時間は昼近く、その時間此処は混む時間帯なのだろう。銀行内に入ると多くの人で溢れていた。混んでいるのはATMの機械が並んでいる区間。窓口もそれなりに混んでいるもののスムーズにお客が入れ変わっている。
初めて目の当たりにする銀行内の風景に茜はキョロキョロと見回していて、小さい子供の様に爛々と目が輝いている。
茜が1人で何処かに行こうとするのを園夫が腕を引き、引き止める。
「余り歩き回らないで下さい、茜お嬢」
「え~……ケチぃ……」
ぶーっと口を尖らせる茜だが、渋々園夫の手に引かれるままついて行く。園夫は銀行内の後ろに設けられている椅子の1つに茜を座らせる。
「こちらで少し待っていて下さい。歩いて見て回るのは構いませんが、外に出てはいけません。いいですね」
つんっと茜の額を突く。茜は小さく頷いてくれる。
「銀行の責任者にお話を伺ってきます。そんなに長くはならないと思いますが」
「ちょっと行ってくる。待ってろよ」
鮎川が手を上げて明るくそう言い放ち、園夫と鮎川は休止している窓口に居る女性に声を掛ける。女性は奥の方にへと行き、白髪混じりで上司と思しき男性と入れ違ってやってきた。そして園夫達を連れ奥に消えていく。
園夫達の姿が消え、茜は1人ポツンと椅子に座ってしばらく大人しくしていたが、辺りを見回し始め、痺れを切らし椅子から離れ銀行内を歩き回りだす。
(――ん?)
見回していると、銀行内の隅辺りに居る3人組の男女の姿に目が止まる。1人、今時珍しい和装をしていて特に目立ったからだ。
癖のある長い髪を後ろで束ね、白い肌色に緑の羽織、黒っぽい着物を纏った青年、大学生ぐらいだろうか、セミロングで明るい印象を受ける女性、眉間に若干シワが彫り込まれオールバックに髪をセットしている強面の男性……。
(うーん……芸術家の人にアシスタントさんと……編集長みたいな偉い人なんかな。胃がキリキリ痛んでるんやろうな……)
へぇー、芸術家の人も銀行利用するんや。――そう胸内で呟くと直ぐに視線を外し銀行内を歩いて回る。
* * * * * *
それから15分程して銀行内の奥に消えて行った園夫達が部屋から出てくるのが見えた。そして裏口の方に回って行き、茜も裏口の方に行こうと立ち上がった途端――。
「――動くなっ!!テメェ等全員手を上げろっ!」
突然自動ドアが開いたと思ったら、目だし帽を被り、拳銃やナイフを手にした体格的に男であろう4人の男達が入ってきた。
「全員手ぇ上げて大人しくしろっ!少しでも動いてみろ……こうなるぜ――」
威嚇射撃のつもりなのか、天井に向けて数発発砲し2発が蛍光灯を割る。発砲に人々は悲鳴を上げ、落ちてくるガラス破片や天井の一部から逃げて隅に行こうと、銀行強盗4人から離れる。
茜は人々の間を縫って奥へ奥へ行こうとする人に押し出され前方に倒れ込む。
園夫と鮎川は丁度銀行強盗から死角になっている所に居る為見つからない。鮎川が携帯で何処かに連絡を取っている右側、園夫は角から顔を覗かせ様子見をする。
<不味いですね……人が多くて下手すれば怪我人が出かねません>
<――署に連絡付いた。数分もすれば来る……この強盗達は二手に分かれるだろうな>
鮎川の言葉に園夫は耳を傾ける。
<金を奪ったら持たせて逃走させ、残った奴等は上手く逃げられれば良しの囮――大半は上手く撒かれて逮捕出来ずに終わる事が多い。だが逃しはしない>
<そうして頂かないと困ります……>
茜の事が気掛かりで、再び顔を覗かせ状況を確認する。茜は銀行強盗達から近い位置に居て、こけたのか少し顔を顰めさせながら立ち上がっている。隅に逃げようとする人達に押されて前に転倒したに違いない。
人質にされ留まるか、逃走用にされ外に連れ出されるかの2つに1つ――。
(大丈夫だと思いたいですが……)
銀行員に袋の中に大金を詰めさせ、その最中1人の女性が人質に取られた。数分のやりとりの最中かすかだがパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「――おい!!サツ呼ばれちまったぞ!!とっととこの金と適当に人質取って行きやがれ!!」
大金が入った袋を投げ渡された強盗の1人は外に駆けて行き、外に行く様に言われたもう1人は混乱しているのか、人質を決め兼ねている。
「早くしろっ!!逃げられなっちまうぞ!!?」
リーダー格らしき人物が急かす。
「っ!くそっ……そこのガキでいい!!」
はっとして茜が顔を上げた途端、目の前に目だし帽を被った男が立ち塞がり乱暴に手首を引っ張られる。
「――っ!?いたっ……!?」
<――!!?鮎川さん、裏口から正面に回りましょう!茜お嬢が人質に取られました!必要あらば銃を使って下さい!>
