「――紅葉が裏門の方に移動しました。……舘野伊総隊長が命じたのかしら?」

 目を瞑って周りの状況を詮索する木理羅がそう呟いた。羅沙度は「宜しいのです」と云いながら木理羅の隣に立つ。
 
 
  「紅葉さんなりに何か考えがあっての行動でしょう。彼女の実力を図る為に師長達も止めはしなかったみたいですし、大丈夫です」
  「しかし……紅葉は大きな戦場何てこれが初めてですよ?図る為とはいえ単独行動を見逃すなんて……」

 羅沙度は微笑み横目に木理羅を見つめる。
 
  「……心配ですか?」

  「!!?べ、別にそういう訳では……周りに迷惑掛けるのは得意そうだから、戦闘に支障が出ると思って……!」

 目を泳がせて言い訳をする木理羅は薄らと冷や汗を掻いている。どうやら真意を突かれて焦っているようだ。下手な誤魔化しに羅沙度はクスリと笑う。
  「……大丈夫ですよ、木理羅。皆さんも居ることですし、いざとなれば手助けしてくれますよ。――それよりも、そろそろ仕掛けて来ますよ……」


 羅沙度が障子戸を少し開け、隙間から外に目を向けると、空を埋め尽くす程の黒い波が距離を縮めて欽聖堂に近付いてきていた。
 
 
 
 
 
                        九章  ~ 海の意図 ~
 
 
 
 
 
 大手門前に居る舘野伊は空を仰ぎ、押し寄せてくる黒い雲の様な大群を見やる。
  「……そろそろだ――」
 斜め下に向け腕を振ると、舘野伊のその動きを見て大手門の見張り台に立っている兵がホラ貝を吹き総動員に合図を送る。
 
 
 
 
  「――開戦の合図だ!斜め下、降って突っ込んでくると想定し結界の強度を増せ!空中戦も余儀なくされる、空中班・地上班共に戦闘準備っ!!」

 佳直の指揮の元、戦闘第二部隊が動き始め、他の部隊の隊長達も隊員に指示をし皆慌ただしく動き始め構える。
  「炎壁発動準備だ。他の部隊と連携して隙を作る――朝倉(あさくら)!佐南森(さなもり)!」
 
 
 
  「はいはい、分かってるって。……今まで留守にしてた奴に仕切られるのは癪だけど、今はいいや」
  「後で晩酌しながら語り合いといこうぜぇ。人間界がどんなとこだったか教えて貰おうかぁ!はっはは!」
 
 
 
 朝倉は云われなくてもと書かれた顔で肩を竦め、佐南森はお猪口を持った仕草をし掲げ、高笑いする。そんな二人を交互に見ながら佳直は微笑を浮かべ、柄に手を添える。

  「ああ。話してやる。なら手っ取り早く片付けようぜ――!!」
 
 不敵に微笑んでみせる佳直はもう戦闘モード全開の様子だ。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
    ――  北側・裏門前   ――
 
 
  「……さて、南が動き始めたみたいだから私達も動き始めないとね。南側と違って敵が近付いてる気配ないけどぉ」
 梨世が両手を広げて溜息を付く。
  「……正面突破という程、悪国の奴らも馬鹿ではない。何かは……来る」
 腕を組んだまま月襲がぼそりと口にする。
  「東西の方はほっといていいろ?こいつを加えて此処に四人は多い、二人それぞれ東西に分かれた方が良い」
 河心が腰に手を当てて皆の顔を見回す。
 
 
 紅葉は坂の途中で仁王立ちして目線の先にある森を見つめていた。

  「歩緒。戦闘中は私から離れてて。巻き込まれたら危ないから」
  ――僕モ戦ウヨ!
  「私が呼んだら出て来て。それまでは安全な所で待機、いい?」
 歩緒は耳を垂れさせながらも紅葉の云う事を聞いて頭の上から地面に飛び降り、坂を駆け上がって行く。そして裏門の前にちょこんとおすわりをする。
 
