那弥と左希の遺骨を包んだ包みを抱え、槍と巨大鎌を手に持ってクナイは紅葉達の前から去ろうとする。そんなクナイの背に冶无樹は声を掛け引き止める。

  「待てよ、クナイ。……これからどうするんだ?向こうに戻って」
  「…………」

 立ち止まるクナイは、振り返らずに言葉を返す。


  「……記憶が曖昧でも、人を沢山切った感覚は残ってる。憎悪を利用されたとはいえ、死なせてしまった者達をそのまま放置するのは道理じゃない。だから泰志と兄の喜麻呂以外の它南嗄家の皆を葬りに戻る。勿論弟分の二人も一緒に」
 
 
 表情は見えないが、クナイは少し振り返る。

  「泰志。……いくら謝罪しても許されない事は分かってる。いつでも俺を殺してくれて構いはしない」

  「!?クナイ……!お前何を云って……」

  「家族を皆殺しにしたも同然なんだ。憎まれるべき存在に変わりはない」

  「…………」

 泰志は抱えている歩緒を下ろし、クナイに歩み寄って行く。下ろされた歩緒は紅葉の傍に行くが距離を置いて座る。
 
 
 
 歩み寄った泰志はクナイを見上げる。

  「……憎むべきかもしれないけど、俺は憎めない……」
  「何故だ?兄以外皆手に掛けたのだぞ?家族を奪ったんだ。帰る家を――」
 
 
  「……帰る家は……生まれた時からないと同じだったんだ……」
 
 
 クナイは目を見開く。
  「あの家は……俺にとって家じゃなくてただの借り住まいでしかないのと同じだった。物心付いた時から、俺の居場所はあの家じゃねぇって分かってた」
 泰志は顔を俯かせる。
  「不孝者だと思うよ……血の繋がった親が殺された。その殺めた本人を目の前にしても怒りを感じない……憎しみも……」
 
 泰志はクナイを再び見上げ、目を真っ直ぐ見る。

  「だけど、父上や母上が居なければ俺は此処には居ない。今こうして此処にいる事もクナイと……向き合う事も無かった」

  「…………」

  「向こうに帰ったら、クナイが建てた墓石に手を合わせるよ。父上達に云わねぇといけない事沢山ある。変わろうと思ったきっかけから溜めてた愚痴も全部」
 
 泰志は後ろを振り返り、紅葉に目を向ける。紅葉は目を瞬かせている。

  「…………きっかけ何て単純なんだ。心の底から笑ってみたいってただそれだけ……」
 
 
 
  ――自分から一歩踏み出さないと……居場所見つけるにも自分を変えるにも。
 
 
 
  「たったそれだけの背中押し……それだけに押されたんだ……」
 泰志の目から涙が落ちる。
  「ずぅ……はっ…………泣いたら殴られてたけど、殴られなくて済むんだ。もう身体に傷が増えなくて済むんだ……!!やっと自由に、歩ける……!!」
  「…………」
 
 嬉し涙なのか、悲しみからの涙なのか、それは泰志本人にしか分からない。生きる価値がないと罵られてきたとはいえ、何処かでは父親に尊敬の念を抱いていて、また母親にも同じ様な想いを抱いていたのかもしれない。自覚がないだけで、本当は血の繋がった家族を失ったのを悲しんでいたのかもしれない――。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 シンドラに戻った佳直は、中庭にやってきた。中庭に居る人物達に目を向けると、紅葉に冶无樹、泰志と……傍に居る人物を見て佳直は眉を潜める。

  「あいつ……確か敵の……」

 顔付きが優しくなっているな……。正気に戻ったのか。
 
 
 佳直が歩いてくるのに気付き、紅葉と冶无樹が顔を向ける。
  「佳直!……街の方は?」
  「大丈夫だ。……しっかし、あんなに凶暴化・巨大化した下級は初めて見たぞ。二年もの日数をかけた意味があるのかもしれねぇが……」
 
 

  「あるとするなら、そこに居る紅葉とかって奴とじゃないのか」

 
 
 クナイがそう答える。
  「俺を此処に寄越した奴は、紅葉の為になるからと云っていた。年数を増せば力が増幅する分、一気に開花する元になるだろうと……」
 皆の視線が紅葉に集まる。紅葉は皆の顔を見、自分を指差す。

  「え……私……?」

  「俺と那弥達を此処に寄越したのも同じ理由だ。何か一気に力ある者を相手にすれば解放がどうのと……特徴は云った通りだ。名は……海と名乗っていたか」

  「…………」

 紅葉の顔付きが変わる。その変化を佳直は見逃さず、紅葉に歩み寄って尋ねる。
 
  「知ってるのか?その海とかって奴」
  「…………佳直と会ったワラサで会った」
 
 
 
