目を開けられず、何も見えず真っ暗だ。
 
 真っ暗で何も見えないが、目の前に聖然虎力が現れている事は気配でなんとなく感じる……温かい光を放って目の前に現れている。
 
 
 聖然虎力は緑の光に分散し、紅葉の体の中に入り込んでいく。
 
 
 
   ドクンッ――。
 
 
 
 体が熱くなってき始め、骨の髄から洗われる心地さえする……何だろう、この不思議な感じは……。ふつふつと何かが湧いてくる。
 両肩の傷も腹の傷も目の周りの斑点も消え、毒による激痛も治まっていき……ゆっくりと紅葉は目を開ける――。


  「…………見える……」

 
 バチッバチッと時折紅葉の身体から緑色の雷が発せられる。
  「……これは一体……」
 自身の両手を眺め、握って開く。
  「……成る程。青いやつとは速さや属性が違うってことか!」
 
 
 紅葉は立ち上がり、石壁にめり込んだままの那弥に近づいていく。那弥は全身に力を入れ、石壁を壊し抜け出す。

  「……今更態勢を変えたところで何が変わるというんだ。死んでいれば楽になれたものを」

  「此処で死ぬわけにはいかない。死ぬなら、あんたの方だ」

  「生き還った折角の命、再び無にするなど御免だ」

  「お仲間は還ったと、佳直から聞いたけど」

  「我は還らん!」

 那弥は槍を握り直し身構え、紅葉は突っ立ったままだ。だが、両手の手先に電気を集中させ、電気が武器にへと姿を変える。
 
 
        *  *  *  *  *  *

  「――細かく渦巻く微量の生命を生み出す粒子……生ける広大な大地の源。塵も積もれば山となりて、万国を包み込む優しき羽衣の如く聖なる光……」


 佳直の両手から湧いてきていた大量の砂が街中に散り、メキシコシティを囲む蔓の城壁の表面を覆い隠し、或いは根本の隙間に入り込み地中に潜む。
 

  「悪しき根源を打ち砕く一筋の光を呼び起こし、希望の光で新たな命を蒔き天へと伸びよ――亞緑地源光っ(ありょくちげんこう)!!」
 
 
 隙間から地下に潜り込んだ粒子が輝きだし、メキシコシティが光の壁に囲われる。光の壁は天へと高く伸び、雲を突き抜ける。光が消え、空から羽の形をした光がメキシコシティに降り注ぐ。
 
 
 
 
 街の人々は天を仰ぎ、金色の羽を手に取る。手に取っても直ぐに消えてしまう。
  「何なんだ……この羽は…………」
  「何て美しいのかしら。まるで天からの贈り物……」
 
 
 
 
 メキシコシティを囲む蔓の城壁は枯れていき、異様な声が聞こえてくる。佳直が立つ塔の地中から巨大な魔物化した植物が地表を突き破って地面から出てくる。苦しもがきながら周囲を破壊し、暴れ回る。
  「引き出しに成功だな……」
 塔から飛び降り、怪物の目の前に華麗に着地すると、腰に差す刀の柄に手を伸ばし、刀を抜く。
 
  「ギギャアァア……ギャアアーーッ!!」

 目の前に現れた佳直に狙いを定め、怪物は口から溶解液を吐き出す。異様な臭いを撒き散らしながらジュワッと一瞬でものを溶かし、辺りに溶解液を吐きまわる。

  「図体デカいだけで知能はねぇみたいだな。万物の精気食い潰してこれたぁ、精々還元して償いな――!!」
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 左目の眼帯に手を掛けた冶无樹は、眼帯を取り懐へとしまう。瞑っている左目を開く……右目と違い、白色の瞳だ。
  「眼帯を取ったところは初めて見るな……変わった目をしている」
 クナイと向き合い、冶无樹は目を細めた。
 
  「生まれつきのものだ。これに賭ける事に決めた」

  「今更そんなものを出したところで何になると云うのだ?笑わせてくれる」

 嘲笑うクナイから冶无樹は目を逸らさず、右目を瞑る。
 
 
  「賭けと云った筈だ。受け止める覚悟はいいか?クナイ」
  「ふっ……何を云っているか全く意味不明だ――!!」

 地を蹴り駆けてくるクナイを見据える冶无樹の左目の瞳が変化する。クナイが冶无樹を斬り捨てるが、手応えが全く無かった。

  「!?何故手応えがない……!確かに今……」
 
 辺りを見回し、クナイは冶无樹の姿を探す。そして次の瞬間、周りの風景が変わりクナイは目を見開く。
 
 
 
 見覚えのある広い部屋に立っていた。
  「此処は……」
 部屋の床の間に目を向けると、見覚えのある掛け軸が掛けられていた。母上が描いた鶴の絵が飾られている。此処は――俺と母上の家……。


 障子の戸が開いていて、そこには一人の女性が縁側に腰掛けて居た。あの後姿は――。

 
  「ふふっ……」

 女性は抱えている赤子を愛おしそうに見つめている。ぼさぼさな髪に触れ感触を楽しんでいる。
  「クナイ……立派な男になるのですよ……母は何時でも傍に居ますよ……」
 赤子が笑い、母親に手を伸ばし顔にぺしぺしと小さな手を当てる。母親は微笑み、何時までもその赤子を見つめていた。
 
 何と幸せそうな光景だろうか……。あんな風に母上は俺を見ていてくれてたのか……。
 
 
 
