冬の旅


冬の旅





訪ポの丁度5年後に当たる去る12月9日にPoland Chrismas Nightがあった。場所はホテルニューオータニのパラッツォ。




家内と一緒に早めに着いたは良かったものの、履いていった古い靴のそこが外れて往生した。担当のホテルマンは地下の靴屋さんを紹介してくれた。6時の閉店間際だったが靴屋さんは親切に修理してくれた。




パーティーはポーランド人の挨拶に始まり、ショパンのスケルツォ演奏、これは日本人、それから何か表彰のようなものがあって、大使代理が登場した。




ディナーのポーランド料理を楽しんで、日本人テナーの歌うクリスマスソング。抽選会は盛り上がったがわれわれの番号は読み上げられずに残念。




ポーランドと日本の関係が深まることを期待しながら帰途につく。 



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warsaw20

懐かしい石炭の大きな塊のある地下室を覗いた帰国の朝。荷物を車に運んで玄関に戻ると「みんな地下室よ」とアンナママ。


階段を下りると小さなボイラーと石炭のストック。一度ボイラーの焚き付けをしてみたかった。煙突から煙の出てる眺めはどこかほっとさせる。それがオストロヴィツの初めての朝の印象だった。石油、ガス、電気の恩恵を受けていればの身勝手か。毎日焚き付けに苦労するママには申し訳ないがほんとにいい風景だった。


暮らしも楽ではないムーミン谷。でもトメックたちの屈託ない笑顔はどうだろう。経済的にも祝福されてもらいたい。


ゴーシャとは最初で最後の出会いとなった。彼女の召されることを通して集会に御国の香りの祝福がありますように。


ワルシャワもクラクフも忘れがたい深い印象を与えてくれた。教会や学生寮の宿泊は本当に良かった。はじめはちょっと驚いたけどね。


クラクフへ向かう雪の街道、墨絵のような林、織物会館広場のホットワイン、そしてアーケードの賑わい。買い損ねた丸い玉飾り。


ワルシャワのユダヤ人形売りの、絵画売りの、ビエリチカの案内人の、通貨両替所の、そして市場でトマト売りの、バスの中のバイオリンの、それぞれのおじさんたち。皆印象的だね。特にトマト売りは最高だ。中世の絵の中から出てきたようだ。


ワルシャワに向かう道には、この旅はじめての燦燦たる太陽。ヤツェックのドライブもこの帰り道まで。毎日毎日ほんとにありがとう。こんな楽しい旅行はなかったよ。特に天気はほんとうに良かった。ヨーロッパはこうでなくてはね。


コーヒーなど飲んで、空港カフェで五人で手をつないで祈る。主が共にいてくれた旅行だったのかな。感謝。ポーランドへ来てくれてありがとう、とヤツェック。


淑子さんはそこでいい絵を手に入れた。説明的でない絵。


もはやポーランドを去るときが来た。パスポートを見せて外へ出て、伸び上がってさよならをする。とみえと淑子と敬三は大きなプロペラ付のウィーン行きボンバルディア機のタラップを登っていった。

            

完

warsaw19

静かな静かなサンドミエシュ。秋のポーランド。明日は帰国だ。


夜、マリウシュ、ベアータ宅へ。エミルカと新生児。ベアータは写真より太った印象。一応ドイツ語で挨拶してみる。くつろいだ静かな時が流れる半照明のリビング。


ヤツェックとマリウシュが何か話してる。マリウシュは静かな男だ。ゴーシャの兄。ゴーシャの召される日は遠くない。彼女は光と変わらぬ年齢。


団地を辞して車中へ。帰宅後トメック、ヨシコ、それにモニカが来た。屈託がないように見える。モニカはおしゃまで可愛らしい。


3人が帰った後はにぎやかに荷詰め作業。私はよく寝ていたらしい。しかし下手にてつだうより良かったかもしれぬ。キッチンで何やらみんなで食べてる気配がしたのはこのときだったかな。