ちょっと哲学してみよう、についてである。
宇宙って、果てがあるのか、ないのか、と考えようと思ったんである。
むかーしむかし、ビッグバンがおこったときに、地球の全てのものは『いっこのところ』に集約されていて、それがなんだったのかとか考えるとぐちゃぐちゃになるからやめとくけど、それがなんだかんだでバンッとはじけて、神様ってば、がらにもなくむっちゃびっくりして、ビッグバンとかなんとかいって、宇宙が出来たんである。
で、爆発したあと、どうも宇宙ってのは今も広がってるらしいんである。
どこに向かって?
もちろん、外に向かって。
何もない、外に向かって。
外側がなんなのか、それを突き詰めていくと、これも面白いんだけど、今回はそれは置いておいて。
それで僕は、広がってるのはいつか止まるんですかね? と自問するのである。
あっさり答えてしまうけど、僕は、とまらないと思ってるんである。
宇宙には一番外側があって、それはどこかわからないし、宇宙は宇宙が始まったときから広がっていて今も広がっているんだから人間なんか、まして僕なんかに追いつけっこないんだけど、宇宙の一番外側を外に向かって走ってるやつらは永遠に疲れを知らず、宇宙を広げ続けると、僕は思ってるんである。
なぜなら、ぼくは僕として、ここで一人なんである。
『いっこ』なんである。
宇宙に果てがあって、外側に向かって走ってるやつらがいつか速度を緩めたとする。
そしたら一個の宇宙が出来上がるんである。
で、そしたら、僕は僕として何人も・どこにでも・いつにでもいたっていいはずなのである。
そこにも、ここにも、日本にも、フランスにも、エチオピアにも、ジュラ紀にも、東京にも、江戸にも、ソ連にも、ロシア連邦にも、金星にも。
今、僕を僕たらしめてるのは色々考えることであり、そして命の宿ったこの体である。
が、もし宇宙に果てがあるとすれば、おかしなことになるんである。
僕の体を作っている要素の一つ一つが、思考の要素の一つ一つが、宇宙のどこかでもう一度同じものとしてくっついて、同じ僕ができる可能性が、わずかながらに、生まれるのである。
いや、宇宙が『閉じている』『とじる』かつ、時間が『無限』なのだとすれば、確実に、いつかそれはおこるのである。
だって宇宙に果てがあって、密封された水槽のようなものなのだとしたら、その中に入っている金魚は自分のおしっこ飲んじゃうでしょ。もしかしたらうんちも、水に溶けて飲んじゃうでしょ。
宇宙が今も広がっていて、果てがないんだったら、それはおこらないんである。
限りなくゼロに近い、ゼロである。
だからつまり、僕が僕しかいないってことは、宇宙に果てはないんである。
宇宙に果てがなく、時間にもまた、果てはないんである。
そう、そうなんである。宇宙や時間というものに果てはないんである。
ここで注意しておかなくてはならないことがある。 つまり、宇宙と時間に果てがないということは、『僕』には終わりが来るということ。
いつかわからないけど、それは泥棒のようにコソコソと、でも明らかに、確実に、近づいている。
ほら! ほら! ほら! 時計が進んでいる! 近づいているんである!
さっきもいったけど、宇宙に果てがないのであれば、僕を構成している要素が、僕としてまたもとの鞘に収まる可能性はゼロである。
で、あるならば。
僕は一度死んだらおしまいだ。 死んだら宇宙の一番外側で外へ向かって走っているやつらを追っかける旅がはじまるかもしれない。
宇宙の外側で外へ外へ走っているやつらは、ずっと一人で、ずっと頑張っていて、しかもそれは永遠なのだ。
シシュフォスの神話のように、何かの罪があって永遠に終わらない作業をさせられているわけではないんである。
ずっと、外へ外へ向かって走っているんである。
死ぬというのは、そいつらを追っかける旅をはじめることなのだ。
それはそれでいい。
そう気付いてしまえば死ぬことは、もはや何にも怖くはないんである。
だけど、ここが大事なんだけど、実は死んで外への旅をはじめる以上に、それ以上に、生きることに価値があると気がついてしまうんである。
ここでこうして僕としていられる時間には限りがあるんである。
僕が死んでからの旅は、永遠なんである。
死んだら、終わらない旅をはじめなくてはならないんである。
壮大な旅、それは楽しみでもあるけれど、だけどここにとどまっていられる時間は、とても価値のある時間である。
僕とは分離される時間・宇宙が永遠だからこそ、一瞬を、限られた時間・空間を生きられることに価値があるんである。 時間は大切にしなくちゃいけない。
頑張って生きなくてはいけない。
それで、もしね。もし、もしいつか、終わりのときが僕にタッチしたらさ、僕はもう僕じゃないわけなんだけど、でも、僕だったやつらは、きっと必死に宇宙の外側を走るやつを追っかけるよ。
追っつけないけど、追っかけるよ。
僕のお墓に、僕はいないつもり。
僕は、いや、僕だったやつらは、外側に向かって走るつもり。
それで、あんたはどうだい?
もしかしてみんなとっくに、気がついてるのかな。
だからみんな、頑張ってるのか。