 場面が変わり、寝床に付く先程の母親の傍に一人の少年が目に涙を溜めて座っている。
  「母上……」
 少年が声を掛けても、何の反応も無い。顔や腕にはバラの様な発疹が出来て膿が出ている。
 
 
 
   これは何の夢だ……。

 クナイは頭を押さえる。嫌な夢を見ているに違いない、こんなの。
 
 
 
 再び場面が変わり、成長した少年が青年姿で中年男性の前に座っている。少年より床の高い位置に座っているのは――泰志の父親、它南嗄家の頭首它南嗄長杉だ。髭を弄りながら少年を見下し、見据える。

  「ほう……お前があのお京の息子とは驚いた……」

  「母上は三年前に亡くなりました。梅毒で」

  「梅毒……かぁ……」

 長杉は暫く左右を行き来すると、庭を眺めながら鼻を鳴らす。
 
  「……折角優れた治癒術を持っておったのに残念だ」

 その呆気ない態度に青年は口調を荒げる。
  「貴様が……貴様が母上を死なせたも同然だ!貴様が代わりに死ねば良かったんだ!」
  「私は貴族の頭首だ。私のせいでお京が死んだと申すか?ははっ馬鹿馬鹿しい……どうせ影で身売りしていた女人だったのであろう、それで貰ったのだ。私は無関係で潔白だ」
  「何が潔白だ……貴様が母上に近付いて迫っていた事は知っている!!身籠らせた事もっ!!」
 長杉は思い出したと云わんばかりの顔をする。薄気味悪い笑みを浮かべ、青年を振り返る。
 
 
  「あー……お前の母親は良い体をしておったぞ。十分楽しませて貰ったわ、はっははははははっ!遊ぶにはもってこいじゃ!ふははははっ」


 大笑いする長杉の背後で刀が鈍い光を放ち光っていた。青年が直ぐ後ろに居る事にも気付かず、振り上げられた刀が長杉の身体を頭から真っ二つにする。大量の鮮血が広範囲に飛び散り、青年の足元に転がった肉塊から血が溢れ、足元を血の海にしていく。

 切っ先から血が滴り、青年は血塗れの成りで肉塊を見下ろしていた。
 
 

  「長杉殿、森岡庄陽殿から文が……!!?」



 部屋に入ってきた男は悲鳴を上げて腰を抜かす。血が滴り落ちる刀を手にする青年は、不敵な笑みを浮かべて男の前に真っ二つにされた長杉を蹴り出す。
  「ひぃぃっ!!お、お助けを……!!」
  「…………」
 助けを請う長杉の手下である男に青年は近付き、刀を薙ぎ払い首を飛ばす。生々しい音がすると共に首を刎ねられた男の身体が倒れ、青年は肩を震わせて小さく笑う。
 
 
 
   ――滅んだらいいんだ……腐った奴等などこの世から消えればいい!!
 
 
 
 
 何時の間にか今度は真っ暗な世界に一人で佇んでいた。さっきまで誰も居なかった筈なのに目の前に少年が居る。あれは……幼い俺自身……。
 
  <何で俺はあんな母上を持った……何でだ>

 片手に短刀を持ってこっちに歩いてくる。

  <俺は……あいつと一緒なのに何が違う……>

  「止めろ……」
 
 クナイは耳を塞ぐ。

  <貴族の血何て……醜い!汚らわしい!こんな血が体を巡るのは母上のせいだ>
  「言うな……」
  <長杉を受け入れた母上のせいだ!何の罪もない俺が何であいつに虐げられないといけないっ!>
  「止めろ……!!」
 
 いくら塞いだって聞こえてくる。耳元で云われている感覚だ。

  <憎い……憎い……憎いっ!!貴族も母上も何もかもっ!!全部、全部憎いっ!!!>
 幼い俺は据わった目で俺を見上げ、短刀を向けてくる。



  「――止めろぉーっ!!!」



 クナイは頭を抱え地面に額を付けて震えだす。
  「云うな……悪く云うな!!母上を悪く云うなぁ!!っ……ふぅ……!!」
 
 
 あいつのせいで、長杉のせいで母上は苦しめられたんだ!!あいつさえ居なければ俺も母上も笑ってられた…………あいつさえ居なければ――。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 シンドラ修道会のある一室、ベッドに横になって眠っている絹は目を覚ます。しばらくぼーっとしていたが、目を瞬かせながら辺りに目を向ける。

  「…………此処は……」

 ――そうだ。私異空場で激しく消費して体力尽きたんだっけ。
 
 
 まだ働きの悪い脳を回転さて、此処にいる前の事を思い返していた。起きようにもまだ起き上がれず、指先が軽く動かせるだけで他はびくともしない。動かせれるのは指先と首から上だけの様だ。

  (もうしばらく眠らないと無理みたいね……)

 仲間達が今懸命に戦っている。そんな中一人だけ寝ていてもいいのだろうか?
 
 
  「……紅葉は「大人しく寝てること!」とか云いそうね」
 ふと紅葉の事を思い出すと自然と笑っていた自分に改めて気付く。
 
 
  「……紅葉……貴女はずっと居るわよね?ずっと、何時までも笑っていてくれるわよね……消えずにずっと近くで」
 大切な人を失うのはもう嫌だ……大切な人を失う位なら自分の命を差し出そうか――そんな考えを浮かべると、それを諫める声がした。
 
 

   ――生きるのよ……!何があっても貴女は生きなさい!

 
 
 その声は懐かしい声だった。
 
 
 今はもう聞けない懐かしい声が、頭の中で木霊する。そして涙が頬を伝う。
 
 
 
         四章②   終わり