  「……あいつは此処でいいろ。月襲、此処はお前に任せた。あいつと上手くやってくれ。俺は西、梨世は東だ。それに文句は?」
  「無し!それでは持ち場に付いてきまーすっ!」
 敬礼をした梨世の姿が一瞬にして消えた。それに続いて河心も一瞬にして姿を消す。
 
 
 
 梨世や河心の部隊の隊員達はそれぞれ東西に分かれて駆けて行った。その場に残された月襲は部隊に指示を出す。
  「……護衛部隊は俺の背後で援護を。戦闘部隊は坂の下で構えておけ。中間地点はあいつに任せる」
  『はっ!!』
 月襲の指示に従いそれぞれ動き出し持ち場に付く。忙しなく部隊が動く中、坂の中間地点で仁王立ちする紅葉の背に月襲は声を掛ける。

  「…………おい」

 月襲の声に紅葉は振り返る。
  「……俺は後方に回る。お前には広範囲を任せる事になるが、援護はするから安心しろ。……指示を出してくれても構わない」
  「了解!」
 親指を立てニッと笑って見せて前に向き直る。その様子に月襲は微笑を浮かべる。
 
 
  「――では、前方・中間はお前に任せる。今は待機で十分か?」

  「いや、もう来るよ。何時でも戦闘出来るよう願う!」

  「……心得た。――皆の者!迎え撃つ!上位護衛士は保護壁を、戦闘士は武器を構え開戦に備えよ!」

 月襲の足元に緑色の譜陣が現れ、月襲の周りに色違いの光の玉が五つ現れる。
 
 
 
  「――此処に仇なす汚れし魂を救うべく集いし精霊達よ……万物の声を聴き揺れ動くその心髄に応え、我の肉体を通しその身に刻め……」
 
 
 
 月襲の周りに漂う五つの光が変化してそれぞれの人型に変わっていく。巨体からスマートな細身、男らしい肉付きある体格、女性らしい丸みある体格、子供の様に小さな体格とそれぞれの精の人型にへと変わる。
  「水――それは源、原点の構成……氷――永久凍土の美しき青い結晶……」
 青い光に手を翳すと、手の平から体内にゆっくりと入っていき、月襲の身体が青い光を纏う。
 
 
 
  「――来る!!」
 
 
 
 紅葉は聖然虎力を空間から引っ張り出し、身構える。
  「――人の気配無し。土と血の臭い……土偶人形と人工生物の珍獣合わせて八千強っ!空からの怪鳥の群れは四千弱っ!」
  「了解した。……契りの名の元、あるべき姿を此処に示せ!〝水掠(すいりゃく)〟――!!」
 
 月襲の背後に青い長髪を靡かせ、氷の様に冷たい瞳、青空のように青い肌色、三本槍を手に女性の精霊、水掠が姿を見せる。
  『……お呼びでしょうか、月襲様』
  「これから戦闘に移行する。力を貸して貰いたい」
  『仰せのままに……』
 水掠は小さな紅葉の背を見つめ少し目を見開かせる。
 
 
  『あぁ……親様……』

 水掠の呟きに月襲は目を細める。水掠の青い肌色がほんのりと赤み帯び、うっとりと紅葉の背を見つめる。
 
 
  (……親様、な。永力であることに間違いはないということか)
 
 
 天集間に紅葉が入ってきてからざわざわとしていたが……舘野伊と刀を交えていたあの時はより一層騒いでいた。自分達生命の生み親に会えて嬉しくない子はいないのだろう。今の水掠を見て月襲は一人そう納得していた。
 
 
 
  「今は戦闘に意識を集中だ……後で親と対面させる」
  『御意――』
 
 
 
 森から一斉に生気のない目をした土偶人形達と多生物が交じり合って出来た気味悪い容姿の生体、血の気多い獣達は森から突進してこちらに真正面から突っ込んで来る。空には怪鳥の群れが飛び交い上空から仕掛けようとしてくる。
 紅葉は空を仰ぎ、旋回して様子を窺う怪鳥の群れを目掛け、地を蹴って飛躍する。
 
