瀬那のマンションの前で偶然幼馴染の圭太と遭遇した。瀬那の顔を見た瞬間不機嫌に眉間にシワを寄せたのだ。
 
 
  「……なんだ雅か。この辺りに住んでんのかよ」
 
  「ああ。此処で悪い?」
 
 瀬那が親指で指し示した高級マンションを見上げ、圭太は乾いた笑いを零す。
  「あーそうですか。さぞかしお高いマンションだことで」
 
  (すっごく棒読み……)
 
 なんだろう。急に場の空気が変わった。不穏というか……。
  「なんで東野がこんなところに?」
  「バイト帰り。この辺でバイトしてんだよ。……てか、なんで七瀬といんの?学校じゃ付き合ってるだなんだって噂されてるみてーだけど、七瀬は否定してるし、お前が言ってるだけなんだろ?」
 圭太の喧嘩腰な言い方が気になるけれど、圭太は瀬那の事を良いようには思っていない。
 
 
 2人は同じバスケ部所属。瀬那も圭太も期待のエースと言われていて、バスケ部期待の星。瀬那は計算高くて動体視力が優れているのもあって、周りを見ながら裏をかいて先読みするのが得意な計算型プレーヤー。圭太は防御よりも攻撃重視な諸突猛進型プレーヤー。正反対のプレーはコンビネーションが良いらしく、一緒に試合に出ることも多いらしい。……まあ、殆ど瑠依情報だけど。
 
 期待のエース同士だが、瀬那の方が一枚上手らしくて、圭太は敵視しているとか。
 でも、今のこの不穏な空気はそれだけじゃない気がする。もっと別な事が元でなっているような。
 
  「そうだね。オレから一方的過ぎたことは未琴からも言われたから理解した。でも……」
 
 
 瀬那は未琴の腰に手を回して引き寄せた。え、今これ後ろから抱き締められてる??
 まるで見せつけるようにして頬同士をくっつけてくる。それを見ると更に圭太の眉間にシワが刻まれていく。
  「嫌われてないってことだけは分かってるから、何時か本当に付き合ってるって言ってやるよ」
  「ちょっ!?あんたさっき自重するって言った傍からなに口走って……!!」
  「何って、アピール」
  「というか人目気にしなさいよっ!!このすかぽんたんっ!!」
 
 力付くで瀬那を剥がし、叩こうとするが避けられる。
 
  「避けるなっ!!」
 
  「悪いけど、殴られるのが好きなマゾじゃないから遠慮するよ」
 
  「あんたはどっちかっていうとサドでしょうが!!!――帰るっ!!!!」
 
 
 ずんずんと歩み出す未琴の後ろを瀬那は付いて行く。『ついて来ないで!』未琴に言われても気にせずに瀬那は後を付いて行く。挙句の果てに担いでいってしまう。
 
  「……ムカつく」
 
 足元にあった石を蹴飛ばし、圭太は歩き出した。
 
 
         *  *  *  *  *  *
 
 週末が明けた月曜日。学校に登校する未琴は疲れた顔で登校していた。周りの生徒達は楽しく談笑したり、音楽聴きながら1人でだったり、カップルで仲良く登校していたり、友達同士で団体様だったり……。
 
  (あ~周りが普通の高校生達で溢れてる……)
 
 あれ?自分も高校生のはずなのになんでこう客観的な視点でもの見てるんだか……。
 
 
 靴箱から上履きを取り出し足元に放る。ローファーをしまい、上履きを履く。
  「――よう。七瀬、おはよう」
  「え?……あーあんたか。おはよう」
  「なんだよその言い方……」
 声を掛けてきたのは幼馴染の圭太だった。もう朝練も終わっている時間だから、会っても不思議じゃないけど。
 
 
 何気に一緒に歩きながら教室に向かう足取り、圭太が話し掛けてくる。
 
  「……毛嫌いしてる割に一緒にいるとか、お前雅のこと好きなのか?」
 
  「朝っぱらから何言い出すかと思えば……どうやったらそういう発想が出るのか知りたいぐらいね。あれは、断ったけど強引に言い包められたかというか」
 
 マンションに来ないかと誘われ、即効で断ったのにああでもこうでもないと言い出して――。
 
 
 
   ――だから、イヤだって断固として言ってるのになんで納得しないのよ!
 
