5年になってから、遼の担任の先生がガラッと変わりました。
支援級の先生は、今春に転勤してきたばかりの先生。
新年度が始まって数日、連絡帳ではお互いやり取りをしているものの、直接話をするのは
初めて。
交流級の先生も、今までの 遼の担任の先生たちの中では異色と言いますか…^^;
見るからに厳しそうな先生。
(この先生の事は、遼や 遼の同級生も話していますが 本当に厳しいらしい。)

この先生2人が家庭訪問で家に来ました。
しかし、遼は恥ずかしいからなのか 先生の顔も見られず、ずっと下を見てばかり。
先生の問いかけにうなずくだけ。
…学校でも こうなんだべか?^^;
ある程度 家庭の状況や学校での話を終えると、遼は退席。

その後、『遼がパニックを起こして、クールダウンで教室を出る事が多い』という話になる。
実際、新年度が始まってから今までの授業時間の半分が、クールダウンの時間になっている
という。

それは結局、遼が「その場にいたくない・授業を受けたくない」という思いから
パニックを起こし、その結果として教室から出られ、授業を受けずに済む…というような
『逃げ』の手段で使われている。
…という事で、そのような場面が増えているんじゃないかと。

これは、3年生の支援級の先生も言っていた話なんだけど。
4年生の途中で転校して、環境も変わった事から とりあえずは 慣れるまで目をつぶっていた
話だったんだけどね。
転校が年度途中だったので、担任の先生もかけ持ちだったのもあったし。

…それが良くなかったんだろうなぁ^^;

交流級の担任の先生曰はく、
遼の場合は、「高校は支援学校には行けず、普通校進学になるだろう」との事。
中学、高校とだんだん支援が必要な子達の学校内 (授業中) での個別支援は受けづらくなる。
遼のように、いつまでも逃げの手段で別室でクールダウンはさせられない。
という事。

今年度の目標は、
『少しづつ、その場で・自分の力で気分を落ち着かせる方法を見つけて行こう』
に決定。

今後、放課後通級などを利用することも視野に入れ、色々関係機関とも相談していこう
という事になりました。

…というか、今住んでいる所に放課後通級があること自体初めて聞いたよ^^;
もう少し早く知っていたら、利用していたのになぁ。