紅葉達と霞の対峙で街に振動や崩壊音が響く。
 
 
 
 佳直は霞の爪と刀を交えていた。

  「手加減何てないわね!」

  「手加減何て持ち合わせてねんだよ……!常に命賭けてんだからなぁ!!」

 弾き、刀を振るが後ろに下がられ避けられる。下がった霞の背後に紅葉が現れる。長刀の峰を向けて霞の横腹目掛けて振る。
 
 
   ――何時の間に!!?気配がなかった……。
 
 
 何とかギリギリで避けたが、蹴りが腹部に当たり吹っ飛ばされる。
 霞は自分の糸を操り背中に緩和剤を作り、建物にぶつかる。衝撃を弱めれたとはいえ、腹部から鈍い痛みが身体中に広がっていく。
  「……衝撃弱めてもこの反動……何て重い蹴りなの……!!」
 目の前に紅葉が現れ、長刀を振り下ろしてくる。霞はかわし、紅葉の背後に飛び距離を空ける。
 
 長刀を振り、紅葉は霞を振り返る。鋭い眼差しが体を強張らせる。
 
   (何なのあの子……雰囲気が違う……)

 合流した時とは全然違う姿に霞は甘く見ていた自分を悔いる。

   (厄介ね。早目に始末しないと……!)
 
 
 
 左手で糸を操り佳直を糸壁で閉じ込め、右手を動かし罠を張る。何時の間にか姿が消えている紅葉が姿を見せるのを待つ。
 佳直は目の前を遮る糸壁を切り、隙間から霞の姿を見つけ何か感じ取る。紅葉が姿を見せた途端――。
  「!?――避けろ紅葉っ!!」
 佳直の忠告は遅かった。
 
 
 
  「――鉄檻、毒網地獄!!」
 
 
 
 霞は右手を器用に操り、半球型の球体の中に紅葉を閉じ込める。
  「その中で毒霧浴びながら苦しみながら死すのね!!」
 外からじゃ中の様子がいっさい見えない。毒が充満すれば死からは逃れられない。
  「あの馬鹿……!何してんんだ――」
 糸壁を破り出て鉄檻に駆け寄ろうとした佳直の前に霞が立ちはだかる。
 
  「あの子はもう終わり。今度は貴方の番よ!!」
 霞の背中の触手が佳直を襲う。触手を避けながら佳直は何か唱える。

  「頑なな意志を揺るがす雪上の裁き、我が刃となり突き上げろ――氷岩槍!!」

 霞の足元から氷岩が現れる。全て避けられず足を幾らか掠める。
 
 
  「……紅葉の蹴りが効いたみてぇだな。平気装うのも辛そうだぜ?」
  「っ……!!」
 触手が飛んできたのを避け、佳直は地を蹴り霞の頭上へと跳ぶ。
  「蜘蛛女。〝二発〟で楽になるから安心しろ」
 刀を振り被る佳直の心臓目掛け、触手が伸び、貫く。
  「!?残像……!」
  「一発目――」
 
 霞の背後に現れ、峰を向け背中に食らわす。霞は地面に落ち、蹲りながら咳き込む。
  「二発目は頼んだぞ、――紅葉」

 その名に顔を上げると、胸にさらしを巻いて上衣を着ていない紅葉が立っていた。
  「安心して。死にはしない――深癒(しんち)」
 パチンッと指を鳴らし、薄い緑色の煙が辺りを包み込む。
 
 
 
 
 しばらくすると、煙の中から咳き込む佳直が出てくる。

  「げほっ!けほっ……あぁくそっ!!何だこの煙……眠気が……」

  「書物に載ってた。いや~使えるとは思ってなかった」

 薄れていく煙の中から霞をおぶって紅葉が姿を見せる。
 
  「!!?お前その女に止め刺してねぇのか!?」

  「大丈夫だって。絹の知り合いだし、喧嘩してたから仲直りさせんと」

  「何ふざけたこと云ってやがる!目ぇ覚めたらまた攻撃してくるだろうが!!今始末――」

 佳直の鼻の前に紅葉が指を出し、鳴らす形を作る。

  「……眠気より毒が良かった?」
  「…………」

 細められた目に佳直はゾクッとする。こいつ……。
 
 紅葉はにっと笑い、何時もの無邪気な笑顔を見せる。
  「冗談冗談。ま、何かあったら私が責任とるから」
 そう云うと、絹の居るとこまで歩いて行ってしまう。
 
 
   あいつ……やっぱり只者じゃねーな……。
 
 
 
 
 
 
 壁に凭れて肩を押さえている絹に、紅葉が歩み寄ってきた。
  「……随分と上がすっきりしてるわね」
  「毒霧で穴だらけになったから脱いだ。袴は大丈夫だったんだけどな~」
 紅葉は背中に背負う霞を絹の傍に置く。髪を整え額を突く。
  「ん!完璧に寝てるな!」
  「……どうして止めを刺さなかったの?」
 絹は立ち上がり、紅葉にそう投げ掛ける。
 
  「……絹の知り合いなんでしょ?何かすごく激怒してたみたいだし、喧嘩したままはよくないから仲直りさせよう思って」

 絹と話している時、キューっという鳴き声が聞こえてきて空から紅葉の頭に白い動物が降ってくる。

  「お、虎狐。敵は倒せたん?」
  ――倒シタ!
  「そっか。御苦労さま」

 どうやらすっかり紅葉に懐いているようだ。甘えているのかキューキューと鳴き声を上げる。
 
 
 
