もうすぐ四十九日を迎えます
四十九日までは普通に家にいるっていうから
毎日娘が好きなものとか
娘が食べたいだろうなってものをできるだけ用意して
一緒にごはんを食べている
私には声は聞こえないし
夢にもでてこないけど
ずっと一緒だと信じているし
娘はきっと今こう思っているだろうな、と思うことが、きっと正解なんだと思っている
お通夜にきてくれたり、弔電やお手紙をくれた娘の友達みんなに、手紙と写真を送った
みんな、娘の分も元気に幸せになってほしい
それぞれの道の先々で、時々娘のことを思い出して、未来のいろいろな景色を娘にも見せてくれたら嬉しい
そんなことを書いた
弟たちはそれぞれ部活がとても楽しくて、がんばれるものがあって救われている
正直きちんと向き合うことを避けている
ちゃんと向き合ったほうがいいのかな
と長男に言われたけど
それでいいよ、と私は答えた
目の前の今日を楽しく普通に過ごして
一日一日を積み重ねて
時間をやり過ごしながら
そのうち自分なりに向き合えるようになる日がくるのかな、と思う
息子たちの存在は本当に救いで
部活の遠征で1週間ほどいなかった息子が帰ってきて、心底ほっとした
待ってる人がちゃんと帰ってくるって
ほんとに嬉しいことだと思った
付き添い中、よく娘の頭をなでていた
小さい頃みたいに、いつもおとなしくなでられてくれていた
今も夜寝る前に、遺影の頭をなでて、おやすみと言う
娘がここにいる、と感じる