城下町を護るように町手前に炎の壁が立ち昇る。炎の壁の前に立ちはだかる部隊が動き出し、土偶人形や凶暴化した動物達と交え戦闘が始まる。

 
  「――お前等は下がって他に手を貸してやれ!此処は俺に任せろ!」
  「も、申し訳ありません……佳直隊長……!」


 戦闘が始まってから一刻程が経った。敵も手練れとそうでない者を見極めているのか、弱い者を潰しに掛かる。負傷者が増え続ければ分が悪くなる為、佳直は部下達に下がる様命じた。
 負傷した隊員達は仲間に支えられながら下がっていき、ある程度の距離が空いたところで土偶人形達に目を向ける。ざっと五百強といったところか……ふらふらとした動きのせいか次の動きが読み難い。

  「……はっ!それなりの戦闘力があるみてぇだが、所詮は植え付けられた仮初めに過ぎない!」

 刀を手にしたまま掛かってこいと挑発する。
 
 
 
  「来いよ。お前等土如きが調子付くんじゃねぇっ!」
 

 
 襲い掛かって来る土偶人形の集団と刀を交え、軽やかにたちまわりながら仕留めていく。一体先に進もうと他の者達を置き去りに走り出す。が、佳直が投げた刀が左胸を貫き、砂と化す。
 手に刀を持っていなくとも佳直が不利になることはなく、次々と蹴りや拳で殴り倒して壊していき、最終的に右手が砂と同化して武器へと姿を変え、横降り一振りで残りを纏めて切り倒す。
 

  「……元は土だ。相性が悪いな」
 
 
 砂の上に転がった愛刀を拾い、平屋の瓦屋根に跳び上がり移動する。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 炎壁を上手く越えて城下町に踏み込んで来た多種の複合動物達が東鴻に攻撃を仕掛けてきた。ギリギリまで引き付け、目に見えぬ速さの居合で纏めて真っ二つに切り倒す。
 
 自分の体格の倍はある二足歩行の猛獣の攻撃を避け、些羽は鋸刀を斜め右にすくい上げ肉厚のある胴体に傷を付ける。鮮血を吹き出しながらも力を振り絞り些羽に爪を向ける猛獣だが、首を刎ねられ大きな巨体が倒れ伏し地面が揺れる。
 
 
  「――……これじゃきりがないよ。どんだけの数送り込んできたんだか……」
 

 些羽や東鴻は息絶えた猛獣達の死骸に囲まれている。もう一刻は経過した。その時間内に何千を超える猛獣を倒しても無限大かと思えるぐらい次々と姿を現す。

  「数は計りしれないが、この襲撃に絡んでいる人物は特定出来る」
  「土偶を引き連れるのは何処の部隊もそうだけど、特徴のない多種混合となると……あいつぐらいですか」
  「この地には居る筈。気配を感じないところをみると、機会を伺って身を潜めているに違いない」
 
 
 会話している内に回りを囲まれてしまい逃げ場を失う。

  「見つけたとしても、あいつ厄介な〝体質〟してるから捕まらないですよ。というより捕まえられない」

  「そうかもしれぬな。私達は戦闘に徹しよう。神国の司令塔に詮索は任せるとしよう」

  「御意です、東鴻隊長!」
 
 怯むことなく圧巻の勢いで東鴻と些羽は瞬時に敵を抹殺する。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「門を締めろっ!――弓矢部隊、放てぇっ!!」
 
 
 大手門の見張り台から大声で紅蓮が声を張る。紅蓮が率いる部隊は火縄銃や弓矢を専門とする部隊で、神国が出来る以前から存在し、昔から手腕を集めて構成されている部隊である。
 欽聖堂を囲む城塀の上に立つ弓矢部隊は大手門に近付こうとする敵に向けて矢を放つ。放たれた弓は土偶人形や猛獣の急所を貫くが、倒れた身内を踏み越えて新たな波が押し寄せてくる。
 

  「氷槍線!!」
 舘野伊が下からすくい上げる様に腕を振り上げると、氷の剣山が大通りを埋め尽くし、大手門に迫る敵を纏めて串刺しにしていく。
 
 
  「――今、此処に来たり。仇なす敵を貫け、聖光時雨!」


 蘭が符術を発動させ、空から無数の光の雨を降らせる。触れたものを浄化し溶かしていく。
  「私が纏めて動きを止めるわ。その隙に止めを……」
 蘭の足元の譜陣が輝きを放つ。
 
  「……蘭が敵の動きを止める。火縄部隊構えっ!!」

 弓矢部隊と入れ替わり片膝を立て狙いを定める。
  「紅蓮!奥を狙え!ここいら一帯は俺達が片す!」
  「……肩慣らしには丁度良い」
 腰の両脇に差した二本の刀の柄を握り、黄河は抜刀の構えをする。
 

  「行くぞ、黄河!」
  「ああ」
 
 
 蘭が符術を発動させ敵の動きを時を一瞬だけ止め隙を作る。舘野伊と黄河は同じタイミングで技を放つ。

  「怒涛の水圧で潰れろ――水滝無放水!」
  「俊足をもって駆け抜ける……双刃風殺陣――!」
 
 風のように土偶人形や猛獣達の間を通り抜け、黄河が二刀の刀身の汚れを振るい鞘にしまうと鮮血が迸り、人形が粉々になる。一瞬にして城下町の中心通りの遠くまで見えるようになる。
 違う場所では滝のように集中豪雨が降り、上からの水圧に猛獣軍団が押し潰されていく。水の壁で中は見えず、どのように消えてしまうかは全く見えないが、止んだ頃には跡形もなく水溜まりだけが残った。
 
