「……話?私に?」

  「そう。大事な話。君のこれからに関係することだよ」

 少年は紅葉から離れると、背を向けて歩き出し、語り出す。
 
 
  「――まだ名を名乗ってなかったね。僕は海(かい)、神族でもあり悪族でもある中立の人間だよ。ま、神国の人達は僕のことは知らないだろうけど」

  「…………」

 少年――海は紅葉を振り返り続ける。
 
  「君はこれから故郷の与世地聖の神国に戻って生きていく。だけど、本当にそこが故郷だと思う?君には辛い結末しか待っていないっていうのに……どうだい?僕と一緒に来ないかい?なら君の〝本当の故郷〟に僕が連れて行ってあげられる。悪くない話でしょ?」

 海は手を差し伸べてくる。

  「それにいずれ破滅する世界で君が犠牲になる必要なんてないんだ。神国や悪国とは違うやり方で世界を変えたくないかい?自分の望んだ世界を手に入れる為に」

  「…………」

 紅葉は少年を睨んだまま答える。
 
 
  「……悪いけど、初対面の奴に付いて行く程お人好しじゃないんで。何云われても付いて行かない」
  「…………まぁそう答えると思ってたよ。でも〝いつまで〟そう云ってられるか楽しみだね」
 海は街を指差し、顔を紅葉へと向ける。
  「君の仲間の元に彼女は向かったよ。計画を邪魔する者を排除しに」
  「計画……?」
 海は腕を下ろし、視線をうっすらと光が灯る街に向ける。
 
 
  「彼女は悪国を潰す勢力を作る為にこの世界を自分の配下にするつもりなんだよ。この街はほんの手始め……全ては悪国に対する復讐だよ。これまでに犠牲になった一族の為にね」

  「一族の為でも、余所巻き込むまでする事じゃないでしょう!!――」

 紅葉は走り出し、丘から飛び降り街の灯り目指して行く。海は見えなくなっても紅葉の背を見つめ続ける。
 
 
 
  「……何時か僕の事思い出してくれると信じてるよ、紅葉。僕を救ってくれた様に僕も君を救ってみせる……絶対に――」
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「…………全部片付いたか?けっこうな数だったぜ……」

  「なに?もう疲れたの?」

  「はっ……んな訳ねぇだろ。こんなんでへばる程俺は華奢じゃねぇよ」

 刀を肩に担いで胸を張る佳直を見て、絹は表情を緩ませる。だが、宙に浮いている毛糸玉を見上げると、険しそうな表情に変わる。
 
 
 
  「あれ、卵だろ。まさか孵化しかけとかなんてことは」

  「それは大丈夫。全体が薄くなっていないもの……だからといって安心は出来ないわ。一刻も早く長を倒して卵燃やさないと大変なことになる」

  「燃やすって……一個ずつ何て手間の掛かるだけだ。この街覆い尽くす程の符術何てあんのかよ?」

 佳直が刀を担いだまま絹を横目に見る。

  「あるわ。でも、それをするにはもう一人符術士か扱える人が要るわ」

  「んじゃ適任がいるな。紅葉とやればいいだろ、壁剥がし扱えたんだ。素質ぐらいはある」

 絹は溜息を付く。



  「……全く何してんだか。紅葉ったら……」
 
 
 
  「――彼女なら今来れないわよ」
 
 
 
 頭上から降ってきた声に二人はその場から飛び退き、見上げながら構える。絹の顔付きが変わり、小さく声を漏らす。
  「……やっぱり貴女が今の蜘蛛族の長だったのね、霞……」
 その言葉に佳直は目を見開き、宙に浮く霞は絹を凝視する。
  「変わってないわね、全然。……久しぶりね。十七年ぶりになるかしら?あの節はどうも」
 互いに見合う二人はそのまま動かない。驚いた表情のままの佳直は、絹を横目に見ながら訊く。
 
  「……おい絹。どういう知り合いだお前等。何で悪族なんかと面識が」

  「――もう悪族ではないわ。ただの蜘蛛族よ。ちょっとした縁があったのよね?絹」

 霞の言葉に絹は軽く唇を噛み締める。
  「相棒の美里亜はお元気かしら?」
 霞は妖艶な笑みを浮かべそう訊く。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「あーもうっ!!なんだこいつ等はーっ!!!」
 
