東舞鶴中学校の校庭では、十人ほどの学童が駆け回っている。
竹刀を手にした数名が打ち合いをしているところに、軽快な足音を響かせて一人の男が訪れた。舞鶴海軍機関学校の生徒であり、そこの中学の卒業生である。
「よう、やっとるなあ」
「あっ、先輩! お久しぶりです!」
母校の生徒たちは彼を取り囲み、憧憬の目を向けた。
彼は全身日焼けし、深く被った制帽からは高い鼻梁を覗かせている。庇の影に隠れた目はキリッと凛々しく、瞳孔は世界を達観したように澄んでいる。
彼は休暇中、暇を持て余して母校に遊びに来たらしかった。
その後、中学生が彼の周りに集まり、座して彼の講談を聞いた。
「いいか。毎朝四時に起きてだな、坐禅を組みながら、滝に打たれるんだ。極限まで精神を研ぎ澄ますことで、何にも動じない心を磨くんだ」
彼は機関学校での厳しい掟を、さも崇高な、英雄伝のように語り、中学生たちからは嘆声が漏れた。
その時、話していた彼の視界に、一人の男子生徒の影が映った。皆よりも少し遠い木陰のベンチに腰を下ろし、制帽を目深に被ったまま、俯いてじっとしている。話を聞いているのか聞いていないのか、見ただけでは何とも言えない姿勢だ。
やや不審に思った彼は、近くの生徒に、その男子生徒の名を聞いた。指名された生徒は、「溝口」と答えた。
名前を聞いた彼は、そこを動かず声を張り上げ、「溝口」という生徒を呼んだ。しかし、呼ばれた生徒は返事をしない。
「おい、返事ぐらいしろ。喋れないのか?」
畳み掛けるように、彼は溝口に話しかけた。すると一人の生徒が笑いをこらえて、
「あいつ、ど、ど、ど、吃りなんです」
と、溝口のものと思われる口調を真似て、そう言った。それを聞いた皆は、けたたましく笑いだしたり、嘲笑を浮かべたりした。
しかし彼は顔色一つ変えず、
「そうか。吃りか」
と言い、進み出て溝口に声をかけ続けた。
「なら、お前も海軍に来ないか? 吃りなんか、一日で叩き直せるぞ!」
しばらく二人の間に沈黙が流れ、その対話を聞いていた生徒たちも、笑いを収めて互いに押し黙った。
そうして十数秒たち、ようやく溝口が口を開いて、こう言った。
「僕は……、坊主になるので……、入れません」
冷たい、冷気を含んだような声音だった。ただ、彼は溝口に視線を合わせたまま、恍惚とした表情になり、どこか遠くを見つめるような目で、言った。
「そうか……。じゃあ俺も、もうすぐお前んとこの世話になるんだな」
*
校庭では、海軍機関学校の青年と中学生たちが相撲を取っている。グラウンドから離れた場所で、溝口はその喚声を聞いていた。近くには青年や中学生たちが脱ぎ捨てていった制服やシャツが柵やベンチに落ち葉のようにぶら下がっている。その近くに、青年が置いていったものと思われる短剣が立てかけられていた。それは午後の陽光に照らされ、燦然と輝いている。
……中学生たちが常日頃から憧れている短剣だ。溝口も例外ではなかった。これを持っているだけで、日本男児としての沽券は約束されるだろう。
溝口は、どうしても試してみたくなった。この短剣を我が物にする方法。……実際は自分のものにならなくても、手を加えることで、その刀が自分の所有物になったと錯覚できる、確実な方法。
溝口は周りに人気がないことを確認し、短剣に近づいた。そしてポケットから鉛筆削り用の小形ナイフを取り出し、鞘の裏に二、三本の切り傷を刻んだのだった。
***
私が初めて三島由紀夫作品に触れたのは、18歳の頃、大学一回生のときだ。当時、京都をテーマにした文学作品を取り扱った講義を受けており、前期末のレポート課題で、過去の講義で取り上げられた作品を一作選び、考察や感想を叙述するというものが出されたのだが、私は三島由紀夫の『金閣寺』を取り上げた回だけなぜか欠席していたため、「この機会に読んでみるか!」と特に考えずに『金閣寺』の文庫版を近くの書店で購入し、レポートの素材にするために読み始めたのだ。
それまでは、純文学といえば古語だらけの堅苦しい印象があったのだが、読み始めてみると思ったよりもスラスラと内容が頭に入ってきた。理路整然と並べられた文体は着飾ったところがなく、それでいて上品である。
当時、活字を読むのが苦手だった(今でもその傾向は残っているが)私でも、気がつくと次のページをめくっていた。続きが気になったというよりも、これなら本が苦手な自分でも読めるという発見が嬉しかった。
やや時は流れて約3年後の四回生の夏。大学生最後の夏休み。その頃から、小説家になりたいという淡い夢を心の隅に抱いていた。そのために読書はしたいと思っていたことから、手頃なものはないかと部屋の本棚を漁っていた。自分の部屋には、母親が学生時代に読んでいた本がいくつかあり、なかでも三島由紀夫の小説が多かった。私は棚の中から適当に、目についた『純白の夜』という作品を取り出し、読み始めてみた。「純文学ってこんなに読みやすかったか?」というほど、案外すんなりと読み進められた。
それから、遅読ではあるが、『鏡子の家』『禁色』『美しい星』などを読み、棚の中にない三島作品は自分でも新たに購入し、有名どころから少しマニアックな長編まで読んだ。今は、長いからと当時は敬遠した三島由紀夫が晩年に書いたとされる4部作の長編小説『豊饒の海』の読了に挑んでいる。ちなみに、現在は2部までを読み終え、現在は第3部「暁の寺」の途中である。
冒頭に書いたのは、『金閣寺』の導入のシーンをライトノベル調にアレンジしたものだ。このシーンはよく覚えている。主人公が海軍機関学校の学生に対し、「自分は坊主になる」と告白した応答として、青年が「あと何年かで俺も厄介になるわけか」と言った場面は衝撃的だった。作中ではすでに第二次世界大戦が開幕していたのだ。
そして主人公がなぜ青年の短剣の鞘に傷をつけたのか? 自分なりに導き出した答えは、冒頭に書いたとおりである。
金閣寺の一層目の法水院には、当時ガラスケースに収められた金閣寺の模型があったという。それの表現として、『金閣寺』の作中には、こんなくだりがある。
「大宇宙の中に小宇宙が存在するような、無限の照応を思わせた」
このフレーズを、母親がよく気に入っていた。
こういう巧みな言葉遣いや筆運び、イディオムの組み方など、表現の自由さも、私が作家としての三島由紀夫を憧憬している要因である。
ここまで語ってきたが、私自身、これまでにいくつかオリジナル小説を書いてきて、三島由紀夫の影響を少なからず受けていると実感している。ただ、いくら読んでいたとしても彼のようには書けず、これからも書ける気がしない。だが、最後に一つ言っておこう。
私は、人生の中で三島由紀夫という作家の作品から、性格的思考を与えてもらっている、ということを。

(撮影日:2025/1/6 北山鹿苑寺)
Twitterはこちらをクリック☆

ランキング登録しました☆クリックしてください!