港から歩いて十五分。広場に辿り着いた紅葉達は、静まり返っている広場に足を踏み入れる。
 
 
 
  「……此処に何かがある。確かに怪しい雰囲気だけど」
 
  「何かってのはわかんないな」
 
 絹と紅葉は辺りを見回しながらそう口にする。佳直も同じように見回すが、特に変わった風は無い。
 
 
   (何で此処だけ結界が張ってあったんだ?一体何が……)
 
 
 佳直は歩き始め見回しながら思考する。
 
 
 紅葉は広場中心にある噴水に目を止めた。じっと噴水を見つめていると、キラッと何かが光るのが見えた。目を凝らすと細い糸の様なものが見え、波打つ。糸が見えると噴水周りに何本も糸が張られていて、それらは一つになって空に向かって伸びていた。
 空を見上げてみるが、一つになった糸が何処に繋がっているかまでは見えなかった。
 
 チラッと絹の方を見ると、一緒になって空を見上げていた。丁度目が合い二人は頷き、行動に出る。
 
 絹はその場を動かず、懐から出した札を噴水上空に向けて放る。放られた札は空に登り、二百m位のところで円を描きながら回り譜陣を作り出す。ここで佳直が気付き、絹に声を掛ける。
 
  「何やってんだ絹」
 
  「この広場に何故結界が張られていたのか……その答えを今から掘り出すの」
 
  「!?分かったのか!」
 
 噴水周りの地面にも札を放って同じ譜陣を作る。
 
  「噴水をよく見ればわかるわ。――紅葉!下にも譜陣を張ったわ!」
 
  「了解!」
 
 紅葉はしゃがみ、見えない速さで上に跳び上がる。上空に浮く譜陣の上に降り立ち、しゃがんで片膝を付く。右腕を振り上げ、譜陣の中心に振り下ろし突き抜けると、虹色の波紋が広がる。探る様に手を動かし、“何か”を掴んで握る。そして――。
 
 
  「――同調せし異物、ここにきたり――」
 
 
 拳をゆっくりと引き上げ拳が譜陣を越すと、地上に風が吹く。すると地面が揺れ始め轟音が響き渡る。
  「何だ……?」
  「佳直。港に悪族が集中し始めてるわ。行きましょ――」
  「お、おい――」
 絹は佳直の袖を引き、二人はスッと広場から姿を消す。
 
 地面が盛り上がり、綺麗なレンガ造りも噴水も壊れ、水が噴き出す。地中から巨大な白い毛糸玉がゆっくりと引きずり出され、姿を見せる。
 
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「!!?……誰か引きずり出したわね!私の子達に手出しさせないっ!!」
 
 木の枝に座っていた霞は飛び起き、勢いよく手から糸を出し移動し始める。
  「邪魔はさせないっ!!」
 とてつもなく怖い形相で霞は街の中に入って行く。
 
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「おい、あいつ置いて来ちまったけどいいのかよ!」
 
  「大丈夫。あの場は紅葉に任せて、私達は退治するわよ」
 
 絹に引っ張られ一瞬で違う場所に来たと思えば、そこは蜜蜂鳥の拠点の造船所前だった。離れてから余り時間が経っていないのに、随分と雰囲気が変わっていた。重苦しくて、殺気に満ちている。
 
 
  「悪族の始末は分かってる!さっきの広場で何を見つけた?教えろ!」
 
  「……あの広場で私が張った譜陣は、〝壁剥がし(へきはがし)〟の譜陣よ」
 
  「あの広場の空間と何かが同化してたのか?同化してるとはいえ普通は気配感じ取れる筈だ。それが感じ取れねーなんて……」
 
  「気配すらも感じ取れない完璧な同化、それが出来るのはあの一族しかいないわ」
 
 ワラサの街のあちこちから白い球体がゆっくりと浮上してくる。その数――十二。
 
 
 