 
 街に入った途端何処も彼処も気味悪い縫い目がある人間や動物と合体した人間、巨大昆虫で溢れていた。獲物と認識され今現在追われている途中。
 
 
 紅葉は地面を滑りながら止まると、空間から長刀を引っ張り出し構える。途端目付が変わり、雰囲気も変わる。

  「……少し表に出させてもらう。失せるがよい――」

 雪崩の様に迫ってくる敵をギリギリまで引き付け、長刀に稲光を纏わせる。

  「――雷刀・発!!」
 
 地を蹴り、敵にへと走り切り付けて行く。一回転し、周りに居る敵を宙に浮かせる。
  「――雷神の制裁よ轟け、子拘爆雷陣(しこうばくらいじん)!!」
 地面に長刀を突き刺すと同時に地が割れ、雷撃がはしる。空を飛ぶ虫も巻き込み、黒焦げにする。
 
 
 やられたものを踏み越えて新たに敵が紅葉に向かってくる。紅葉はその場を動かず、片腕を上げ手を前に出す。
 
 
  「……百零氷結(ひゃくれいひょうけつ)……」
 

 辺りが急に冷え込み始め、パキパキと音を立てながら全てが氷付けになっていく。

  「――髄まで氷る寒さ……それは水神の心を完全に閉じさせ冷えさせたことを表す。自然の驚異を示し、過ちを正せとの導きの声なり……」
 
 完全に全てが氷り付き、見事な氷の世界を作り上げる。その世界に一人佇んでいる紅葉は少しおぞましさを感じさせる。
  「また〝あの時〟になる日が近い……もうそれは逃れられない運命……」
 伸ばした手の平を上に向ける。 
 

  「塵無散消(ちむさんしょう)――」

 
 手の平を握ると、氷り付いた世界が粉々になりキラキラと欠片が宙を舞う。その光景は心を奪う程幻想的で、美しい――。
 
 
  「……再び同じ運命を辿るのか、回避するのか。定められたものを変える力を見せておくれ、主よ――妾を宿す器となった主の辿りし道……抗い自らの力で切り開いてみせよ――」


 細められた目が和らいでいき、瞬きをすると何時もの紅葉の目付になる。
  「…………?」
 辺りを見回すと、広い範囲何も無い。風が吹き、紅葉の黒髪が靡く。
  「……??私、何してた……?」
 左手に握る長刀がバチッバチッと音を立てる。

  「あー……戦闘でもしてたのかな?覚えないけど」
 
 
       *  *  *  *  *  *
 
 宙に浮く霞と地に居る絹は見合ったまま。霞がゆっくりと地に降り立ち、口を開く。
  「答えてくれないの?相棒はお元気かしら?」
  「…………」
 絹は軽く唇を噛み締めると、俯く。
  「……行方不明よ。十七年前の悪族の襲来から……生死も分からないわ……」
  「……そう」
 霞は腕を組み、続ける。
  「じゃあ貴女が此処に居るのは、探す為って事よね。よくもまぁ十七年も頑張るわ」
  「…………」
 
  「だけど、もう諦めて仕える人を見つけたようね」
 

 絹はその言葉に怪訝そうな顔をする。それを見て、霞はクスッと笑みを浮かべる。

  「紅葉って子……美里亜に似ていたけれど、何か関わりがあるのかしら?」

  「まさか……紅葉に何したのっ!!?」

  「彼女に会いたいという人がいてね。その人の前に連れて行っただけよ。――安心なさいな、この土地に居るわ」

 霞の言葉に絹は安堵した表情を見せる。霞は高笑いをし、肩を震わせる。
 
 
  「……そんなに大事?あの子が。あんな弱輩の反応しかないのに。あんなんじゃ戦場に立っても直ぐにやられるわよ?」
 
 
   (俺も初めはそう思った……だが、海友の云う様に三神力の何かを授かっているのなら違う。――覚醒していないだけで腕はある)
 
 
  「お前の意見は確かだ。だが、ああいう奴に限って腕が立つって事もあんだぜ?」
  「どうかしら。役に立たないのなら私が喰らってあげてもいいんだけど。美味しそうな血してそうだし」
 霞は指先を舐める。
 
 
  「それは私が許さない!」
  「あぁら怖い顔しちゃって。殺気だって恐ろしい……」
 霞はバッと腕を広げて指先から糸を出す。絹達は深く構え、何時でも動ける様にする。
  「貴女は何をしに此処に居るの?神国に姿見せたみたいだけど……」
 
 
 
  「――住処作り」
 
 
 