<ああ!急ぐぞ――>
鮎川を先頭に園夫と鮎川は裏口から銀行の外に出て行く。
「っぅ……!?離して、っ!」
「さっさと連れて行けっ!!」
茜を人質に取った強盗は抵抗に構わず乱暴な動作で茜を引っ張り銀行外に出て行く。
* * * * * *
銀行外に連れ出された茜は、銀行前に停められているボックス形の車にへと連れて行かれる。後部座席に大金が入った袋を放り投げ、続いて茜を押し込もうとする。
「――いや、離して!」
「うるせぇガキだな!おらぁっ!」
抵抗する茜の腕を背中で締め上げ、動きを封じ無理矢理押し込もうとする。
だが見分けも難しいほんの一瞬の隙をついて足元に見える強盗の足の甲を茜は思いっ切り踏み付ける。締めていた力が弱まり、背後の強盗の鳩尾に肘鉄を入れる。
「このガキ……!!」
後部座席に居たもう1人の仲間が降りてきてドアを締める。サバイバルナイフを取り出し背後から茜に襲い掛かってくる。横一線に振るわれるナイフをしゃがんで上手く避けるが、ポニーテールに結い上げられたゴムと少量の髪が切れ、髪がバラけ下りる。
しゃがんだのを利用し、ナイフを持った男の顎を手の平で押し上げて弾き、腹部に数発拳を打ち、左足で時計回りにハイキックをかます。
足の甲を踏まれ怯んでいた男は、茜が背を向けているのをチャンスと取り背後から覆い被さろうとするが、スカッと避けられ足を弾かれ前のめりになる。素早く首のつけ根に手刀を入れ気を失わせる。
終わりかと思えたが、カチャッという音が聞こえ茜は音のした方向を見やる。
「……まだ1人居る事、忘れてもらっちゃぁ困るな。この至近距離で狙われてたらいくら何でも動けないだろう?お嬢ちゃん」
ボックス型車の運転席からもう1人の仲間が出てきて茜に銃口を向けてくる。引き金に指を掛け、不敵に微笑む。
裏口から銀行外に出た園夫と鮎川は路地から顔を覗かせる。
「……車にまだ1人居たみたいだな――」
路地から体を少し出し鮎川は手にしている拳銃を強盗に向けて片手で構える。
「銃は撃たないで下さい。狙うなら腿辺りがいいと思います」
「ああ解ってる。銃を撃って間違って発射されたら、夏目譲ちゃんが怪我し兼ねないからな……そんな事俺がするわけないだろ」
鮎川は片頬を上げ笑みを浮かべる。
「後の対処は夏目譲ちゃんに任せる」
銃口を向けられていても茜は怯えもなく、ただ真っ直ぐ銃が握られた手の動きを見据えている。倒れて伸びてしまっている仲間達を見て、男は舌打ちする。
「こんなガキ如きに何やってるんだか、情けねぇ……」
「警察ももうすぐそこまで来てる。大人しく捕まった方が身の為やと思うよ。逃げても何時か捕まる」
言葉を終えると発砲音が鳴り響き、茜の足元から小さな煙が立ち昇り直ぐに消える。微量な火薬の臭いが風に乗って広がる。
「うるせんだよ。ガキだからって容赦しねぇぞ」
男が引き金に力を入れる。茜は相手の動きから目を背けず目を細める。
妙に緊迫した空気が走る。その空気をかき消したのは何処からか響いてきた発砲音だった。途端男の体勢が崩れ揺らめく。
茜は男にへと駆け、足で銃を上空に弾き飛ばす。そして手首を取り腹部に膝蹴りを食らわし、瞬時に後ろに跳び退き華麗なステップで再び男に近付き反時計回りに後ろ回し蹴りをお見舞いする。男は地面に倒れ、呻きながら気を失う。
上空に弾いた銃は茜が上手くキャッチし、安堵の溜息を付く。すると周りから歓声が上がり拍手が巻き起こる。
「――お見事です、茜お嬢」
聴き慣れた優しい声に長い黒髪を靡かせて振り向くと、園夫と鮎川が歩んでこちらに向かって来ていた。
「お怪我はありませんか?髪が下りているところを見ると……刃物を向けられたのでは……?」
茜の髪に触れ心配げな面持ちになる。
「大丈夫。ちゃんと避けれたし、ゴムと髪が少し切れただけで」
「そうですか……」
目元を和らげ、茜の頬を撫でる。
「怪我がなくて何よりだ。強盗達も運が悪かったなぁ」
伸びて気を失っている強盗3人に鮎川は哀れな視線を向ける。
「……さっきの発砲、もしかして……」
「鮎川さんです。右に出る者はいないと言われている腕前だそうですよ」
「それは大袈裟だ。歳取れば腕も鈍ってくるさ」
笑いながらそう言い、伸びてしまっている強盗3人を一ヶ所に集め始める。手錠を掛けようとしているところに茜がワゴン車の中から詰め込まれた大金入りの袋とロープを鮎川に差し出す。
「気が利くな。ありがとう」
受け取ると茜の頭をくしゃくしゃっと撫で回す。
「到着したみたいですよ。鮎川さん」
園夫の声に顔を上げると、パトカーが東和銀行本店前に数台停まったところだった。
凍てつく氷悪④ 終わり