AmaとPro | 湧flow

AmaとPro

「ピカソは偉大なアマチュアだったと思う」と言ったある漫画家の話を聞いて、私は「ピカソと自分を同じ土俵に置くなんざ、たいしたもんだ(-""-;)」とちょっと反発を感じました。

この方は、「お金を払ってくれる人のニーズに応える人=プロ」という考え方からこの発言に及んだようですが、私は何のプロかによって違ってくると思います。
この場合、私が違和感というか反発を感じたのは、漫画家としてのプロと、アーティストとしてのプロという部分は分けて欲しい、というか一緒にしちゃいかんでしょ、というところからきています。漫画には漫画の使命があり、アートにはアートの使命がある。どっちが上か下かという問題ではなく、それが分別ってもんだと思うのですが、どうでしょう?
ボーダーレスの分野もあるとは思いますが、ここで話題になっているのはピカソ。やはりピカソは私の中でキングオブキング、アーティストオブアーティストなのです。


その後、使命の違いとは別に、「アマチュアとプロフェッショナルの違いはなんだろう」との考えが、私の中でエンドレス状態になりました(^^;)。
まず考えられるのが、その行為でお金をもらうかもらわないかの違い。これは非常にシンプルでわかりやすい分け方です。この時、「お金を出す人のニーズを意識して行為するかどうか」というのは、どんなジャンルのプロかによって異なります。
次に考えられるのが、職業としているかどうか。ここでいう職業とは、行為により得た金銭で生活しているかどうか。(職業は複数持つことが可能ですから、メインの職かどうかは問いません)この場合は、「デザイナーのなんとかです」などのように、自分で自分を「こういう職業の人」と定義づけします。
その次に考えられるのが、専門家か専門家でないか。専門家であるかないかは、第三者の判断により決まります。専門家って言葉は、なんだか適切じゃないように感じてますが、要は自分以外の人が「プロ」としての力量を認めるかどうかってことかなぁ…。

私自身を振り返ってみると、「絵ですか。いい趣味をお持ちですね」と言われるとカチンときます。
なぜカチンなのか?要は「あんたアマチュアですね」と言われてるように聞いてしまうからです。
辞書を引くと「アマチュア= 芸術・学問・スポーツなどを、職業ではなく、趣味や余技として行う人。」「趣味=専門としてではなく、楽しみにすること。余技。」(goo国語辞書より)とあります。
「わたしゃプロだから!」と胸を張って言えるほどの自信があるのかというと、また考えてしまいますが、「カチン」があるというのは、単に楽しみでやっているのではなく、もっと生きることの本質に近い部分で行っているつもりだからかもしれません。
私はそんなに強い人間ではないので、絵で食べる状況になると、つい、お金を払ってくれる人のニーズに応えなければいけないような気持ち(私はこれを「媚び」と呼んでます)になるのではないかという恐れがあります。
だから、絵描き1本で生きていくつもりはないのですが、かといって趣味では「カチン」とくる。今のところ、セミプロあたりが一番居心地の良いスタンスかなあし