 その言葉に二人は目を見開く。

  「悪国を潰そうと思っててね。勢力を大きくしようと神国に出向いたけど……影で繋がってたら厄介だから止めにしたの。だったら何が良いか……」

 宙にゆっくりと浮き始める。

  「一族を増やして機会窺うのが一番。だから此処はほんの準備段階。それを貴女達は邪魔する気でしょう?」

  「そんな事したら四国均衡が崩れてしまうわ!そうなれば今より状況が酷くなって……」

  「だからってこのままにしておくの?好き勝手にして何しでかすか解らないあの国を、均衡だといって放置しておくつもり!?」

 霞の表情に怒りが交じる。


  「幻の力か知らないけど……そんな物の為に数えられない程の人が死んでるのよ!?行きたくもない戦場に駆り出されて死んだ人も居る!!私達蜘蛛族だってそうよっ!!戦闘能力を買われただけの数合わせ駒……!」


 ギリッと奥歯を噛み締め、霞は叫ぶ。
 
 
  「いい加減嫌なのよっ!!!たかだか力を欲するが為の犠牲に巻き込まれて……使われるのが当たり前みたいなあいつ等の云い方・あの態度……!!断ち切る為にあの国を潰すっ!!邪魔をするというなら絹!!貴方でも容赦しないわっ!!!」 

  「――危ねぇ!!」
 
 いきなり左右から糸針が飛んでくる。絹と佳直は避けその場を離れる。放たれた糸針が一つに纏まり、蛇と化して口を開け、佳直目掛けて飛んでくる。
  「げっ!??俺の方かよ――」
 後ろに跳びながら下がり距離を開けて行くが、徐々に詰められる。
  「――チッ!!」
 刀を抜き、突っ込んでくる蛇の頭を受け止める。ビリビリと衝撃が腕に走る。地面を削りながら後ろに押されるが、止まっていく。
 
  「はっ、久しぶりに火が付くぜ……!!」

 佳直は口を広げて笑う。
 
 受け止めるのを止め上に跳ぶ。蛇は地面に頭を潜らせ、跳躍した佳直は蛇の体を駆け登って行く。
  「少しばかり壊させてもらうぜ」
 後ろに迫って来ている蛇の頭を確認する。

  「――球岩封じ」

 蛇の体から飛び降り、降下していく佳直を追い掛けて蛇は大口を開ける。
 
  「残念!」

 建物が細々に崩れて蛇の頭を覆い、動きを封じる。佳直は宙を蹴り飛び上げる。そして球岩を下に向かって蹴り落とす。蛇と化した糸針が形を崩し、風に飛ばされる。
 
 
  「ふぅん、地の能力者」
  「――よそ見は禁物よ、霞!!」
 

 絹の短刀を霞が長い爪で受け止める。

  「今直ぐ計画を止めて。止めると云うのなら私は……」
 
 
 
  「殺すつもりできなさいよ、絹」
 
 
 
 霞は空いている手の爪を伸ばし、絹の顔目掛け突き出してくる。絹は横にかわすが微かに頬をかすめ血が垂れる。絹は建物の屋上に降り立ち、霞は宙に浮いたまま。
  「いくら貴女に恩があっても、一族の未来が賭かってるの。みんなを救う為だったら私は恩人にだって刃を向ける!!」
 左右の指を器用に使い、絹目掛けて糸を伸ばし、絹を球体の中に閉じ込める。
  「バラバラになって死になさいっ!!」
 糸を引こうとした時、球体が燃える。霞は糸を切り離し距離を空ける。
 
  「……貴女のその炎の能力嫌いだわ。攻撃何一つ効かないもの」
 
 
 両腕・両足が炎に包まれていて、絹は顔を上げる。
  「接近戦は得意じゃないけれど……そうも云ってられないわね」
  「ふふっ。……ようやくその気になったみたいね」
 
 
 
  「俺も居るって事忘れてねぇか?」
 
 
 
 佳直が絹の向かいの建物の屋上に居る。
  「……そうだったわね」
 絹と佳直の間に霞は挟まれている状態。でも、霞は笑っている。
  「ふふ……あはははっ!楽しくなってきたじゃない、いいわ。――此処を貴女達の墓場にしてあげる!」
 
 
 今までとは違う鋭い目付は殺気だっている。
  「さぁ……じわりじわりと弱めて殺してあげるわっ!!」
 
 
 霞の背中から黒い触手が生え、羽を広げる様に広がる。
 
 
 
        二章⑦   終わり