  「……あの球体で誰か何て一目瞭然だわ。蜘蛛族の長ね、この街を襲ったのは」
  「蜘蛛族か……。まさかこの一月、姿見せなかったのってこれが答えかよ……!」
 佳直は舌打ちをする。
  「気になってたんだけど、街の人達は何処に行ったの?」
  「近くの廃村に避難してる。蜜蜂鳥の奴等ももうそっちに行ってる筈だ、存分に暴れられる」
  「そう……」
 
 
  「――敵のお出ましだ。良い準備運動代わりになりそうだ」
 
 
 佳直はにっと笑い刀を抜く。
  「甘くみてると死ぬわよ」
 絹も構え、街からや海の中から次々と姿を現す奇妙な人間達と向き合う。身体のあちこちに縫い目が施され、血の気はなく死人同然に白い肌をしている。瞳に光はなく、虚ろで何も見えていないようだ。
 街の外からは巨大昆虫の集団がやってくる。様々な種類が入り乱れ、羽音が耳障りに五月蝿く空気を振動する。
 
  「足手纏いだけは止めてくれよな!!」
 
  「その言葉、そのまま貴方に返すわ!!」
 
 飛び掛かってくる海上・地上からの敵と二人は戦闘を始める。
 
 
 
       *  *  *  *  *  *
 
 広場に残された紅葉は、白い球体を完全に引っ張り出したのを確認して下に飛び降りる。着地し、地面に張られている札を剥がし懐にしまう。指を鳴らすと、上空の譜陣を作る札がはらはらと落ちてくる。それも懐にしまうと、息を付く。
 
 
  「――さて、こっからだけど……」
 
 
 紅葉は地を蹴り跳び上がる。空間から長刀の柄を掴み引っ張り出すと、白い球体を真っ二つに切る。だが――。
 
  「……駄目だ。刀じゃ傷一つつかない。燃やすかせんと無理か……」
 
 糸の弾力により衝撃は緩和され、表面しか傷を付けられない。それに切り裂いた傷口がもの凄い速さで再生し始めあっという間に切り口が消えてしまう。
 
 壊せないなら一気に燃やしてしまう他ないかもしれない。糸ということは炎には弱いはずだ。
 
 
 
  「――ええ、よく燃えるわよ。炎なら……でもそんなことさせない」
 
 
 
  「!?誰っ!!?――ふむっ!??」
 
 上空から降ってきた声に反応を示したが遅く、口にいきなり白い糸が巻き付き、腕にも足にも絡み付いてくる。スゥッと宙に浮き始め、糸で縛られた腕をがっしりと掴まれる。
 
  「さぁ……一緒に来て貰おうかしら、紅葉」
 
 耳元で女の声がする。睨み付けると、女が微笑んでいた。
 
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 地上や海上から死人の集団、街の外からは巨大昆虫の集団、収まりつつあった筈の戦場に相手方の数が勢いを増して増えていく。
  「おいっ!何か数増えてねーか!?」
  「この土地に居る全部が合流したのよ!全部始末するまで気を緩めないで!!」
  「分かってるよ!!」
 
 
 背中合わせでそう会話する絹と佳直は離れ、戦闘を再開する。
 
 
 
 佳直は接近戦、絹は中・遠距離戦と隙を見て佳直を援護しながら戦っていた。倒しても倒しても目の前や周りを埋め尽くす奇怪な光景に、佳直は舌打ちする。
 
  「ったくうじゃうじゃと……くたばれ、守岩槍陣(しゅがんそうじん)!!!」
 
 刀を地面に突き刺すと、地面から針山の如く何万本もの岩の針が現われ一気に三百は仕留める。
  「周りだけでもやり易くしとかねーと……!?」
 横からいきなり犬の頭だけが大口を開け、佳直の顔目掛けて飛んでくる。顔に噛み付こうとするのを左手で防ぎ、噛み付かれた手からは血がポタポタと滴り落ちる。
 
 佳直は口の端を上げ笑うと、噛み付かれた佳直の左手が突如爆発する。犬の頭部は吹っ飛び、無残にも粉々となり残骸が辺りに飛び散り、血の臭いが広がる。
 
 
  「――まだまだこれからだっ!!」
 
 
 大量の敵が雪崩の様に襲い掛かってくる。
 
 
 
