大紀美の御座す天集間へと紅葉達が向かっている頃、絹は右京と子供達に別れを告げて大手門の中に入り道のりを急いでいた。紅葉達が気を遣って家族の元に置いて行ったことは分かっているが、いらない気遣いだというのが正直なところだ。


  「――もうっ!右京さんったら人目も気にしないで……!」


 右京が人目を気にしないのはいつもの事だが、いくらなんでも大衆の、おまけに欽聖堂前の大手門前でとはあるまじきことだ。子供達が目にしていないことはいいが、大衆に見られてしまったのだからこれから暫くは表を歩けそうもない
 
 石段に差し掛かり、駆け上がって登って行く。


  (途中で木理羅と合流したみたいだから、もう天集間に入ったかしら……)


 欽聖堂の正門から向かっていては時間が掛かる。こうなれば……。

  (美里亜が造った抜け道を使った方が早いわね)


        *  *  *  *  *  *
 
 木理羅に案内されて目的地である天集間へと辿り着いた。

 如何にもお偉いさんがいそうな左右対称の龍が描かれた襖の前。此処にやってくる前から雰囲気がじわじわと変化し物凄い圧を肌で感じていた。おそらく場の雰囲気もあるのかもしれないが、この襖の奥に集まる幾つもの反応から発せられる強さがそう感じさせるのだろう。
 

  「……この先に現神国を治める羅沙度大紀美が居るわ。特に紅葉!貴女のことだから目上も関係なしに気軽に声を掛けると思うけど、大紀美がそうして良いって云うまでは敬語を使うこと!失礼のないように、いいわね?」

  「うん!」

 元気良く頷く紅葉だが、仲間達は不安な面持ちで一斉に紅葉の背を見つめる。
 すると急に襖が開き、大広間二つ分先の奥、長い赤茶髪で色白の肌が際立つ女性が敷居上がる場所の中央に鎮座していた。遠くから見ているとその女性が人形の様に見える。
 木理羅が歩を進めるのに合わせ紅葉達も歩を進め天集間へと足を踏み入れる。余りにも静か過ぎて畳の上を擦り歩く自分達の足音が大きく聞こえる。

 五メートル程の間隔で木理羅が立ち止まり、横にずれて数歩下がって座り、紅葉達に座るよう手で促す。紅葉以外は一歩下がって皆腰を落ち着け、紅葉もその場に正座をして座り正面の羅沙度を見据える。
 
 
 
  「……皆様、神国にようこそおいでくださいました。私(わたくし)は五百五十六代目大紀美、羅沙度と申します。貴女達の帰郷を心よりお待ちしておりました」
 
 
 
 女性――羅沙度が優しい微笑みを浮かべる。紅葉は目だけを動かして左側を見やる。姿は見えないが人の気配を複数感じる。

  (……九人か……)

 極限まで気配を消しているようだが、微量漂う反応を感じ取り紅葉は目を細めた。
 
  「……ふふっ」
  「?」

 羅沙度が急に笑みを零し口元を隠す。
  「ごめんなさい、何だか嬉しくて……初めまして、紅葉さん。木理羅が幾度かそちらに出向いた際はご迷惑をお掛けしたと思います」
  「いえ……そんなことは……」
  「畏まることはありません。普段通りの貴女で構いませんよ」
 

  「えっと……じゃあ、そうさせてもらうよ――」

 
 迷いはしたものの、「普段通りで良い」との言葉に紅葉はその通りにした。言葉が終わると同時に木理羅が立ち上がり、巨大ハリセンで紅葉の後頭部を叩き倒す。頭の上でうたた寝していた歩緒は前方に飛ばされ、転がって羅沙度の目下で止まる。
 泰志達は目を瞬かせる。

  「――~~いっつぅあ~……急になにすんのよ!」

  「「なにすんのよ」じゃないわよっ!このおたんこなすっ!普段通りでいいって云われてもまず断るのが礼儀ってもんでしょ!?なに普通に話してるのよ!?」

  「羅沙度が普段通りでいいって云ったからそうしたのに……なんで叩かれないといけないわけ?」

  「そうだとしても、目上の人に対しての言葉遣いは基本中の基本でしょうが!そんなことも出来ないで此処でやってこうっていうの!?……全くこれだから世間知らずは……!!――大紀美!!この大馬鹿に一発何か云ってやって下さいよ!!」