   ――なんで?断る理由が見当たらないし。
 
   ――はあぁ……もういい!何がなんでもいかな……。
 
   ――そっか。じゃあ“あの事”ネタにして創作物でも作ってみようか。未琴の家庭内事情。
 
   ――~~~!!あんた、コロス……!!
 
   ――そうだな。案外昼ドラに向きそうなドロドロとした……。
 
   ――行けばいいんでしょ!!行けば!!
 
 
 
 脅されたと言ってもいいが、実際そんなことする気は全くないらしく、ただ単に一緒にいたかっただけとか言って……そんな言葉に少しキュンとしたなんて死んでも言えない。
 
 
  「あ、そうだ。そんなことより、あんた彼女にちゃんと構ってるの?」
 
 いい加減あいつの話題から離れようと別の話題を無理矢理引っ張ってきたが、圭太はうんざりと言いたげな顔で口を噤む。
  「バスケ部のマネージャーしてるから頻繁に顔は合わせてるだろうけど、週末にバイトとかして彼女ほったらかしていいの?」
 無言を貫くつもりなのか、口を開く気配がない。階段を登って2階に着き、教室に進みながら未琴が続ける。
 
  「可愛いって結構1年の中でも有名みたいだし、圭太っていかにもああいう“女の子”って感じの子好きだよねー。あんたみたいなのには勿体ないっていうかさー」
 
 チラッと横を見ても圭太は噤んだままだ。何でなにも言わないのか不思議だが、前から気になっていた。
 1年のマネージャーと付き合ってるっていう割に嬉しそうでもないというか、惚気てもない。話しているところは何回か見掛けたことがあるが、笑顔を張り付けたみたいに取り繕ってる気がした。作り笑顔で話す様は瀬那とどこか被る。
 
  (不満があるのかな?だったらあの子に言ってるはずか。こいつ隠し事はしない性質だし)
 
 話す気がないのならこのまま話題を振っても意味がない。別のに変えよう。
 
 
  「あ、今度バイト先で新作の惣菜パンが――」
 
 
  「…………ねーよ」
 
 何か呟いたようだが聞こえなかった。訊き返そうとすると眉尻釣り上げて低く言い放った。
 
  「おれは誰とも付き合ってねーって言ったんだ!」
 
 …………え、えーと……。え?付き合ってない……??
 
  「あいつが勝手におれと付き合ってるってデマ言ってるだけで、おれは付き合ってる素振りは見せてねーよ!」
  「なに照れてるのよ!女の子感満載で好みでしょ?意地張らなくたって笑ったりしないわよ」
  「おれは――」
 
 
 急に肩を強く掴まれて圭太と向き合わさせられる。必至な顔で弁解しようとする意味が分からなくて、混乱して今の状況についていけなかった。圭太がどうして焦った顔をしているのかも。
 
 
 
 
  「おはよう、未琴」
 
 
 
 その声に圭太の背後に目をやると、瀬那が立っていた。急に変わった雰囲気がちょっと怖くて瀬那の顔を見た途端ホッとしてしまった。
  「お、おはよう!――それより何で此処にいるの!?ここ普通科棟!」
  「東野にちょっと用事で来たんだ。話してるところ悪いけど、いい?」
 顎で指し示し、圭太と2人で行ってしまった。
 
 
  「……それにしても、なんだったの?今の」
 
 
 付き合ってないとかそんな素振り見せてないとか、今更何いってるんだろう、あの幼馴染は。揉めて情緒不安定とか?
 そういう時もあるだろうと、この時はそれで片付けたが、後に大きくなっていくとは思わない未琴であった。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 瀬那に連れられて人気のない廊下まで来た。瀬那は窓際に凭れ、圭太も間を空けて壁に凭れた。
 
  「おれに用事ってなんだよ」
  「ああ、それ嘘。用事っていうより忠告かな」
  「は?」
 
 涼しい顔して何言い出すかと思えば。嘘?忠告?意味分からねぇ。なんのためにおれに声掛けてきたんだこいつ。
 イライラしてきて唇を噛み締める圭太に、瀬那は冷たく言い放つ。
 
