前にmixiで書いたものです。読み返したら個人的に面白かったので、こっちにも転載してみました。興に乗ったら続きを書くかも知れない程度に、モチベーションが上がってますw。
春だというのになんだこの憂鬱さは。朝は決して苦手な方ではない。そのはずなのに、今日ほど目覚めを躊躇したことはなかった。ことほど斯様にけたたましく喚き散らす目覚まし時計を、今日ほど憎たらしく思ったことはないだろう。そうか、これが登校拒否の心理というやつだな。いつもクラスの空席を占拠していたヤツの気持ちを慮る優しさなど持ち合わせた記憶もなく、それこそ空気みたいに終始無視を決め込んできたオレだったが、さすがにこの時ばかりは同情の一つくらいは見せても良い気分だ。しかしそれでも中学の三年間は優等生で通してきたこのオレだ。こんなところでいきなりドロップアウトすれば親が悲しむことになり、曲がりなりにも親孝行を尊しとする精神を標榜とするオレは親が悲しむことを好まない。
そんな理由とも付かない理由をなんとか引っ張り出して、どうにかこうにか身支度と軽い朝食を済ませて、電車に揺られているという風体が今のオレである。このまま銀河の果てにでもオレ共々飛びだって、いっそ機械の体にでもしてやくれないだろうか。
駅が近付くにつれ、さすがに同じ制服姿が目に付いてきた。と言うよりも、ウチの高校ばかりで電車が埋め尽くされていると言っても過言ではない。やれ最近の高校生はマナーが悪いと言うが、そしてこのオレも初めての電車通学にややおののいていたわけだが、そこはさすがに県下に名だたる進学校。年齢相応の姦しさをさらけ出しはしても、地べたに座ったり座席を占拠したりという恥まではさらけ出していないのには正直なところホッとした。しかしそんなことで濁飲は下がったりもせず、やはり憂鬱なことに変わりはなく、むしろ上逆甚だしい有様だ。ああ、帰りたい。そんな貰われてきたばかりのチワワの仔犬の様な繊細な心など一切顧みることなく、無情にも電車は時間通りに駅に着き、容赦なく同じ色の制服どもの奔流にオレを巻き込むのであった。
「よ、俊哉」
改札を出た辺りでオレに声をかける人物に、俺は一人しか心当たりがない。なぜなら同じ中学からこの高校に通うのは、オレ達二人だけだからだ。
それが青梅雅樹(♂)であり、まさにそいつのことに他ならない。
「お前も同じ電車だったか。なんだ、朝から機嫌悪いな」
「まあな」
「なにか悩み事か? 話なら聞くぞ」
ったく……。こいつの調子外れの思い遣りも相変わらずだ。
オレが朝から憂鬱なわけは、三年という最強の立場から一年坊に急落したことではなく、無理して入った進学校に気後れしていることでもなく、
「いや、そんなんじゃねえよ」
「そうか? ならいいんだが」
トーストが焦げていたとか歯磨き粉を寝間着に落としたとかそんなことでもなく、
「ところで俊哉、お前、部活どうする?」
「まだなんも決めてねえ」
「そうか、なら一緒に生徒会入らないか?」
情報番組の今朝の運勢が悪かったことでもなく、
「高校に入っても生徒会かよ」
「だって高校だぞ。中学よりももっと楽しい毎日になるに違いないさ」
サラリーマンからほとばしる酒の臭いに酔ったことでもなく、
「そう上手くいくかよ」
「楽しくするんだよ、オレ達で。文化祭とか盛大に盛り上げるんだ。お前もイベント好きだろ?」
「そうでもねえけどな」
そんな嘘を付いたことでもなく、
「それまでにお互いに彼女でも作れば、きっと忘れられない三年間になるよ」
「……朝からテンション高えな、お前は」
そんな青梅雅樹にオレは、
惚れてしまっているからなんだ。
こと、ここに至ればすでに諦めたってなもんだ。駅から歩いて10分。校門にたどり着けば腹だって決まる。着慣れないブレザーとネクタイの居心地の悪さに気がつけるほどの余裕も出来た。出迎えの桜が小ぶりでであることだって、今のオレの身の丈には丁度良い。
「創立五年」
不意に青梅は足を止めた。
「ん?」
「桜さ。まだまだ小ぶりだな」
「……そうだな」
「三年後にはどれくらい大きくなってるだろうな」
そう言って仰ぎ見る青梅に、オレは「そんなでっかくならねえよ」ということばを飲み込んだ。
そうだな。お前は何時だって少し先にいる。そこから見つめる未来はきっと、空一杯に枝葉を拡げているのだろう。
つつがなく入学式も終わり、瑞々しくも初々しいオレ達新一年生は、ブロイラーのひな鳥よろしく、担任教師の背中を追ってお尻フリフリ自分たちのゲージである教室へとヨチヨチ行進で向かう。これから始まるであろう三年間に、少しばかりの不安と期待に胸をときめかせながら。
オレと青梅は同じクラスだ。これは偶然でもなんでもなく、入学時に学力と進学希望であらかじめクラスの割り振りが行われた結果である。にしても、オレが文系Bクラスなのは当然のこととして、まさか青梅までとは少し意外だった。ウチの中学は特別に優秀というわけでもないが、進学校に引け目を感じるほど劣ってもいない。その中学で常にトップの成績を収め続けた男なのだ。だからオレはてっきり特進Aクラス入りするものとばかり思っていた。そんなオレの素朴かつ不躾な吐露に、
「井の中の蛙大海を知らず、さ。まあ良いじゃないか。そのお陰でお前と同じクラスになれたんだし。それに、勉強はこれから頑張ればいいいだけのことだ」
とこともなげに言ってのけた。
どこまでも爽やかなヤツだ。苦笑する気にもならねえよ。
「チャームポイントと言ってくれ」
されど空の高さを知る、か。
お前の顔は、そう言ってるぜ?
