次の日の朝9時頃、夏目家の前に一台の黒い車が停まる。門前で茜が既に待っていて、停まった車の助手席に乗り込んでドアを閉める。茜を乗せ車が夏目家の前から去って行く。
 
 
 
 
 大きな通りに出たところで、園夫は茜に声を掛ける。
  「――大まかでも事件について纏められたでしょうか。資料が解り易ければ良かったのですが……」
  「大丈夫。解り易くてすごいなって思うた。十文字さんの情報網ってホンマすごいなぁ。限度なんて感じられへんぐらい」
  「買い被りすぎですよ。私も1人の人間です、限度はあります。……皆さんの支えあっての賜物です」
 微笑む園夫の横顔を見つめ、茜も微笑を浮かべ窓の景色を見やる。
 
 
 連続凍死殺人――1ヶ月の間に5人も殺害され、死因は凍死。体内から微量の睡眠薬が検出されていて、眠らされてから氷点下の中に入れられ凍死させられたとの見解。内臓まで凍る程とあって、高い冷却機能を持っているものだと考えられる。
 容疑者として中畑が挙がっているが、彼の周りに冷却装置などあるのだろうか?無理難題押し付けて犯人にしているとしか思えない。
 
  「パッと見た感じやったら中畑さんが怪しく思えるけど……無理があらへん?凍死させるだけの設備中畑さんの身近にあるん?5人の死亡前に会ってるから疑われるのは無理もないけど……」
  「腑に落ちない、ですね?」
 園夫の言葉に茜は頷く。そして景色が変わり街の中にへと変わりつつある景色に目を向ける。
 
 
 
 
 しばらくの走行後、パーキングにへと車が停まり「歩きながら話しましょうか」と園夫が言い、茜に降りる様促す。茜が降り、それを確認してから園夫が出てきて車に鍵をかける。
  「これから被害者5人の発見現場に行きます。自らの足で調査をする事は何においても基本になります、何もなかったとしても無駄ではありません。何か残っていないかの確認だと思って下さい」
 
 茜が横に並ぶのを確認し、歩幅を合わせて歩きながら園夫が先程の続きを口にする。
 
 
  「車内で途中の話ですが、茜お嬢が抱く疑問は私も鮎川さんも抱いたものです。この腑に落ちない違和感は、調査していくにつれて解けていく筈です。……中畑さんが指名手配されるまでの経緯を話しましょう、鮎川さんから聞いた事ですが」
 茜は耳だけを園夫の言葉に傾け、前を向いて歩く。
 
 
  「被害者5人と亡くなる前に会っていた、これは既に裏も取れています。各、亡くなる前日の行動を調べた結果、喫茶店・レストラン・ファーストフード店・居酒屋・バーといった場所で被害者各5人が〝共通〟した男性と会っていた事が解りました」
  「共通って、中畑さんの事なんよな?決め手があったん?」
  「ええ。その男性の特徴としてうなじ辺りに大きな黒子があるんです。その特徴に見事当てはまったのが中畑さんです。店員達の証言も中畑さんだと断言している以上、疑われるのは確実です。そして、中畑さんはカメラマンの仕事で今主張という事になっていますが、宿泊先にはおらず行方不明――これはもう犯人だと言わんばかりの行動として指名手配をした……それが経緯です」
  「……それ、早く事件解決させたいから怪しい人捕まえて犯人に仕立て上げたいんやないん……?」
 茜の返しに園夫は苦笑を浮かべる。
 
  「……そうかもしれませんね。ですが、面白い行動を取ったものですね……彼が犯人にしてはおかしな行動をしています」
 歩行者の数が少ない為、通常のボリュームで話したとしても何の問題もないだろう。だが内容が内容なだけに自然と口から潜められた声がつい出てくる。
 
 
  「おかしな行動?」
 茜が園夫の顔を覗き込む様に訊ねてくる。
  「仮に中畑さんが犯人だとしましょう。殺害する目的で近付いたのに、自らの姿を晒す真似は犯人だという事を知らせているも同然です。殺める事を決めていたのなら、姿をくらまし見つからない様にする筈です。なのに彼は自分が犯人だという事を強く、特徴も見せより強く印象付けています。おかしくはありませんか?」
 考え込む茜を横目に園夫は茜の返答を待つ。しばらくしてはっとした様に顔を上げ園夫に顔を向けてくる。
 
 
  「自分が犯人やって思わせる行動が何か隠す為の行動とかそういう事?」
 園夫は微笑み、頷く。
  「その可能性を考慮してもいいと私は思っています。まるで第3者に渡された台本の通りに動いている様……返って不自然さが出てしまっています。鮎川さんもおかしいと思い、真犯人を探す為に捜査をしています。私はただのお手伝いです。この後合流しますから、情報交換となるでしょう」
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 被害者5人の発見現場を回ると、何処も人通りが少なく人目に付きにくい薄暗い裏路地の様な場所で、見つけられたのが幸いだと思えなくもない。
 今現在5人目の被害者、浜崎大毅が発見された場所に園夫達はやってきていた。発見されたと思しき場所に小さなジュースの空缶に生けられたタンポポと『やすらかにねむってください』とひらがなで、幼い筆跡が綴られた折り紙が置かれていた。
 