   ――僕と一緒に来ないかい?
   ――何時までそう云ってられるか楽しみだね。
 
 
 
  「向こうは私と面識あるみたいだったけど、何も覚えてなくて……」

  「面識?」

  「十年前って云ってたけど……何も覚えてなくて」

  「……その海って奴、何を狙ってこんなこと……。上手く利用してるとしか思えねぇな」

 佳直がそう話していると、クナイが歩いて何処かに行ってしまう。
 
  「待てクナイ!」
  「しばらくは穂興島にいる。またな……」

 クナイの姿は瞬時に消えてしまい、その場は沈黙する。それを破ったのは佳直だった。
  「詳しい事、絹も含めた前で云って貰おうか。今回の事纏めておく必要がある。この先に関係があるかもしれねぇからな」
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 絹はシンドラの一室に居た。顔色も正常になっていて身体も動ける様だ。冶无樹が大方のあらすじを絹に話す。
  「……そう。そんな事が……」
  「ああ、仕組んだのは海って奴らしい。紅葉と面識あるみたいだけど、紅葉の為だが何だか知らないが、危険人物と認識していいと思う」
  「聞いた事ないわね……海何て名の人……」
 
 

  「なぁ、冶无樹。訊いてもいい?」
 

 
 紅葉が冶无樹に顔を向ける。冶无樹は「何だ?」と言葉を返す。
  「戦闘の時、左目の眼帯取ってたよね?何をしたの?」
  「……〝幻夢眼〟……幻や夢を見せる能力を秘めた眼だ。クナイと戦闘してる時にこれを使ったのは賭けだった」
  「賭け?」
 冶无樹は顔を曇らせる。

  「対象に対して最も効果のあるものを幻術として見せる。それは一番心や自我に響き、精神崩壊させる結果になるのが殆どだ……クナイには母親の魂が傍に居たから壊れずに済んだが」

  「良かったな。賭けが上手くいって」

 紅葉の笑顔に反し、冶无樹は苦笑を浮かべる。
 
  「戦闘している時、声が聞こえたんだ。もしかしたらと思ってやったに過ぎない。……一歩間違えれば欠落人にしていたんだからな……」
 冶无樹は左目の眼帯を押さえる。
  「……あと、まだ訊きたい事あるんだけど」
 紅葉が話題を変える。
 
  「クナイの弟分のニ人……戦死じゃないってクナイは云ってたけど何を根拠にそう云ってたのかな?何も云ってくれなかったけど」

  「長杉は身分を見分ける目は確かだからな。初めは口揃えたんだろうが、影で二人の身元を調べたんだろう。当時武家屋敷を下に付ける為に趣き、従わなければ始末する……そのつもりで兵を連れて行っていたからな。それに二人が居たのも、そこで始末する為だったんだろう」

  「貴族以外は酷い扱いね……」

 絹が苦虫を噛み締めた顔をする。冶无樹もやりきれない想いのようだ。
 
 
  「俺から見ても、あの島の貴族はおかしい……まともと云えるのは泰志と兄の喜麻呂くらいのものだった」
 皆口を噤んでしまい、重い空気が漂う。それを破るかの様に紅葉が立ち上がって手を叩く。
  「はい!そこまで!……とりあえず、今はゆっくり休んで此処出る準備に備えよ。離れてから色々考えることにしよう。な?――あ、冶无樹ちょいと残ってもらえない?まだ色々訊きたい事あるから」
  「ああ。構わないが」
  「じゃ、一端解散」
 
 
 
 
 部屋を出た佳直と泰志は歩く歩幅が違い並んで歩いてはいない。途中泰志は立ち止まり、佳直の背に声を掛ける。

  「あの!」
  「ん?なんだ?」

 泰志は拳を握り締め、俯かせている顔を上げる。
  「戦い方知るにはどうしたらいい?」
  「何だいきなり……」
  「……俺だけ見てばっかりなんて嫌なんだ。強くなりたいんだ……一人だけ足手纏いなんて嫌なんだ!俺だってみんなの役に……」
 
 
  「向こうに帰ったら、戦闘士を育てる訓練場に連れて行ってやるよ。それまでは俺達の後ろで隠れてろ」

  「…………」

 佳直は泰志に歩み寄り、肩に手を置く。

  「焦るな。空回りするだけだぜ」

  「…………」

 泰志は頷き、止まった足を再び動かす。
 
 
 
 
 絹の居る部屋に残った紅葉と冶无樹は話を始める。
  「俺を残したのは色々訊きたいからだろ?何を訊きたいんだ」
  「まあ、今回の事の整理かな。大方は解ったけど細かいとこはあやふやだし、ね」
 紅葉はにっと笑い、その笑顔に冶无樹は目を瞬かせる。
 
 
 
         四章⑤    終わり