 紅葉の後頭部を再度叩き、木理羅は羅沙度に身体を向ける。だが、緊張で張り詰めた空気は羅沙度の口から放たれた次の言葉で解かれる。
 
 
 
  「まぁ……なんて可愛いこと!私、虎狐なんて初めて見ました!」
 
 
 
 キラキラと輝いた目で歩緒を見下ろす羅沙度に木理羅はガクッと項垂れてこける。歩緒は警戒しながら後退り、羅沙度が手を伸ばそうとすると一目散に紅葉の頭の上に跳び乗ってしまう。
  「……まだ赤子とはいえ、人嫌いのようですね。ですが紅葉さんにはとても懐いているのですね」
  「まあ、なんでか……」
 羅沙度は紅葉の頭にぴったりと張り付く歩緒を見つめる。羅沙度の視線に耐えられないのか、歩緒は鼻先で紅葉の髪を掻き分け小さな顔を隠してしまう。微笑ましく見つめる羅沙度に木理羅の片眉が痙攣する。
 
  「大紀美っ!!微笑ましく虎狐を見つめている場合ですか!?この無礼者に注意の一つや二つ云って下さい!!」

 怒り心頭の木理羅に対し、羅沙度は温厚な性格なのか余り気にしていない様子だ。
  「まあ木理羅。そんなに怒らなくてもよろしいではありませんか。紅葉さんにはこれから色々と学んで貰うことになるのですから、どう対応するかの選択肢は委ねましょう。私個人としては好ましくて構わないのですが……」
 
 
 
   ――パンパンッ。
 
 
 
 羅沙度が手を叩くと、それを合図に紅葉達の左側、大広間の左端に複数の人間が姿を現す。女性三名、男性六名、計九人の出現に泰志が一番驚いていて、それ以外の六人は静かに姿を見せた九人を見つめている。
  「……大方お気付きだったと思われますが、彼等のご紹介を致します。彼等は幹部に当たる、神国では〝七師長(ななしちょう)〟と呼ばれている戦闘・護衛部隊の師長達と戦闘・護衛士の総隊長達です」

 羅沙度の説明に九人は揃って頭を軽く下げる。
 
 
 
  「神国戦闘総第一師長の蘭(らん)と申します。どうぞお見知りおきを」
 片目を髪で隠した長髪で生真面目そうな印象を与える女性が会釈をする。
 
  「……神国戦闘総第二師長、黄河(こうが)」
 傍に二本の刀を置き、額に鉢巻を巻いた青年が簡略に答える。
 
  「神国戦闘総第三師長の海友(かいゆう)と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
 眼鏡を掛け、優しい笑みを浮かべる紳士的な雰囲気の男性が会釈する。
 
  「神国戦闘総第四師長の紅蓮(ぐれん)だ。宜しく頼む」
 長髪を後ろで一纏めに束ねた青年が答える。
 
  「神国戦闘総第五師長、月襲(げっしゅう)。……宜しく」
 長身で短髪の男性がぼそっと口にする。
 
  「神国戦闘総第六師長の梨世(りよ)!宜しくね♪」
 飛び抜けた明るい声と人懐っこそうな笑顔で女性が敬礼して答える。
 
  「神国戦闘総第七師長の江河心(こう がしん)。河心が名前だから、そこんところ注意してろ」
 金髪に耳飾り、浅黒い肌の青年がそう答える。

  「あたいは護衛士総隊長の泉揚羽(いずみ あげは)。宜しく」
 三つ編みが特徴的で煙管を片手にした女性が無愛想に答える。
 
  「俺は戦闘士総隊長の舘野伊敦士(たちのい あつし)だ。宜しく!」
 最後に元気ある力強い笑みを浮かべて幼さ残る青年が答える。
 
 
  「紅葉さん、彼等はこれから貴女の先生をしてくれる人達です。神国の事も与世地聖の事も分からない事全て教えてくれますから、仲良くして下さいね」
  「え、あの背、低い人も?」
  「低いって云うな!!いっとくがこれでも俺は二十六だ、大先輩で先生だから敬えよ?新入り!」
 低いという単語に反応を示した舘野伊が胸を張ってそう云う。
 
 
 