例によって簡単なオリエンテーションが執り行われた後、宇宙人出てこいなどと言った奇行に走るヤツも見当たらず、担任教師の音頭でつつがなく自己紹介などの恒例行事を消化して、午後の授業に備えた昼休みが現在に至っているオレ達である。それにしてもこれも進学校と言うことなのか、倦怠感丸出しに名前だけ言っておしまいなんて消極的なヤツが一人もいなかったことに、ほんの少しだけ感動を覚えた。みんなハキハキとしている。
「俊哉、弁当か?」
「ああ」
「そうか、なら一緒に食おう。あ、こいつ、同じ中学だった俊哉だ」
そう言ってオレに一人の野郎を紹介した。
花園慎、とそいつは名乗った。
青梅もメガネだが花園もメガネだ。しかしがっちりした体躯に爽やかスマイルがデフォルトされた青梅と違って、花園はややひょろく、何処とはなしに神経質な雰囲気を漂わせている。言うなれば、青梅がアーケードでど派手な衣裳をまとって賑々しく太鼓を打ち鳴らしながら眉毛を上下させている人気者のオジサン人形だとすれば、花園はカマキリと言った感じだ。見るからに”ガリ勉(死語か?)”と言えば分かり良いだろう。
そんなオレの品定めのような視線が気に障ったのか、花園はクイっとメガネのブリッジを中指で押し上げながら、
「青梅とは同じ塾で」
と短く言って俺から視線を外した。
それはそうと、その手つきは止めた方がいいぞ。お国によってはフ○ック・ユーの合図なんだから。
なんとなく気まずい空気を感じたオレは、
「よろしく」
とだけ言って弁当箱に意識を向けた。
そんな空気を意に介しているのかいないのか、そもそもそんなアビリティが身に付いているのかさえも定かではない青梅雅樹15歳(♂)。
「俊哉、花園はな、塾ではオレが通った三年間、ずっとトップの成績だったんだぞ」
と、実に楽しげに宣って下さる始末。
おいおい、それって地雷じゃないのか?
「大したことじゃない。ここではB組にしか入れなかった程度だ」
ほれ見なさい。なんか気にしてるよこの人。
「ところで花園、お前は何処か入るクラブ決まったのか?」
そこはスルーですか。さすがだよお前。
「いや、オレは何処にも入るつもりはない。放課後は補講と予備校に充てるつもりだ」
ちなみに、この学校は放課後は部活動の他にも、予備校に通えない生徒へのささやかな配慮として、正規の授業内容の復習と演習を兼ねた補講が行われている。かく言うオレも、予備校は長期休暇の集中講座ぐらしか通えない生徒の一人なので、この制度は非常にありがたい。
「そうか、そいつは残念だ」
「何故だ?」
「オレと一緒に生徒会に入って欲しかったからさ。お前がいればオレも心強いしな。なあ、俊哉?」
オレに話を振るなこの野郎。
「そうだな。ところで青梅」
「ん? なんだ?」
「悪いけど、オレも生徒会には入らねえぞ」
「なに? そうだったのか。そいつは寂しいなあ。寂しいぞ! なら、何処か入るトコ決めてるのか?」
「ま、一応」
と言いつつも実はまだ決めていない。
別に生徒会に所属すること自体はやぶさかでない。問題は青梅だ。既にご承知の通り、オレは青梅に同性らしからぬ感情を抱いてしまっている。そもそもこの高校を選んだのは、青梅のことを忘れる為だ。青梅の居ない遠くの共学校に進学すれば、時間が解決してくれる上に、普通に異性を好きになれると踏んだのである。なのにこいつは、ひょこりとオレの隣に何故かいる。青梅ほどの学力があれば、近くのもっとレベルの高い進学校に行くだろうというオレの目算は、もろくも崩れ去ったのである。
そんなオレの心中、察するに余りあるだろ? と言うか察してくれ。
「なんだ教えてくれてもいいだろう。水くさいヤツだな」
「その内に分かる」
何時になく食いついてくる青梅を素気なく袖にして、オレは弁当に集中することにした。