泰志の身の安全を考え、冶无樹は大人しく包帯男の後に付いて行く事にした。紅葉を多くの敵の中に一人残したのは心苦しい……。
 
 
  (紅葉、大丈夫だろうか……)
 

 胸の内で心配しつつ見知らぬ場所に移動してきた。地下通路かなにかだろうか。薄暗く、少しじめ付いている気がする。
  「何だ此処は……」
  「黙っていろ」
 男に従い、冶无樹は歩き出す。
 
 
 
 泰志の両腕を背中で縛り上げて歩く包帯男を前方に、冶无樹は後ろに続いて歩いている。
 今居る場所が何処なのかは分からないが、此処に来た途端懐かしい反応を感じた。それは、生まれてからずっと一緒だったかの様、血は繋がっていないが兄弟の様に育った親友と同じ反応。だがその親友は、八年前に忽然と姿を消した。
 
 居なくなった理由は不明だが、安否を気にして行方を調べていた。その消えた親友と同じ反応を感じ、冶无樹は不謹慎ながら嬉しい気持ちになる。

   (死んだと噂されていたが……生きていたのか?)

 本人だとまだ決まっていないがそう思えてならなかった。
 
 

  「――もうすぐで着くぞ」

 
 
 その言葉に顔を上げると、明かりが見えてきた。その明かりを目指して歩いていくと、何も置かれていないだだっ広い部屋に出た。そんな部屋の中央に背を向けて誰かが立っていた。
 泰志の腕を解放して放り、包帯男が前に歩いて行き部屋の中央に居る人物に声を掛ける。
  「兄じゃ。お連れしました」
  「御苦労……――」
 
 そして振り返る。その人物を見て、冶无樹は目を見開く。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 街に一人にされた紅葉は立ちつくしていた。
 
 
 敵が一匹もおらず、辺りには灰が沢山あり焦げている箇所もいくらかある。影に隠れていた歩緒が出てきて紅葉にへと駆けてくる。
 袴を引っ張り、キュウ、キュウと鳴く。
 
 体がふらふらし始め、紅葉は膝を付く。
  「…………主の体にまだ馴染んでおらぬか……。早目に一体となりて馴染まねば縮め兼ねない……」
 ぐらつき、その場に倒れてしまう。歩緒は紅葉の顔を頭で突いたり、舐めたりするが反応がない。
 
 
 歩緒が紅葉を起こそうと頑張っている最中に、再び人食い植物の集団がやってくる。歩緒は耳をピンッと立て近付いてくる敵に威嚇する。牙を剥き出し毛を逆立てる。
 
 歩緒は白煙に身を包み始め、白煙が薄れると大きくなっていた。尾を紅葉の腹に巻き付け背中に優しく乗せると、敵に立ち向かっていく。
 
 
 
 
 
   ――……え……すか……。るじ、妾の声……………ほうして……。
 
 
 
 また声が聞こえて語り掛けてくる。何時もの声……女の人の声が頭に響く――。 
 
 
       *  *  *  *  *  *
 
 何もない広い部屋の中央に立つ男を見て、冶无樹は幻でも見ているかの様な顔をしている。
 
 
 一歩ずつ足を前に動かし、冶无樹は口を開く。

  「お……お前……生きてたのか……?」
  「…………」

 冶无樹とは少し違う忍服の格好をしていて、品が何処か漂う雰囲気。だが、その雰囲気の裏に何かおぞましいものが隠れている気がする。
 
 男は不敵に微笑み、冶无樹を見据える。
  「――久しぶりだな、冶无樹。八年ぶりか?」
  「……死んだ何て噂されていたが、生きてたのかクナイ!」
  「ああ。そんな誤報を信じられるなんてな……そこまで俺はひ弱じゃねー」
  「分かってる。だが何で急に姿を消したんだ?クナイ」
 男――クナイは目を閉じる。
 
 
  「嫌になったのさ。它南嗄家に仕えるのがな」


 その言葉に泰志が反応を示す。
  「忍国は今じゃ買われて多くの家がバラバラに分裂してる。俺達早華原(はやがわら)家もその一つ……何処かに仕えて報酬を貰い儲ける、それが俺達忍国の原点。だが――」
 クナイは目を開けると、泰志を睨み付ける。
 
  「它南嗄泰志……お前は自分の家をどう思ってる?」
 クナイの睨みに泰志は反射的に体を強張らせる。
  「あ……え、と……」
 答えに詰まっている泰志を見兼ね、クナイは大きく嘆息する。
 
 
  「它南嗄家だけじゃない、貴族全て最悪だ」
 
 
 泰志は唇を噛み締め俯く。
  「お前も嫌になって逃げ出してきたんだろ?俺もそうさ。特にお前の親父の長杉にな――」
 クナイは嘲笑うように鼻を鳴らす。
 
  「まあ、もう居ない奴のことを悪く云おうがいいだろう」

 え――もう……居ない……?
 