  「……あの人先生って感じしないけど」
  「何だと!?」
  「率直な意見ですね。歳の割に幼い顔付きですから、初めは疑いますよね」
 紅葉の感想に海友がクスクスと笑って答える。
  「てめぇ海友、毎度毎度失礼だぞ!」
  「おや、これは失礼しました。生憎嘘が云えないもので」
  「くっそ~!!人の気にしてる事を……!」
 
  「……毎度の事ながら飽きないな」
 月襲がぼそっと口にし、その言葉に黄河が反応する。
  「舘野伊は反応がいい。見ている分には面白い」
  「見せもんじゃねーぞこの野郎!!」
 そんなやりとりを目の当たりにし、緊張の面持ちでいた泰志達の緊張は解けたようで、可笑しそうに小さく笑うのだった。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 正門から逸れての石垣、注意深く見上げながら歩く絹が目印を見つけ立ち止まる。
  「(確かあの黒い石だったはず……)…………城内天の御霊は枢となりて――」
 絹の言葉に反応し、石垣に隠れるように埋め込まれた石がほんのりと光り、譜陣が描かれ絹の頭上へ。するとふっと姿が消え、次の瞬間には左右対称に描かれた龍の襖前に絹は立っていた。

  「――……さて、また随分な面子が集まってるわね」

 開けようと窪みに手を伸ばすが、開ける前に襖が勝手に左右に動いた。




 襖が開き、皆がこちらを振り返ったり顔を上げたりする。臆することなく天集間にへと踏み入り、絹は仲間の元へと歩み寄っていく。
  「あ、絹。家族との再会はもういいの?」
 紅葉が振り返って声を掛けてきた。絹は頷き、紅葉の隣にへと歩を進め正座する。
  「家族とは後でゆっくり話せるから簡単に済ませてきたわ。……大紀美より承った此度の任務、私や紅葉含め与世地聖の人間七人の帰郷、並びに助太刀要請を終え馳せ参じました」
  「御苦労様です。任務を終えたこと確と見届けました。……ふふっ。これで全員揃ったというわけですね」

 羅沙度が紅葉達一人一人の顔を見つめていき、紅葉で止まる。
  「まず皆さんのお耳に入れておかないといけない事があります。紅葉さん達が与世地聖に帰郷したことにより、〝歪み〟が消えました。おそらくもう二度と起こらないと思いますから、他の世へ渡ることは出来ません」
  「何が原因でというのは分かっているのですか?」
 蘭の問い掛けに羅沙度は首を振る。

  「いいえ……ただ、十六年程前から渦転移や空間転移で世を渡る事が出来たようです。紅葉さんや絹さんが居た人間界だけにですが、大勢が渡っていないことだけがせめてもの救いかと」

  「そうですね。大勢に世を渡られては連れ戻すのに時間が取られてしまいます。……ところで、紅葉。あんた向こうの世界の人達から記憶は消したの?覚えていてももう世を渡ることは出来ないんだから」

 木理羅が険しい顔付きで紅葉を見据えた。紅葉は微笑を浮かべ、頷いてみせた。
  「消してきたよ。佳直が居た街からも、泰志や冶无樹が居た街からも、東鴻達と会う前に顔を合わせた町の人達からも……勿論、私や絹が居た村からもね」
  「そう。ならいいのよ」
  「…………」
 微笑みを湛えてそう木理羅に説明する紅葉を絹は静かに見つめていた。


 これで良かったんだ……紅葉も二度とあの村に戻らない覚悟で記憶を消したのだ。そうしてこうやって与世地聖に戻り、この地で生きていくと決めたのなら私が思う不安等ただのお節介でしかない。
 ただ、家族も兄弟も親戚も頼れる人もいないこの世で、新たに生きる為には全て一から築き上げなければならない。紅葉にそれが出来ないとは云わないが、あえて辛い選択を選ぶ紅葉の先行きが不安で仕方ない。永力なんてものの荷さえ背負う紅葉のこれからが、辛いことだけでなければいいが……。


  「……ところで羅沙度。紅葉や私達の今後の事なのだけれど、もう決まっているのかしら?」


 絹が羅沙度に話題を振った。任務が終わったのだから今後の事は本人達も気になることだろう。大半はこのまま欽聖堂に残ることになるのだろうが……。
  「紅葉さんの事は七師長や総隊長達にお任せしています。佳直隊長はそのまま隊長の任に戻って頂き、絹さんと真夜さんは医療部に配属して頂きたいと。……穂興島の彼等と、悪国八団体隊長の東鴻殿と副隊長部隊の些羽殿の事なのですが……何か御要望があるのでしたらお聞きしますが」