 
   ―  絹の方は  ―
 
 
 
  「……佳直の方より多く感じるのは気のせい……?」
 
 弓を片手に握り、周りを見回しながら絹は苦笑いを浮かべる。じりじりと近付かれながら何時しか四方八方囲まれてしまった。
  「追い込んで袋の鼠にしたつもり?」
 矢筒から一本矢を取り出し、キッとした視線を敵に向ける。
 
  「甘くみたこと後悔なさいっ!!」
 
 矢を構え空に向ける。
 
  「――弓矢旋演舞(きゅうやせんえんぶ)、時雨!!」
 
 上空に放たれた矢は桜色の光を纏い高く上昇する。速度が落ち、下に落ちるその時、矢が桜色の球体に吸い込まれ光が四方八方に分散し、数え切れない程の数になる。
 目にも止まらぬ速さで地上に光が降り注ぎ、絹を囲んでいた敵が次々と光の粒子に変わっていく。広範囲を攻撃し、瞬時に仕留めに数が減る。
 
 襲い掛かってくる敵に接近して短刀で切り付け、急所を的確に突き致命傷を負わせる。切り付けながら絹は詠唱する。
 
 
  「――……地獄の炎と化し燃やしつくせ、包魔火判(ほうまひばん)!!」
 
 
 絹を包み込む様螺旋状に炎が立ち昇り、先端が何股にも分かれて地面に落ちていく。雪崩の様に敵を飲み込んでいき辺りを灼熱の炎の海にする。
 数え切れない程の敵が跡形も無く消し去られた。だが新たな敵が遠くからやってくる。
 
  「まだまだ序の口、次掛かってきなさいっ!!」
 
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  「……今の火柱に微かな地響き、戦闘が始まったみたいだ。まぁ相手は雑魚だから直ぐに片付くだろうね」
 
 緑道公園内に聳える時計台の天辺に立つ少年は、微笑んで街を眺めていた。辺りは日が暮れ始め、空が茜色から夜に移り変わろうと暗くなりかける。少年が何かを感じ、笑う。
  「来た……」
 少年は下に飛び下り、森から姿を見せ近付いてくる霞を見やる。
 
  「ボウヤの云う通り、捕まえてきたわよ」
 
 霞は紅葉を放り投げる。無造作に放られ、地面に顔面を強打する。
 
  「いった……!なによいきなり!?放り捨てることないでしょ、このあほんだらっ!!」
 
  「……うるさいわね」
 
 霞は溜息を付き踵を返す。
 
  「待てこらぁっ!!人を……こんなとこ連れてきといてぇ……っ!」
 
 去って行く霞の背を睨み付けながら腕に巻き付いたままの糸を解こうともがいていると、目の前に誰かが立つ。見上げると、紫髪の少年が微笑んでいた。
  「切ってあげようか、紅葉」
  「…………」
 
 
 
 
 
 腕と足に巻き付いた糸を切ってくれた少年から素早く離れ、紅葉は警戒を露わにする。
 
  「……そう睨まないでよ。君を此処に連れてくる様に彼女に云ったのは僕なんだから」
 
  「誰あんた。私になにか用?」
 
 少年は眉尻を下げ、悲しそうに微笑む。
 
  「……流石に十年となれば記憶も薄れるか。仕方ないけど悲しいね、現実は」
 
 そう云うと、こちらに歩み寄って来る少年に紅葉は後ろに飛び退き距離を取るが、少年は構わず近付いてくる。いつの間にか木の幹に追いやられ、少年は紅葉の顎に手を伸ばす。
 
 
  「……綺麗になったね、紅葉。今直ぐにでも君が欲しいよ」
 
  「…………」
 
 
 少年は微笑んだまま、紅葉の唇を親指の腹でなぞる。
 
  「今日は君に会う為ともう一つあるんだ。大事な話があってね」
 
 少年のにっこり顔に紅葉は寒気を感じた。
 
 
 
        二章⑥   終わり