 
  「――自分の行いは自分で正せ。後回しにして他に手を出そうなんて気は確かなのか?」
 
 
 カーッと頭に血が上るのを感じた。
  「なんだよいきなり……行いを正せ?意味分からねーよ!」
  「1年生のマネージャー、と言えば予想つくでしょ」
  「!!?」
 ズボンのポケットに両手を入れ、瀬那は溜息を付く。
 
  「言ったことには責任取るべきでしょ。まさか、覚えてませんとか言ってないとか言い訳並べるつもりじゃないよね?そうしたら軽蔑ものだ」
 
 知った風な口の利き方に余計イライラが募ってくる。一体何を知っていてそんな風に言うのか圭太には分からなかった。言い返そうとした時、瀬那が話し始める。
  「高校に入ってばっかりの時、お前を訪ねてきた中3くらいの女子がいたでしょ。その子から告白された。だけど断って、『その気はない』とはっきり告げたけど引き下がってくれなかった」
 
  (あ……)
 
  「『どうすれば付き合ってくれる』のかって訊いてきたその子に何て言った?『来年もその気持ちでいてくれたら考えてもいい』って言ったんだよ。学年が上がって、その子は此処に入学してきた。お前のいるバスケ部にマネージャーとして入ってきて、東野に振り向いてもらおうと思って付き合ってると周りに嘘をついた。嘘でも付き合ってることにすれば何時か好きになってもらえると信じて」
 
  (…………)
 
 思い当たる節があった。
 おれはその子に興味もなかったから適当にあしらったつもりでいた。2年に上がってバスケ部にその子がマネージャーとして来た時には驚いた。おまけに勝手に付き合ってるって噂広められてその通りに接してきて……鬱陶しい――そう思っていた。
 
  (おれが、今の状況を招いた……?)
 
 何を言われていたのか理解した圭太の顔を見て、瀬那はふんと鼻を鳴らす。
 
  「気付くの遅すぎるんじゃない。記憶力は確か?脳みそ萎縮してるんじゃない?」
 
  「お前、人のこと態々貶す為に呼び出したのかよ……!!てか何で詳細知ってるんだよ!」
 
  「偶然居合わせただけだよ。見聞きしたくてしたわけじゃない」
 
 「それに……」と言葉を続けた途端、顔色が変わる。
 
 
  「事実を指摘したまでだ。関係ありませんって顔で未琴にちょっかい出さないでくれない?鬱陶しい」
 
 
 七瀬の名前を出されて黙ってもいられなくて、雅の襟を無意識に掴んでいた。そんなことをされても涼しい顔の雅を見ていると余計に腹が立ってくる。余裕あり気にかましているのも気に食わない。
  「これと七瀬のことは関係ないだろ!それにお前あいつのなんだってんだ!自分のものみたいに言いやがって気に食わねんだよっ!」
  「お前こそ、幼馴染だかなんだか知らないけど当たり前みたいに未琴の傍にいようとするな。それこそ気に食わない」
 
 暫し睨み合った後、瀬那が圭太の手を払い退けて乱れた襟を正す。
 
 
  「……忠告はしておいた。近辺整理してから出直してこい」
 
  「お前は何様なんだよっ!!」
 
 
 颯爽と去って行く背中に怒鳴りつけるが言葉は返ってくるわけもなく。
  「あの野郎……ぜってーいつか鼻折ってやる!!」
 でも……瀬那の言ったことも関係ないとは言えない。噂とはいえ周りはおれとあの子が付き合っていると思い込んでいる。だからそれを解かずに未琴といたらとばっちりを受けるのは未琴だ。最悪あの子は未琴に危害を加える。
 
 
  「近辺整理してから、か……はっ!真っ新にして来いっつーことかよ。気に食わねー」
 
 
 やっぱり雅は嫌いだ。何に措いてもピンポイントで苛立たせるあいつに、おれは一生好感を持てないとだけはっきりした。
 
 
 
        8章  後編    終わり