ワラサの街の人達は、近くにある廃村に皆避難していた。
 
 
 
 街の方面から聞こえていた鈍い音は聞こえなくなり、静かな夜を迎え日にちは次の日になっていた。廃村に居る蜜蜂鳥のメンバーは、住民が皆眠りについた事を確認して井戸がある広場に集まっている。
  「――やっとガキ共が寝てくれたぜ……」
  「お疲れだな」
 一人の男が疲れた顔で広場にやってきた。皆その男に励ましの声を掛ける。
 
 
  「後は兄貴が来ればいいだけだな」
  「ああ」

 皆笑い声を上げたりして話しているが、一人冴えない表情の男が居た。赤髪のガルゼだ。
 
 
  (……もう、有馬は帰る準備してるんだろうな……)
 
 ふと顔を上げると、森の中に人影を見た気がしてガルゼは立ち上がる。
  「どうしたガルゼ?」
  「……ちょっと歩いてくる」
 そう云い、ガルゼは人影が見えた森にへと足を運ぶ。
 
 
 
 
 
 しばらく歩いて行くと、少し開けた場所に出る。辺りを見回していると、後ろに気配を感じ振り返る。そこには……笑みを浮かべる佳直が居た。
  「よっ。皆の様子はどうだ?」
  「住民のみんなは早く帰りたいと云ってる。不安みたいだが、助けあって生活してくれてる」
  「そうか」
 佳直は影から姿を見せ、月明かりに照らされる。
 
  「もう街は大丈夫だ。夜明けにはもう住民を街に戻してもいいぜ。奇妙な生き物も居なくなったからな――ま、多少街壊れてるとこはあるが、大目に見てくれ」
  「……お前と、あの女二人で退治してくれたのか?」
  「ああ」
 ガルゼはところどころ切れて服に血が滲んでいる佳直を見る。また一杯怪我したんだな……。
 
 
  「……すまない」
  「何故謝る?」
 ガルゼは深々と頭を下げたまま続ける。
  「お前は俺達を庇って大怪我もした……この一か月、今みたいに怪我させてばっかで……!!すまない……!!何の力にもなれなかった……」
 ガルゼは唇を噛み締める。
 
 そのガルゼの様子を見て、佳直は目を閉じる。

  「――守るのは当然だ。仲間だからな……違う世界とはいえ俺を慕ってくれたんだ。それに応えるのは隊長として仲間への礼儀……怪我したって一週間の内に治る。だからいいんだよ」

  「有馬……」

  「お前等に怪我がなくて何よりだ。よそ様は無関係だからな、俺達の戦争(けんか)に」
 佳直はガルゼの横に立ち、肩に手を置く。
 
 
  「……もう俺は行く。お前からあいつ等に宜しく云っといてくれ」
  「…………」
  「それだけ云いに来た。……これで最後だ。もう二度と会う事はねぇ」
 佳直は踵を返し森にへと歩いて行く。ガルゼは腕を掴み引き止める。
  「……二度と……此処には来ないのか……?」
  「…………」
 佳直は振り返らず、腕を掴まれた状態で口を開く。
 
  「多分な。来れるとしたら、戦が終った時だろ」
  「来いよ……!来てくれよ……!」
  「泣くんじゃねぇよ、別れ際位涙しまっとけ」
 だがガルゼの涙は止まらない。拭っても流れてくる。そんなガルゼを背にし、佳直はすぅっとガルゼの手から抜けて森にへと姿を消す。
 
 
  「俺にとって……大切な繋がりはお前だけなんだ――」

 しばらくガルゼは、その場で涙を流しっぱなしだった。こんなに泣いたのは初めてだ。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 戦場になった港付近で紅葉と絹は佳直の帰りを待っていた。紅葉は虎狐の尾に触れて遊んでいて、絹はそれを眺めている。
 
  「……紅葉、その虎狐に名前付けたら?毎回虎狐何て呼びにくいでしょ?」
  「名前?……」
 紅葉は虎狐を持ち上げる。虎狐は尾を紅葉の顔に持っていく。
  「――っくしゅっ!!思いっ切し毛が鼻ん中入った……」
 虎狐は嬉しそうにまた紅葉の顔目掛けて尾を振る。紅葉は尾を見て何か思い付いた顔付きになる。
 
 
  「……歩緒(ふお)なんてどう?」
 
 
 虎狐は「キュ?」っと鳴き首を傾げる。
  「名前、歩緒はどう?気に入らない?」
  ――僕ニ名前付ケテクレルノ!?
 虎狐は「キュ~♪」と鳴いて紅葉の頭の上に跳び移る。どうやら気に入ったらしい。
 
  「気に入ったみたいよ。歩緒って名前」
  「よっしゃ!今から君は歩緒だからね!仲良くしよう!」
 虎狐――歩緒は紅葉の頭にすり付きながら甘えた声で鳴く。
 
 
  「名前付けたのか?虎狐に」
 
 
 その声に紅葉は立ち上がり駆ける。頭に乗る虎狐を掴み、佳直に突き出す。
  「歩緒って付けた!佳直も覚えとってよ」
  「ああ。覚えとくよ……宜しくな、歩緒」
 佳直は歩緒の頭を撫でる。
 
 
  「……それより、お前何時まで上衣着ずにいんだよ?」


 霞との戦闘で上衣着がボロボロになって脱いだ紅葉。今もまだ着ずにさらしだけの状態でいるのだ。

  「ん?……あ、忘れてた」

  「感覚あるか?お前」

  「あるよ!失礼な」

 紅葉は指をパチンッと鳴らし、空間に出来た渦を巻くとこに手を突っ込み、上衣着を取り出す。
  「魚人のくせに鳥の巣みたいな髪して……」
  「あぁ?んだとお前……!」
 佳直は紅葉に歩み寄り、紅葉と睨み合う。
 