 東鴻の素性に七師長や舘野伊、揚羽は表情を強張らせる。
  「……八幹部の一人、ですか……これはとんでもない招かれざる客を連れ帰ったものです」
 海友が眼鏡を押し上げ、東鴻を見据える。
  「聞けば、貴方は悪国の前王位であった氷龍の側近だったそうですが……十七年前、真夜を連れ去ったのは現王位の塞晃の命ですか?」
  「そう思われても仕方がないが、私は塞晃の部下に成り下がった覚えはない。――確かに私は氷龍の側近だった。十七年前に交わされる筈だった平和条約の使者として神国に向かう道中、氷龍が暗殺され平和条約は水の泡となった……」
 閉じられた両目を開け、東鴻は畳を見つめる。
  「……神国と平和条約を結び、長年いがみ合っていた歴史に終止符を打とうと尽力する氷龍を私は側で見ていた。あの男の遺志を違えさせるわけにはいかない、だから美里亜の生存を訴える彼女を死刑になどさせたくはなかった。……悪国同様陰謀で染まってほしくはなかった。神国は、まだ救いの余地がある……」
  「…………少なくとも敵意が無いことは分かりました。今はそれで十分でしょう」
  「恩に着る……」

 頭を下げる東鴻に海友は腕組みをし目を瞑って大人しくする。一触即発かと思われた空気だが、どうにか丸く収まって皆の顔がほっと安堵する。
 
 
 
  「では、東鴻殿含めた四名は一先ず神国で保護という形で宜しいですね?」
 
 
 
 泰志や冶无樹、それに些羽も羅沙度の言葉に同時に頷く。
 話が終わったと思ったその刹那、今まで微笑んでいた羅沙度が急に真顔になり、口を開く。
  「――後一つ、皆さんには話しておく事があります。……紅葉さんの能力のことです」

 羅沙度は懐から文を取り出し、皆に見せる。それは絹が宛てた文だ。人間界で起きた出来事を簡略に纏め羅沙度に知らせたものだ。
  「七師長、そして舘野伊、泉総隊長。紅葉さんの教養をお任せするにあたって注意点を申し上げておきます。――彼女は三神力の一つである〝永力〟を宿す人です。もう覚醒もしています」
  『!!?』
  「よって、彼女は十一ノ位に属することが確定致しますので、何卒失礼のないように」
  「……十一ノ位……美里亜と同じ……だが彼女は神力……」
  「……成る程。ある意味、重荷を背負わされたというわけだな」

 海友は興味深そうに呟き、黄河は自分達に託された荷を理解したようだ。


 自分の分からないところで話が勝手に進んでいるようだが、内容は大まかに理解出来た。
  (要は、私はあの九人から教養を受けるって事だよね)
 幹部である彼等から教養を受けるというのはよっぽど難しい内容なのだろうか。まあ、絹から常識と戦闘における基礎知識しか教えてもらっていない紅葉にとては何でも難しく感じてしまいそうだ。
 迷惑を掛けないよう死ぬ気で頑張ろうと小さく気合を入れる。


 そんな時だった。


  ――主。宜しいですか?


 頭の中に那与裏の声が響く。
  ――妾からこやつ等に少し話をさせて頂きたい。
  (話……?良いけど……)

  「……では、堅苦しい御話しは終わりにしましょう。木理羅、紅葉さん達を宿城へ御案内して差し上げて。急かしての旅でお疲れでしょうから。……皆さん、今日はごゆるりと御過し下さい」
  「分かりました、大紀美。……じゃあ、佳直隊長と絹さんと真夜さん以外は私に付いて来て……」



  「――暫し待って頂こう」



 凛と響き渡った声に誰もが動きを止めた。声を発した人物は……紅葉だった。ゆっくりと立ち上がり、細められた紅い瞳が羅沙度を見据える。
  「……直ぐに終わる。まあ暫し我慢するんじゃな」
 突如紅葉の様子が変わったことに皆どう反応していいのか迷う中、佳直はその態度に心当たりがあり立ち上がる。
  「お前……まさか那与裏か!?」
  「……だったらなんじゃ」
  「勝手に表に出てきやがって、あいつは起きてるだろうが!」
  「主に許可は取っておる。喚くでない。……簡潔に申す。妾は永力、那与裏。そなたが神国大紀美と見受けたが?」

