今では「健康運」という言い方で、すみっこに追いやられているが
昔は病気のことを占う「病占」(びょうせん)は、
よくなされていたので、けっこう記録が残っている。
今でも、チベットやインドでは、病気の治療をはじめる前に
占いを行う。
まあ、聞くのは寿命だったり、この病気で死んじゃうかも
ってことだったりするので、
だから、占い嫌だぁ~ こわい! って拒否反応されるのだろう
チベット医学のお医者さん曰く
何をどうやっても治らないなら、
余生を本人が望む生活を用意してあげることが大事だ
という。そだね。俺もそう思う。
糖尿病の治療で、食べ物制限されて長生きするくらいなら
好きなもの、好きなだけ食って、心筋梗塞でも脳溢血でも
一気にサクッと死んじゃうほうが理想的っすのぉ(^。^)
これが、俺の生き方だし。
この病占、おもしろいもので
前世で悪いことしたからその報いで、そういう死に方をする
だとか
誰かに呪われてる、恨まれているから病気になった
とか、占いでわかる。
50代前半 女性
俺とそれほど年は変わらないはずだが、
髪はパサパサだし、顔色悪いわで老けて見える。
最初にお会いしたとき、てっきり70代後半だと思って話してた
(テヘペロ)
本人曰く、何か霊に取りつかれてしまったため、
国指定の難病にかかってしまったという。
なので、霊力がありそうな占い師を見つけては
「あなたの霊力で、わたしの霊を払ってください」と
お願いしているが、誰がやってもうまくいかないとのこと。
「相談する占い師さん、みんな言ってることが違うし」(そりゃそうだろ)
「わたしに取り付いている霊はいったいなんですか?」(知らねえよ)
「何も悪いことしてないのに、病気にさせられて悔しいです」
(病気は善人、悪人関係なく、誰でもなるものだし)
「えせ占い師ばかりで、本物の占い師はいないのでしょうか?」
(だったら、俺のとこ来るな!)
逐一、ていねいにツッコむが聞いちゃいねえ(^_^;)
(統合失調症がプラスされそう←さすがにこれは言えなかった)
まあ、この手の話は、とうぜんのごとく
占い師、インチキのネタにされるわけだが
占い師側から言わせてもらうと、当たると迷惑なハズレ客である。
高い金でもいただかないと、親切心につけこんで
昼夜問わず、無料で相手をすることになるし、
病人だから、負のオーラ全力で
病人なのをいいことに言いたい放題と
その人らしさ、人間らしさがなくなってくるからである。
それって、霊にとりつかれて、人格が変わったからじゃないの?
っって、もちろんそういうときもあるのだが・・・
そうであっても、きちんと気を保てていれば、正しい病人でいることは可能だ。
これは、霊にとりつかたというかただけでなく、
病気をしたことで、性格が凶暴になったり、
逆に落ち込みすぎるほど落ち込んでしまっているときにも言える。
がんの患者の8割はうつ病も併発するという研究結果もあるように
正しい患者でいるほうが、難しいのかもしれない。
この方の場合
霊を取り除けば、国指定の難病が瞬く間に治る
そう信じている時点で、病人として正しくないのである。
何が正しくないかというと、
一般的には、「霊を取り除けば」のところに目が行ってしまうが
正解は、「国指定の難病が、瞬く間に治る」と思っているところが
正しくない。
難病は治らないから難病なんだし、
ましてや、またたく間なんてありえない。
(一刻でも早く、瞬く間に治してくれる薬を開発されることには
期待するけど。)
病気をかかえた自分でも、これまでの自分と同じで
自分の人生を生きるのが正しいのである。
自分の意志で、この病気を克服するんだ!
そのために協力してくれる、支えてくれる医者や占い師を
探すんだ!占い好きだし、信じてる
ってなら、気は病んでないのでご協力できるかもしれない。
わたしが信じている神や仏や占い師様が
救ってくださる。ありがたやありがたやってのも
その人が自分で選んだ人生であれば、気は病んでいない。
が
すごい占い師が私の霊を払ってくれれば病気が治るんだ!
ってのは、気が病んだ他力本願なので、アホくさくて付き合いきれん。
そのノリで、
書き込みに同じ病気を治してくれた神や仏や医者や占い師がいるから
わたしの病気も治してくれるでしょと思うのは、気が病んでいる。
病占は、健康なときは
こういう病気にかかりやすいということを教えてくれる
病気の種類は多数あるが、7割方はゆっくり進行して発症する。
コロナのような感染症や、食中毒といった急性は3割だし
それについても、対応法はある。
こんな病気にかかりやすい、
だから食べ物に注意しようとか
運動しようとか、
こうした養生をしていくことは正しい患者といえる
インドやチベットでは
いつから治療をはじめたらいいとか
こっちの方法とあっちの方法があるけど、治療はどっちがいい?
なんかも占って決める
自分のところでは治せないけど、治せる医者を知っていれば
紹介して、自分の見立てと占いの命式を書いて患者に持たせる。
そこまで行く交通費がないときは、カンパしたり、立て替えたり
連れっててくれそうな人に頼むこともする。
高い薬を使うときは、金のある医者のところに行かせる。
患者に支払い能力がなくて、お金が払えないとしても、
金のある医者は仕事が続けられるからだ。
貧乏な医者だと生活できなくなる。
占い師がインチキなのではなく
気まで病ませてしまう医療体制や
看病の本質がわかっていないことのほうに目を向けるべきだ。
家族や知人の人格が変わってしまい、
そのひとらしさが失われてしまうと
本人の戸惑いはもちろん、
周辺で看護する人たちにも影響を及ぼす。
病気になっても、自分らしさを忘れないことは大事なのだ。
けど
日本の場合
病気に負けないで、戦おうとか
平均寿命以上生きていたいとか
経済的な不安とか
なんで病気になったの! 責めたりとか
あれを食べちゃだめ、嫌いというけど健康にいいから食べろとか
薬はよくないだの、医者は信用できないだの
余計なお世話が多すぎる。
名医になる人は1000人は殺している
という悪魔なことわざがあるように
占い師のところに来るお悩みは、優れた占い師になるために
同じ事例が何度も来る。
医者と同じで、失敗しても、嫌になっても、何度でも来る。
正しい患者が来てくれれば、治療の糸口は見つけやすい。
ひとのこと悪く言うと気は病んでしまうので、
正しい患者でいたければ、まずは他人を悪く言わず
ハズレはほっといて、評判だけでなく
自分の気に入った医者や占い師を探すことだ。
治療も人生の一部、
楽しい気持ちになれる人たちと
人生を共にするべきである。