吉野ヶ里から博多へ
10月8日起床9時30分。昨日1日長崎を歩き回ったし、夜のアクシデントもあったので疲れていた様だ。夏の様に車内温度が上昇する事もなく、寝心地が良いのですっかり寝坊をしてしまった。



道の駅「彼杵の荘」はかなり規模の大きな道の駅で、地元の人が大勢農産物を買いに来ていた。値段が安いので私もミカンを購入した。12個で200円、これは安い。
11時過ぎに道の駅を出発。1時間ほど走って嬉野温泉に到着。昨夜は風呂に入って居なかったのでここで温泉に入る事にした。


この温泉の入浴料金は350円と廉価だ。お湯の感じは武雄のお湯と同じようだった。
入浴後、道の駅で買ったミカンをたべて、1時前に嬉野温泉を出発し、佐賀県の吉野ケ里遺跡に向かう。

吉野ケ里歴史公園の東口に到着したのは午後3時。駐車料金310円を払って駐車場に車を入れるウィークデイだし駐車場はガラガラの状態だ。
吉野ケ里歴史公園の入場料はシルバー割引で200円だった。


吉野ケ里は恐ろしく規模の大きな遺跡群だ。
昨年、青森の三内丸山縄文遺跡を見たが縄文と弥生では集落の規模が違う様だ。

南から北に細長く広がっているので、かなりの距離がある。

外環濠と呼ばれる深い堀が集落を取り囲んでいる。

その中にある内郭と呼ばれるエリアは、更に柵で囲んである。この時代はよほど治安が悪かったのだろうと思われる。

北の方にある墳丘墓から甕棺に収めて葬られた墓が沢山見つかったが、矢じりが刺さった骨とか、骨が折れた頭蓋骨とかも多かったらしい。弥生人の戦いも激しいものだった様だ。
この甕棺はかなり大きなモノだが、釜の跡は見つかって居ないと言うから、野焼きで焼いたのだろう。こんな大きなモノを野焼きするのは大変だっただろうと思われる。


この土地は工業団地として開発する予定だったのだが、遺跡が出て来たので開発は諦めたらしい。
以前は卑弥呼の国としてアピールしていたが、最近は邪馬台国畿内説が優勢なので、あまり卑弥呼はアピールして居ない様だ。展示室に巨大な魏志倭人伝の写真パネルが展示してあり、久しぶりに読んだが面白かった。
閉場時間の5時まで、駆け足で吉野ケ里歴史公園を見て回り、5時過ぎに福岡に向けて出発。7時に福岡の春吉で7年ぶり位に逢う友人と一緒に夕食。9時頃まで楽しく飲食した後、道の駅「むなかた」を目指す。11時前に「むなかた」到着。今夜はここに泊まる。走行計は1570kmになっている。
往路は兎に角7日までに長崎に着くことを最優先にしたが、復路は各地に立ち寄りながら、山陽路をのんびり帰る事にする。