  「……如何にも。私が神国大紀美ですが」
 羅沙度は絹に目を向け、絹が静かに頷いたのを見て表情を引き締める。羅沙度が平静になったのを確かめ、紅葉は腕組みをする。
  「今そなたは主が永力を宿していると皆に公表したな?他にも美里亜が神力を、三人が聖力を宿して世に散らばっておる。一人はこの場におるがな」
  「……それは真(まこと)ですか?」
  「嘘など申してなんになる。そなたを含めこの場におる全員には釘を刺しに現れたまでじゃ。……そなた達が〝三神力〟と称して崇めておる力は、所詮は世の理を説く為の道具にすぎん。のぅ、舘野伊とやら?」


 紅葉が舘野伊に紅い瞳を向ける。舘野伊は言葉に詰まり、顔を伏せる。
  「舘野伊、本当なの?貴方多希者(たきしゃ)で聖力とは何も……」
 落ち着き払った蘭が動揺を露わに目を大きくさせて舘野伊を見据える。

  「聖力は〝多希者〟と称された者のことじゃ。そやつは体術に長けた使い手であろう?それがなによりの証拠じゃ」
 紅葉は歩き出し、蘭の横を通り過ぎ障子戸を開け外の風を部屋に取り入れる。風に靡いて紅葉の黒髪が揺れる。


  「聖力は体術に長けた使い手、神力は符術に長けた使い手、永力は両方を兼ね備えた使い手……そして、共通していることは能力は限られていないということじゃ。云わば、全ての能力を使える超人とでも云おうかのぅ。それを勘違いし、その者達を手中に出来れば世を自分の者に出来ると思うておる馬鹿者がおる」

 景色を眺めていた紅葉が振り返り羅沙度達を見回す。

  「……羅沙度とやら、絹の文で大方の話は知ったと思うが二度云うつもりはない。それを幹部に伝える腹でおるならそれでよい――」


 開けた障子戸から縁側に、そして庭に下りる。
  「おいっ!?何処行くんだよ!?」
  「中の空気が悪いのでな。散歩じゃ」
 佳直の制止をひらりとかわし、紅葉は何処かに行ってしまった。佳直は舌打ちをして怒りを露わにする。

  「あんにゃろうー……おい絹!あいつ見張ってなくていいのかよ!」

  「はぁ……無理ね。遠くに行く真似はしない筈だから暫く放っておく方がいいわ。止めたところで云うこと聞くタマじゃないわ」

  「ったくっ……!!コロコロ変わられちゃ堪んねぇな……厄介なもん宿しやがって……!」



  『…………』


 七師長と総隊長達は黙り込んで紅葉が消えていった先に思いを馳せた。雰囲気が変わった途端威圧が身体を、この場に重く圧し掛かって動けなくした。それだけの強大な力がこうして自分達の縄張りにあることは心強い。だが半面敵に回したり怒らせた時を思うと恐怖で身体が竦んでしまう。

  「……黄河の云う通り、確かに重荷を負わされたようね」
  「自分達の教養がこの先を左右すると思うとー……責任重大だよね~」
  「全く……面倒な弟子ができちまったもんだねぇ」

 蘭は肩を竦め、梨世はぷっくりと頬を膨らませて口を尖らせた。揚羽はやれやれと煙管を口にする。

  「まあ……弟子が出来ると思うと悪くはないが」

  「よく云うよな。さっきは重荷とか抜かしてたくせに」

  「はははっ。皆さん楽しそうですねぇ」

  「……海友、お前も楽しそうだな」

  「退屈はしなさそうだ。手加減はしないろ!」

 黄河、紅蓮、海友、月襲、河心の男性陣は少なからず嬉しそうだ。というより、どんとこい!と気合十分だ。そんな反応を示す男性陣を見て、蘭と梨世は顔を見合わせて苦笑し、揚羽は口元を綻ばせるのだった。



  「――さて、俺は早速あいつの腕前を見るとするか……」



 傍に置いていた刀を腰に差し、舘野伊は立ち上がって天集間を後にした。

 
 
         八章②   終わり