 聖然虎力の刃に指を滑らせ、雷の膜を張る。空を蹴り、怪鳥の群れに突っ込みながら薙ぎ払う。広範囲を飛行していた怪鳥が一瞬にして黒焦げになり塵へと変わる。裏門上空が少し開けるが、森から出て来た人工生命体に部隊が押され気味だ。
  「――雷撃千雨!!」
 聖然虎力を掲げると、切っ先から地上に向かって幾千の雷が落雷し敵を消滅させる。押され気味の部隊が巻き返し、前衛を突破されずに済む。


 地に降り立ち、紅葉は月襲を振り返る。

  「前衛の部隊を援護した方がいい?空の怪鳥が邪魔でいくらか突破されてる」

  「突破してきたのは俺が始末する。怪鳥はお前に任せる」

  「了解!――歩緒!」

 紅葉に呼ばれ、歩緒は耳をピンッと立たせ裏門前から駆け出し坂を下る。下りながら白煙に包まれ、姿を変化させ紅葉の傍に駆け寄る。
  「一緒に上空の怪鳥をやるよっ!」
 紅葉が背に飛び乗ると歩緒は浮遊し、旋回しながら上昇する。



 急降下をして部隊を襲っていた怪鳥の群れは、上昇してくる紅葉と歩緒に狙いを定め、口から火炎玉を次々と吐き出し攻撃してくる。かわしながら怪鳥達と同じ高度までやってくると、怪鳥達が四つの固まりに分かれ、取り囲む様にして紅葉達の回りを飛び始める。
  「……火炎玉以外を吐くやつも紛れてる……」
  ――ドウヤッテヤッツケルノ?。
  「……歩緒。確か砂を操れたよね?群れの周りと内側に砂の膜を張ってほしいの。出来る?」
  ――任セテヨ!



 森がザワザワと木の葉を微かに揺らし始めた。月襲は目だけを動かし周囲を見回す。
  「……砂……?」
 倒された土偶人形も砂と化し空へと舞い上がっていく。その先には上空で怪鳥が旋回しながら作り上げた球体が。取り囲まれている紅葉と歩緒が何か仕掛けるつもりだろう。



 怪鳥の群れ周囲と内側に砂が集まり始めたことを目視し、紅葉も動き始める。
  「この砂、ただの砂じゃないからね!」
 紅葉が両腕をバッと左右に広げると、砂が集まり始め目視出来るようになってくる。怪鳥達が旋回を止め、逃げようとするが砂の壁で逃げ場をなくし、火炎玉で穴を開けようとしてもビクともしない。

  「……御免!」

 両腕を引き戻すと、怪鳥達の周りと内側の砂が一体となり壁を作り砂の輪っかが出来る。怪鳥達の鳴き声が聞こえるが、砂が水分を吸収し茶色に変色し出すと鳴き声も徐々に聞こえなくなっていく。
 閉じ込めた怪鳥達から水分を吸収し尽くし、水分が蒸気となって蒸発していく。元の乾いた砂に戻ると砂の壁が崩れ、幾多の骨が地上に降り注ぐ。

  ――骨ノ水分マデ吸収シ尽クシテルカラ、地面ニ落チタラ粉々ニナルヨ。風デ飛バサレテ還ル。

  「……無残な生き還らせ方するよ……――南側も戦闘始まったみたい。ある程度片して落ち着いたら主犯を探しに行かないと」

 感傷に浸っている暇はない。相手が人でないのに感傷に浸ってたらこれからこの世界ではやっていけない。割り切ることも必要だが、物同然にしか扱われないのを思うと自分と大差なんてないのかもしれない。
 思考を振り払う様に顔を振り、南側の大手門方面を見やる。



 南側に炎壁が立ち昇った。
 
 
 
        九章①   終わり