇ)

 佳直の居たワラサにも確か海は居た。蜘蛛族の霞と何らかの繋がりがあって、シンドラではクナイ達を寄越し、砂漠の遺跡では様子見……何の理由があってかは知らないが、紅葉に対して何か特別な思い入れがあるようだ。なら連れ去った理由も大方見当がつく。
 

  (そう遠くにはいってねぇだろうな。とはいえ欽聖堂や城下町近辺にはいねぇだろうし、なら――)
 

 
  「――もうこの森に居ないとなると、この城下周辺・神国の中心地にはいない。とはいえ悪国領土内に居る事もない……なら、可能性としては〝鏡國(きょうごく)の丘〟だ」



 舘野伊の断言に皆ザワザワと声を潜めて騒ぎ出す。
  「鏡國の丘……神国では大紀美や御老聖、あとは三神力の能力を宿した人間しか入れないとされている三大聖地の一つ。ですが、大紀美や御老聖といえど踏み込めるかは定かではなく土地が人を選ぶと聞きますが」
 海友が説明を始め、皆不安げな顔で回りの人々と顔を合わせる。
 
  「私達も踏み込めない土地に行ってどうするの?傍までは行けても、あの場所は強い霊気を発してるから何が起こるかも予想が出来ない……そんなところに行ってると私は思えないわ」

 表情を険しくさせ蘭が不安を煽る様に危険だと遠回しに促してくる。
 
 
 
 鏡國の丘――欽聖堂の元の土台となった鏡國という寝殿が建てられていた歴史ある土地で、青葉の果てた地でもある。青葉を始め歴代の大紀美や御老聖達が祀られていて強い霊気が何者も近付けず、その場所だけにしか生息・生育していない動植物は絶滅危惧種に値する。清き力場――選ばれた者だけしか入り込めない神聖な聖地。
 
 
 
 蘭の注意何て気にしていないのか、舘野伊は強気にでる。

  「そんなのにビビってどうすんだよ。安心しろ、踏み込む訳じゃない、周りを包囲するだけだ」

 舘野伊はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 一瞬にして風景が変わり、立ち尽くしていたのは不思議な場所だった。

 高々と天に向かって伸びる石柱に雲を突き抜ける高山の中腹は削られ、崖から直角に流れる滝、辺りを飛び回る見たこともない鳥類や昆虫、青々とした葉を広げる木々、色鮮やかに咲き誇る花々、後ろには洞窟が大きな口を開けて待ち構えている。静かで、生き生きと伸びる植物の無法地帯、一切人手の入っていない自然が織り成した土地……。
 
 辺りの木々を見上げると、変わった動物達がこちらを頻りに気にしている。
 
  「?……」

 足元がくすぐったいと思えば歩緒が摩り付いてきていて、紅葉は表情を緩め歩緒を掴み抱き上げ肩に乗せる。
  「……此処、何処だろう。何で私こんなところに……」
 下る獣道が見え、紅葉はその獣道を進み下ってみる。しばらく山道を下っていて平地に降り立った。それでも植物の無法地帯は変わらず広がっていて、鳥の鳴き声が辺りに響き木霊する。四半時程歩いた後、ふと無法地帯の途切れが見え、紅葉は足を速める。

 無法地帯の一線から外はがらりと環境が変わり、植物が一切生えていない枯れた荒地にへと姿が変わっていた。鳥居を潜って紅葉は荒地の数歩手前で立ち止まり、後ろを振り返る。
 
  「……どういうこと?此処は植物が生い茂って動物もいるのに、ここから先は乾いた荒地って……一体なんで……」
 

 
  「――それはね、その場所には霊気が宿ってるからさ」
 
 
 
 その声に紅葉は背筋に悪寒を感じた。聞き覚えある声に一瞬知り合いかと思ったが、振り返った先に佇む人物を目にした途端、厳しい顔付きで紅葉はその人物を見据えた。                                                                                                
  「命が芽生える筈もないこんな乾いた荒地に何故霊気が宿ってるかというと、その場所は青葉が果ててから力場と化したからさ。神国は青葉を崇め、そして大紀美や御老聖、三神力を宿した人が死した時にはその土地に祀り安らかな眠りを祈る……まあ、余りにも強すぎる霊気に誰も近付きはしないよ。だから祀るには丁度良い」
  「…………」
  「また会ったね」
 ニッコリと笑顔を見せる海に紅葉は眉一つ動かさない。
 
  「まさか君から罠に掛かってくれるとは思ってもみなかったよ。まあ、君が嫌がってもこうして二人きりにする為に強行策に出るつもりだったけど……どう?その土地を踏みしめた感想は」

  「……単刀直入に訊く。こんな場所にやってきたのは何故?」

  「ふふっ……気になる?」

 海は首を傾げる仕草で紅葉に問いかけてきた。あんな大がかりな襲撃をしてまでこんな場所に紅葉を連れてきた意図が分からない。出会った当初も今もよく分からない人物だ。
  「簡単なことだよ。君がその土地に受け入れられるかどうかを試したんだ。君が人間界の遺跡で能力を覚醒させたことは分かったからね、その土地に認められれば君の能力は三神力のどれかということになる――だけど、その能力が永力だって僕は知ってる」
 途端真面目な顔付きになり、語り始める。