  「……5人共、寂しい場所に遺棄されてるな……もうずっと見つかる必要何てないみたいに……」
 茜はしゃがんでその場で手を合わせ祈りを捧げる。園夫も茜と同様に合掌をして祈りを捧げしばし瞼を閉じた。
 祈りを捧げ終わりすぅっと立ち上がり、頭上を仰ぐ。その時、建物と建物の間に見える神社の鳥居が視界に入った。
 
 
 
  (……確か他の4ヶ所からも鳥居や社が見えていましたね)
 
 
 
 これは何かの偶然だろうか……それぞれの場所から同じ物が見える――これは何かあるという事なのかもしれない、気になる点として記憶しておきましょうか――。
  「……茜お嬢、そろそろ行きましょうか」
  「うん……」
 哀しげな面持ちながらも立ち上がり、茜は園夫の後を付いて行く。振り返り際、安らかに――そう心で呟いた。
 
 
 
 
 薄暗い裏路地に居た為か、道路に出た際陽射しが少し目に沁みた。太陽の温かな光が眩しくて、でも心地良い陽射しを受けて何処か安心感を覚えた。
  「この後、第1の被害者である益岡健三さんが勤めていた東和銀行本店に行きます。彼だけまだ未調査なので」
  「それで鮎川さんと合流するん?」
  「ええ。警察の方が居ると何かとスムーズに色々と得られるので」
 園夫がニコッと笑うのを見て、茜は目を瞬かせる。
 
 それぞれの利点を使い情報交換し合う、そして解決にへと導いていく――ある意味上手くバランスの取れた良いコンビなのかもしれない。だが、となると自分は何の為に連れられているのだろう?とそんな疑念がよぎる。訊いたところで大方予想も……いや、知っているから今更だ。
 
 
 十文字さんがうちを連れて行くのは、別の視点から物事を見て発言するうちの意見を参考にしたいから。それとうちなら助手として認めてもええっていうこの2つ。要訳すると、うちの事を気に入っていて手元に置いておきたい――それが理由ですって微笑み浮かべて言うてたけど……何か上手くはぐらかされてるような……。
 
 チラッと園夫の横顔を見上げると、何時もの様に笑みを浮かべた表情で隣を歩いている。
 
 
 
  まあ、えっか――。
 
 
 
 動き易い服装にしてて良かった……そう思いながら園夫と共に東和銀行本店にへと向かうのだった。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 歩いて約15分――益岡健三の勤め先であった東和銀行本店に着いた。
 本店とあって建物もそれ相応で、人の出入りも多い。如何にも本店といっていい。
 
  「……此処が銀行?銀行ってお金振り込んだりするところやんな!ATMとかって機械あってそれでも振り込んだり引き落としとか送金も出来るんやんな?最近ってすごいなぁ」
  「そうですね。今の世の中便利な物が多いですから」
 
 
 今の時代、17歳なんて歳で銀行を初めて知った何て人はいないだろう。基本家から学校の道のり、買い物で訪れる場所等以外に外を出歩くなんてしない茜は世間に疎い。
 瞳を輝かせて銀行を見つめている茜を微笑ましく見つめていると、正面から聞き慣れた声が放たれた。
 
 
 
  「――よう、園夫!夏目譲ちゃんも一緒か……助手として引っ張られるのも大変だな」
 
 
 
 声の主は茜に笑い掛け軽く頭をポンポンッと撫でる。
 
 彼は鮎川久司(あゆかわ ひさし)。神奈川県警察本部刑事部の警部で、園夫とは親しい間柄の人。知り合ったきっかけはとある事件らしく、それ以来よく顔を合わせているらしい。今ではもうすっかり親しくある意味では親友に近いと言える。
 ぱっと見刑事とは似付かない爽やかな風貌で、35歳と言うが20代後半に見られる事の方が多いらしい。本人はおじさんだと言うが、お兄さんでも十分だと茜は思っている。
 
  「毎度という訳ではありません。それは鮎川さんもご存じの筈だと思いますが」
  「ああ、解ってる。……ちゃんと危険がないと判断した時にしか助手を頼んでない事も、夏目正人がそれを理解して承諾してるって事も。それに……な?」
 鮎川は園夫にウインクを1つ送る。鮎川の言っている意味を理解しているのか、園夫は若干頬を赤らめて視線を外す。
 
 
 自分の目線より上で繰り広げられるアイコンタクトが意味する内容が解らない茜は、園夫と鮎川の顔を交互に見て回りに「?」を浮かべている。
 
 
 
  「……此処で立ち話もなんですから、行きましょう」
 
 
 
 その場の空気に耐えられなくなったのか、先頭を切って行く。
 
  「くくっ、照れ隠しと受け取ってておこうか」
 楽しそうにしている鮎川は園夫の後を追って銀行入口にへと足を向ける。茜も鮎川の後を追い掛けて行くが、何が可笑しくて鮎川が笑っているのか解らず不思議なものを見る視線を2人の男の背に向けて銀行内にへと足を踏み込んで行く。
 
 
 
        凍てつく氷悪③   終わり