女性像の象徴的表現 | 湧flow

女性像の象徴的表現

葛飾応為の絵に惹かれたことがきっかけで、北斎漫画(ビデオ)をみてみました。

映画自体は1981年制作なので、かれこれ25年も前の作品です。
葛飾北斎(緒形拳)、お栄=応為(田中裕子)、滝沢馬琴(西田敏行)、おなお(樋口可南子)…などなど、いずれ劣らぬ芸達者の役者さんがずらり。
残念ながら、お栄が絵を描いてる映像はなく、また、これだけの役者さんがそろってたら、もうちょっとなんとか…、いやもったいない…と思いつつ、ついつい最後まで観て、久々の夜更かし。体調不良です(^^;)。
「葛飾応為に関して知りたい」という気持ちの方は、 ちょっと消化不良。他に情報を求めて、北斎とお栄が登場するという杉浦日向子さんの百日紅をアマゾンで注文してしまいました。
映画で面白かったのは、それぞれの役者さんのお若さ(^^;当たり前ですが…)。
今よりも若くて、胴回りも一回り半くらいスリムな西田敏行さんをみて、初めて西田さんを観たときのことを思い出しました。
この映画制作の5~6年くらい前(Σ(゚д゚;)げっ30年も前?)だと思うのですが、観劇が好きな母について劇団の地方公演を観に行きました。その時の公演は、青年座の「私はルビー」。
ストーリーはシンプルで、確かミュージカル仕立てだったと記憶してます。その時の主役が西田敏行さん。
やはり後に世に出るだけの光を放っておられたのでしょうか、なんとなーくですが記憶に残りました。記憶に残ったのは、終わった後「あの主役の人とてもいいけど、もうちょっと、もうちょっとだけスリムだったらねぇ」と母と話したからかもしれません。失礼m(..)m。

もう一つ、映画を観ながら思っていたのは「女性像の表現」について。
十分に考察できなかったのですが、学生時代に「男性が女性像を描くのと、女性が女性像を描くことの違いは何か」という疑問があり、卒論のテーマを「女性像の象徴的表現」としました。
「北斎」「クリムト」双方の映画とも、「運命の女=ファム・ファタール」の象徴として、なぞめいた役の女性が登場します。画家が、モデルとして女性として執拗に追い求める存在として、似たような描かれ方をしていました。
私の人物画(裸婦)を個展で観た方(女性)が、「いやらしくない」との感想をくださいました。たぶん、そこに描かれている人物に「エロス」は表現されていなかったからでしょう。
モデルさんを描く際に、異性としての「性」を表現するかどうか、この辺が、私が昔疑問に思った「違い」かもしれませんサンダル