 
 
 大手門前が一時的に見渡し良くなったが、直ぐに新手が押し寄せてくる。紅蓮率いる火縄部隊が発砲音を響かせて敵を撃ち抜いていく。
 
 
 
  「――燃え盛る熱き炎の熱風、核なる鼓動が世界を駆ける……灼速波!!」
 
 
 
 空気が一瞬熱く熱を帯び、底に溜めていたものを一気に解き放つかのように赤き波が波紋し突風が吹き荒れる。広範囲を攻撃し、敵が熱風で跡形もなく消される。

  「…………相変わらずの容赦なしっぷりだな」

  「ああ。――だが、このまま雑魚と戦い続けるのは無意味ってもんだ。人間が居る訳でもないところをみると、こいつ等は囮で本当の目的は別のはずだ。その目的が何なのかはっきりしねー今、雑魚を始末する事しか出来ないけどな」

  「誰かは動いているのだろう?」
 
 黄河の投げ掛けに舘野伊は一瞬黙り、間を空けて口を開く。

  「主な大群はこっちに集中してやがる。裏門の方にも敵が居て、おかしなもんが雑じってやがるが……はっきりとはしねーが、主犯の反応かもしれねー。――ともかく、今は欽聖堂への侵入を防ぐに徹する!引き続き戦闘体勢を保ってくれ!」
  「……承知した」
 
 
 黄河は持ち場に戻り、舘野伊は念話で他の部隊の隊長達や他の七師長と伝達し合い状況を把握しながら主犯の反応を探っていた。と、羅沙度の声が割って入ってきた。
 
 
 
   ――舘野伊総隊長。微かですが人の反応を感じられます。裏門周辺の森で反応が留まっていますが、混乱させる為なのか濁らせています。
 


  <……分かりました>
 
 羅沙度との念話が切れ、舘伊は戦闘しながら北側の裏門周辺の反応を探る。

  (……確かに怪しい反応が森の何処かで留まってやがる。月襲とその部隊、紅葉の反応は……あの虎狐と一緒にあるのがそうか?ぼんやりと分かり辛れーな……。こっちは任せて北側に行くか)

  「紅蓮!こっちは任せるぞ!」
  「分かった!」

 平屋の瓦屋根に跳び上がり屋根伝いに大手門前を離れ、堀を飛び越え城塀の屋根を伝って裏門にへと向かう。
 
 
 
  (そういや、怪しい感じがするっつって紅葉の奴裏門に行ったんだったな……)
 
 歩緒もおかしな感じがすると云っていた。裏門に押し寄せた敵の数が南と比べたら三分の一程度で少ない。大群が攻めてくればそっちに気を取られてもう片方は手薄になりかける。それと紅葉が北側に行ったことに関係があるとしたら……。

  (紅葉の行動を予測してわざと人を寄越さずに土偶や化けもんだけで来たってのか?だが何の為に――)
 
 
  「……――!?欽聖堂に侵入者か!?」


 ぞわっとしたものが身体を駆け廻り、直ぐに方向転換をし城塀の屋根から下りる。
 降り立ったのは庭園で、回廊に不審な人影を見つけすぐさま地を蹴り切り掛かる。黒くて油みたいにドロッとした粘着性ある鎧を纏い、顔らしき部分から覗く薄らと輝き放つくすんだ大きな目、低くて苦しんでいる様な咆哮を上げ襲い掛かってくる。
 切っても深手を負わせることはできず、油の鎧で直ぐに再生される。
 
 
  「……何だこいつ……悪国が作り出した新種の化けもんか……?」
 刀に目を落とすと黒い油がべっとりと纏わり付いている。
 
  (……くそっ……!切るたんびにこれじゃあ切れ味が落ちて切れねー…………なら刀は使わずに相手するしかねぇな)
 刀の油汚れを拭き取って鞘に収め、真っ向から立ち向かおうとするが敵が逃げてしまう。
  「!?待ちやがれっ!!」
 
 回廊から離して庭園に下ろしたが再び回廊に上がり中に入ってしまう。よく見渡すと周りそこらじゅうに同類の化け物が溢れかえっている。行く手を塞がれ、一体を建物の中へと逃してしまう。
 
 
 
  「……そんなに俺に消されたいってのか?――だったら望み通りにしてやるっ!!」
 
 

 舘野伊が腕を振るうと風が立ち込め、庭園の木々や花々を激しく揺らす。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
    裏門周辺の森――。
 
 
 
  「……そうそう……もっと一杯現れてもいいよ。そいつ等を始末出来るのは紅葉だけなんだから」

 森に身を潜めていたのは――海だった。優雅に木の幹に凭れ掛かり、大手門で繰り広げられている戦闘を楽しそうに眺めている。
  「早く僕の目的に気付いて来なよ、紅葉。そうすれば君は僕のものへと近付くんだ」
 
 海の目の前に黒い球体が現れ、それを海は手の平に乗せほくそ笑む。
 
 
 
  「――さぁ、これからだよ」
 

 
 黒い球体には紅葉の姿が映っていた。
 
 
 
        九章②   終わり