  「ニ千年前、最初に永力を宿した青葉も紅い瞳だった。それ以外の三神力には特徴らしきものはない、何故永力だけ特徴があるのか……仮説にすぎないけど、永力にはその瞳と同じ紅い運命があるからさ」

  「紅い運命……?」

  「まず戦が起こる。力を欲し奪い取ろうと、或いは取られんと守ろうと血が流れる……そしてもう一つ、身を滅ぼすってこと。欲しあった当時の神国と悪国によって激しい戦火が繰り広げられ、結果的に瘴気が発生してそれを打ち消す為に青葉が犠牲になった。……君にも同じことが云えるって訳さ」

 海は近くにある岩に腰掛け、手を組む。
  「〝紅い瞳〟が指すものは、奪い合われる血の象徴、身を滅ぼす死の象徴――そして全てを掌握出来る力の象徴だよ。だってそうでしょ?君の能力は何にでも変われる、限定されていないんだ。それなら世界なんてものに出来るといったものだよ。
   だけど、力が大き過ぎると代償も大きくなる……その地で果てた人みたいに自分が死す結果に終わったのが良い例だよ」
  「…………」
  「紅い瞳でその土地に受け入れられた……ならもう永力だと思わないといけないんだよ。君が、青葉みたいに果てる結果に終わる?――そんなの許すわけがないっ!」


 海が表情を歪ませ唇を噛み締める。
  「その事実を改めて受け入れるのに今回の襲撃を図ったんだ。君が青葉と同じ運命を辿らないように変えてみせるって決意を固め……救ってみせると自身に誓い立てる為に。それが僕の生きる意味だ。君がくれたこの意味を絶対に無くさない、神国や悪国に邪魔なんてさせないっ!」
 
 
 感情を露わにさせる海の言葉に嘘はないのだろう。だが、一つ分からないことがある。
  「……力を覚醒させようと仕掛けてたのも、自身に誓い立てするためだっていうの?」
 紅葉の問い掛けに海は苦笑する。
  「そうだよ……だって、そうするしか君に"残れる"道がないんだ……」
 何でそんな今にも泣きそうな顔をするのか、海が分からない。云っている事全てを鵜呑みにするわけではないけれど、海に強い信念がある事だけは確かだ。
 困惑した表情を浮かべていたのだろう、海が宥めるように微笑みを向けてくる。


  「紅葉、不安にならなくていいよ。だから僕と一緒に来て。僕なら君を守ってあげられる……神国に居たって君の居場所にはならない。僕に君を守らせてほしい……」


 海がワラサと同じように手を差し伸べてくる。
 その手を見つめ、紅葉は訝しげに目を眇めた。仮にこの手を取って一緒に行ったとして、自分に何が残るというのだろう。説得されてそうだと思ったとしても、それは自分が本当に望んだことだろうか。少なくとも私は違うと思う。

  (人間界に、ピースエマジに居られないって思ったのは、自分があの世界とは不釣り合いな人間だと思ったから。銀次郎の事や羅沙度の事がきっかけだったとしても、与世地聖に来たことに悔いはない。人間界で出会った人皆の記憶から自分達を消したことも)

 絹や皆と一緒に神国に来たことにも悔いはない。これから此処で生きていくんだと決意を固めたばかりだ。まだ自分の目で何も見ていないし知ってもいない、それなのに海の言葉を信じて付いて行くのは"これから"に対して背いたと同じだ。
 ――自分で掴み取るんだ。どうしたいのか、どうするべきなのか、どう生きて行くのか……。

 紅葉は一呼吸し、ゆっくりと海に目を向けた。その目に揺らぎはない。
  「……海。あんたの云ってる事が仮に本当だったとしても、私は素直に頷いてその手を取ることはしない。このまま付いて行ったところでその決意に意味なんてないし、自分で見知って決めないと意味がない。……だから、前も今も私はあんたの手は取らない」

 海は言葉に詰まり差し伸べた手を下す。
  「……あの場所が辛くなっても?それでも君は来ないの?」
  「知らない内から決め付けることはしたくないから。……皆、これから私に色々と教えてくれるし」
 そう云うと、海の口がふっと緩んだ。でもその笑みは『どうかな』と云っているようで少し小馬鹿にしている様に見えた。


 
  「……自信があるんだね。あいつ等皆が〝何が〟あっても傍に居てくれるって」
 
 
 
 ――海の言葉が終わった途端、海の背後にズラッと人影が並び完全に包囲される。
 
 
  「……お前が敵襲の指揮してた奴だな」

 現れたのは舘野伊を含め七師長や各部隊の隊長・副隊長達だった。海は武器を向ける皆をゆっくりと振り返る。
  「……頃合いを見計らったみたいに来るんだね。――まあいいよ。紅葉、君が何時までそう思っていられるのか楽しみにしているよ。君は絶対にこっちに来る。そう遠くない未来にね」
 鬱陶し気に舘野伊達を睨み、正面に向き直って微笑みながら紅葉にそう云い残す。
 


  「じゃあまた会おう、紅葉。僕の云った通りになる未来を楽しみにしてなよ――」

 
 
 煙に巻かれる訳でもなく、ただ立ち姿が薄れて行き笑顔を残して海は消えて行った――。
 
 
 
        九章④   終わり