  「あれ燃やさなくていいのか?」
 
 
 
 佳直が紅葉達に歩み寄って来ながら云う。その言葉に絹は立ち上がり、服を正す。

  「今から行くとこよ。紅葉、行くわよ」

  「?何処行くの?」

  「卵燃やす為に街を覆う符術発動させるの。紅葉、壁剥がし扱えるでしょ?素質あるみたいだから手伝って」

  「佳直は?」

  「俺はいいんだよ。ま、頑張ってこい」

 佳直は早く行けといわんばかりに払う素振りをする。
 
  「何か腹立つこの魚……」
  「はぁ?誰が魚だ!」

 紅葉と佳直は睨み合う。

  「〝カジキマグロ〟って魚いんじゃん。同じ名前の魚だし魚呼ばわりして何が悪い!」
  「んだと……!」
  「なによ魚人。陸におっても平気なの?海に帰った方がいいんじゃない?」
  「俺は人間で肺呼吸してんだ!海で生きていける訳ねぇだろーが馬鹿、三枚に下ろすぞてめぇ……!!」

 絹は大きな溜息を付く。そしていがみ合う二人に歩み寄って紅葉の頭を叩く。
 
  「行くわよ。紅葉」
 首根っこを掴まれ紅葉は絹に連れてかれる。紅葉は叩かれた頭を摩りながら絹に抗議している。その様子を佳直は笑いながら見送るのだった。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 緑道公園の中にある時計台が建つ丘に、街を見下ろしている海が居た。
  「……どうやら紅葉達との戦闘には負けたみたいだね。しょうがないか、絹に隊長格の人間が居るんだし。一人では当然の結果だね」
 海は右手を耳に添える。
 
  (――……やぁ蒼麻(そうま)。今ちょっといいかい?)
 
  ――構わねーぜ。何だ?――
 
  (今直ぐに雲妹出身の者を解放してよ。もうそいつらは用無しだ)
 
  ――……何だ藪から棒に……。あいつ等を解放ってどういうことだ――
 
 海は笑みを浮かべる。
 
  (蜘蛛族の長と交換条件交わしたんだ。長の条件飲んだからね、だからさ)
 
  ――また勝手な行動すんなよな……――
 
  (どうしても彼女に会いたくてね……我慢出来なかったんだ)
 
 蒼麻が溜息を付く。
 
  ――……わかった。塞晃(さいこう)様に伝えておくよ――
 
  (頼んだよ)
 
  ――おう。んじゃ――
 
 
 
 念話が終わり、海は添えた手を下ろす。微かに笑い、高まりそうになる笑いを抑えて肩を震わせる。
  「……くくっははは……これで少しは面白くなるだろう。潰し合って減ればそれでいい――」
 小さく笑いながら海は姿を消す。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  (いい?今私が言った事を同時に云うのよ)
 
  ――何回も同じこと云わなくても分かってるって――
 
 


 北と南に分かれ、街を囲う城塞壁の上に紅葉と絹は立つ。
 
  ――念話を繋いだまま始めるわよ――
 
  (了解)
 
 紅葉はゆっくりと息を吐きながら、左手の人差し・中指を立て口の前に立てる。
 
 
  「――繚乱せし地霊の讃歌……五行司る精霊の叫び、我を通じ鬼門へと通ず……」

 赤み帯びた光が紅葉を包み、足元から2本の赤線が伸びて大きな弧を描いていく。
 
 
 
 
 絹も紅葉と同様に赤い光に包まれていて、足元から伸びる二本の赤線は、街を覆う大きさの円になっていく。

  「我、地上に生きる分身の一人。火を司る永久の灯を照らす聖霊よ……我等の声に応えよ……」

 一つの大きな円の中に星が描かれていき、五つの文字が刻まれると大きな譜陣が赤く光り出す。
 双方の声は念話を通じてそれぞれの頭の中に声が響く。見事に揃っている紅葉と絹の声はそれは綺麗で、心に沁みる様だ。
 

  『永久の灯、地深く閉じ眠る閻魔へと運ぶ方舟なり……天地に分け魂を裁き、必須あるべき姿へと導きゆかん……劫火海錬夜続拝塊、如何なる者にも劫火を与えん!怒涛の矛先全て昇り降り注げ!解禁――閻魔開門(えんまかいもん)!!』

 
 円の外側から内側に向かって炎が渦を巻き、中心に集まり一度収束し爆発するかの様な勢いで巨大な火柱が立ち昇る。ワラサを覆い尽くす火柱が暫く立ち昇り、落ち着くと、辺りに火の粉が舞う。
 
 
 
  (あんだけの火柱上がったけど、街は大丈夫なの?)
 
  ――大丈夫。卵以外に害は与えないわ――
 
 絹の言う様に街に害はなく、卵にだけ火が付き燃えていく。
 
  (……絹、あの人と仲直りしてな)
 
  ――……霞が許してくれる筈ないわ……私は……――
 
  (私が仲取り持ってあげるから。仲直りしよ!)
  
  ――……そうね。そうなればいいけど――
 
  (なればやなくて、なる!)
 
  ――ふふっ……そうね――
 
 
 
 
 
 街中にあった十二の卵は全て燃えて消えていった。
 これで、この街が住処の手始めにならずに済み、何事も無かったかの様に静かな夜を迎えるのだった。
 
 
 ワラサに、鮮麗な音が鳴り響く。緑道公園の時計台の鐘が戦いの終わりを告げる――。
 
 
 
        二章⑨  終わり