  「お前俺に喧嘩売ってんのか?やるか?」
  「ああやってやろうじゃん!」
 
 
 
  「――止めなさいっ!!」
 
 
 
 絹の鉄拳が二人の頬を殴り飛ばす。

  「また此処で暴れるつもり!?こんなに壊してこれ以上何て真似したら私が貴女達締めるわよっ!!」
  『……やりませんとも。はい……』
  「それでいいのよ」

 絹はふんっと鼻を鳴らす。紅葉と佳直は顔を見合い、笑う。笑い合う二人を見て絹は溜息を付き呆れた表情浮かべる。
  「……それじゃあ、そろそろ行きましょ。次の場所に」
  「おーう!」
 紅葉達が歩き出そうとした時、何処からか人の駆けてくる足音が聞こえてくる。振り返ると――赤髪の青年が走って来ていた。
 
 
  「有馬っ!!」
 
 
  「……ガルゼ……お前何で此処に」
 ガルゼと呼ばれた青年は、どうやら佳直と面識があるようだ。
  「誰?蜜蜂鳥の人とか――」
 絹は紅葉の腕を掴んで歩いて行く。
 
  「佳直、私達先に門のところに行っとくわよ」

  「え??絹、ちょ……」

  「空気読みなさいよ。それと早く上衣着なさい!肌見せる何てはしたない!」

 紅葉と絹は行ってしまい、佳直とガルゼがその場に残された。
 
 
 
 
 佳直はガルゼと向き合う。ガルゼは汗でぐっしょりで肩を上下させている。
  「…………走って追いかけて来たのか?」
  「……云いたい事あんだよ……有馬に……」
 風が吹き、服が揺れ髪も靡く。
 
  「……俺は、家族にも見捨てられた落ちこぼれだった。居場所がなくて家飛び出して……蜜蜂鳥に入っても自分の居場所と思えずにいた。もう俺は居る意味がない――そう思ってた時にお前と会った」

 ガルゼは首に提げる首飾りを握り締める。
 
  「お前は俺に居場所をくれた……どんな奴でも居る意味はあると教えてくれた……!母さんと会わせてくれたよな?有馬。……見捨てられてたこんな俺の事、母さんはずっと気にしてくれてたってその時初めて知った。お前のお陰で母さんのとこに生れて良かったって思えた!」
 
 ガルゼは顔を上げ、佳直を真っ直ぐ見る。佳直は微笑んでいた。
  「お前が変えてくれたんだ!俺を……!!有馬は俺にとって大切な繋がり何だ!!尊敬出来る……兄貴で慕えるのはお前だけなんだよ……っ……!!」
 
 
 佳直はにっと笑う。
  「――向こうにも沢山そう云ってくれる奴等がいる。数え切れない程な。あー此処にも弟分が出来ちまったか……」
 頭を掻きながら佳直はガルゼに歩み寄って行く。そして頭に手を置き、髪をくしゃっとする。
  「泣くなっつったろ?別れ際位……世話の焼ける弟だ」
 身を翻し、佳直は背を向けて歩いて行く。そして手を上げる。
 
 
  「……死んでなければ気が向いた時また来るさ。じゃあな、よく泣く弟分」


 そう言い残し、佳直の姿が遠く小さくなって闇に紛れていく。
 
 
 
 
  「…………みんなの分も泣いてやってんだ……。悲しむのは俺だけじゃないんだよ、バカ兄貴……」
 そう云うガルゼの表情は笑っていた。
 
 
         *  *  *  *  *  *
 
 紅葉達は門の外に居た。門の前に佳直の姿が現れたのを見て、紅葉と絹は歩み寄ってくる。
  「……行くけど、何も未練ないわね?」
  「ああ……と、云いてーところだが……此処の奴等から俺の事も蜘蛛女の強襲で街が壊れた事も、消してくれねぇか?」
  「……いいの?」
  「ああ。ガルゼ達にはワリぃが、その方が良い」


 ピースエマジの時同様、絹が詠唱しはじめ、終わると光の雪がワラサに降り注ぐ。

  「――よーし!次の目的地に行くぞー!」
  「元気だけは一人前ね……」
  「ふっ……そうだな」
 佳直は振り返って街に目を向ける。蜜蜂鳥の旗が風ではためく。元に戻るといいな……初めて来た時に見た綺麗な街並みに。
 
 
  「――佳直!行くわよ!」
  「行くよ!かっちゃん!」
 
 
 佳直は歩き出す。

  「その呼び方止めろ……気色悪い」

  「え~……まあいいや。私もそう呼ぶの気色悪くて寒気がする~」

 紅葉は満面の笑みで冗談を云う。その表情を見て、佳直もふっと笑う。

  「――さぁ!次の場所に行くわよ」

  『おう』
 
 
 
 
 
 三人の姿は消え、ワラサから居なくなった。
 
 
 
 
 ――紅葉達が居なくなって数日後、ワラサの街が壊滅状態であることは全世界に知れ渡った。どうしてそんな状態になったのか理由は不明、一部余所の星からの侵略者の仕業か!?――などと騒がれていたが、本当の事は誰一人として知らない。

 佳直を慕っていた蜜蜂鳥の面子も誰一人として佳直の事は覚えていない。


  「…………」
  「どうした?ガルゼ。さっさと手を動かさないと復興も進まないぞ」
  「分かってる。……だけどなんか、ぽっかり穴が空いた状態っていうのか……」
  「はぁ?なーに云ってんだ。惚れた女にでもフラれたのか?」

 大笑いする仲間達だが、ガルゼは何処か上の空で空を見上げた。


 永久に思い出す事もない出来事があったなどと、気付かず――。
 
 
  
         二章  ~再会~ 完