 泰志は耳を疑った。居ない?どういう意味だ。
 困惑した様子の泰志を見てクナイは嬉しそうにする。
 
 
 
  「居ないって云ったら分かるだろう?――二年前に殺してやったんだ。兄貴以外の它南嗄家全てを……この手でな!」
 クナイの目付が変わり、憎悪を滲ませた瞳が泰志を見据える。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 中庭に居る絹と佳直は、ライとケビンにシンドラの中に戻る様に説得していた。二人は中々引き下がらず、云う事をきいてくれない。
 
  「だから、此処に居たら危ないの!怪我だけじゃ済まない、命に関わるの!!」

  「だったら何か手伝います!二人の役に立ちたいんですっ!」

  「そうだ!俺達だけでも戦わせてくれ!」

 絹とライ・ケビンの間に佳直が割って入ってくる。
 
  「……役に立ちたいとの気持ちはしかと受け取った。だが、一緒に居させる訳にはいかない」
  「何でだよ!俺達でも何か……」
  「関係の無い奴等を巻き込む訳にはいかねぇつってんだ!!これは俺達の戦だ!!死に急ぎたいのか!?」
 佳直の気迫に負け、二人は黙るしかなかった。一呼吸置き、再び口を開く。

  「……解ってくれ。俺達の戦にお前達を巻き込むのは筋違い、大人しく中に入ってくれ」

 ライとケビンは頷き、中庭を去って行く。
 
 
 
  「佳直……」
  「ああ云うしかねぇだろ。――もう相手は来てんだからな」

 二人が向けた視線の先には、三つ編みをした男が巨大鎌を持って立っていた。
 
  「おりと遊ぶのはおまん等二人か?鎌が血を吸いたがってる……餌食にしてくれるわっ!!」
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 目を開けると、そこはだだっ広いただの草原だった。起き上がると強めの風が通り抜ける。
  「……?あれ……?さっきまでメキシコシティにいた筈……」
 草達が風に揺れる音がひどく大きく聞こえる。ふと後ろを振り返ると、人影がうっすらと見えた。紅葉は立ち上がりその影と向き合う。
 
  「誰?……」
  「…………」

 声を掛けても何も返ってこない。紅葉が近寄ろうとするが、影は手を前に出し近付くなと制する。
 
 
  「来てはなりませぬ、主。完全に解放された時こそ御対面の時、今はなりません」

  「??」

 人影の云っている意味が分からない。対面?解放?一体この影は何を云っているのか……。
 
 影は背を向けて離れて行ってしまう。
  「ちょ、ちょっと待って……!貴女、一体誰なの!?」
  「――主の僕にございます」
 
 そう云い残し影は消える。
 
 
 
 
 
 
 目を開けると、周りが白い。柔らかな感触に身体を包み込まれ、まるで揺り籠の中に居るようだ。隙間から光が差し込み、その隙間に手を伸ばす。
 
  「…………此処は……森の中……?それにこの砂は……」

 揺り籠の外に出ると、足元が砂で辺り一面も砂で囲まれていた。
  「何これ……」

   フオオォー
 
 その泣き声に振り返ると、紅葉の身長よりも大きな白い動物が立っていた。揺り籠の正体はその動物の尻尾で、長い尾がゆらゆらと揺れる。
  「歩緒……?」
 紅葉の言葉に歩緒は寄って来て顔を舐め始める。
  「ちょ……大きくなって……まさかこの砂、歩緒の仕業?揺り籠も?」
  ――ソウダヨ。
  「……そうか。私を守ってくれたんだ……ありがとう」
 歩緒の顔に手を伸ばし、撫でてやる。
 
 
 撫でながら、シンドラの方に顔を向ける。

  「絹達の反応が感じられない……――歩緒!シンドラに急ぐよっ!!」
 
 
 
 歩緒の背に乗って紅葉はシンドラにへと向かう。
 
 
 
        三章⑥   終わり