プロとアマの差ってなんだろ?
いま、
ちまたではハンドメイドマルシェがたくさんあって
「作家」さんの作品を買える機会もたくさんあるけれど
じゃあ作家さんてプロなの?
アマチュアなの?
正直、
買う側からしたらそんなのどっちだって良くてw
イイものがお得に買えるなら
プロでもアマでも関係ない。
実店舗を持ってなくても
主婦の手仕事でも
イイものはイイのである。
最近、
同じシーンで活動する
「作家さん」が「作家さん」を
自分のパクリだと名指しで攻撃してるのを見て
私なりに考える日々が続いていた。
布雑貨ならば、
既製品の生地を使って
ある程度定型のあるもの
(バッグ類、ポーチ、スタイetc.)
を作る以上、
飛び抜けて独創的なものを作ってる人は
そうそう見ないしw、
逆に独創的すぎたら、
ユーザーを限定するので販売面での成功は難しいのかな
と、思うw
レジンなんかだと
もっと定型が狭められるので
(ドロップなんかだと型もあるしw)
より、似た様な作品は増えるのかな?
とはいえ、
フェイクスイーツなんかは、
私も(買う側として)好きなんだけど
作り手の技量が実はけっこう出るものだなと
色んな人のを見て最近分かってきたので
似てるけど全然違うよ!と思える様になった。
でもさほど興味のない人からみたら
それだってパクリだなんだって見えてしまうくらい
似ているものなのかもしれない。
もはや
ちょっと手先が器用で物づくりに意欲的な人なら
誰だって作家さんになれるし
誰でも誰かに似たモノを作っているのではあるまいかw
そんなことを無限ループで
けっこうモンモンと考えていた。。
(我ながらクソ真面目であるw)
正直なところ私は
自分に似てるなーと思う作品を見つけても
私が思いつくレベルのことなんて
他人が思いついても全然不思議じゃない、
って思ってた。。。
自分のことをプロフェッショナルです!
と宣言するには
がまぐち歴数年の身では
何十年も続けている職人さんにシツレイな気がしてしまって
だいぶ気が引けるけれど
人に職業を聞かれたとき
「がまぐち屋です」と答えるし
確定申告も
「群馬のがまぐち屋 五月堂」でやってるので
じゃあプロってことでいいのかな、私w
うーん、モヤモヤ。
ハンドメイドシーンで物作りしてる人の大半が
ちょっとした、自分なりの「あったらいいな」を創造し
多くはそう高くはない値段を付けている。
最初から市場価格に相応する金額をつけるのは
どこかおこがましいような遠慮が働くし
材料費プラスαくらいになればいいな、
くらいの値段設定が多いんじゃないかなと。
最初からキッチリ自分のブランディングを設定し
製作にこれだけ時間がかかったから
時給計算したらこのくらいの金額をつけなければ
割に合わない!…とゆう価格設定をしても
買う側に、
その値段で買いたいと思ってもらえるものでなければ
それはただの「在庫」になってしまう。
スキル、センス、クウォリティなんてのは
測る人の価値観によって、いくらでも変動するので
それをもってプロアマを判断するのはムツカシイ。
…って無限ループw
プロってなんだろう
アマチュアってなんだろう
私ってなんだろう
このまま猪突猛進に続けていていいんだろうか
そんなふうにモヤモヤしながら
でも
ひたすらにがまぐちを作り続けていた。
昔読んだ漫画で
100個作って答えが見つからなくても
101個めにその答えがでるかもしれない、的なフレーズがあって
なんだかそんなキモチで
とにかくひたすら作り続けていたら
ここでその
答えのヒントようなものに出会えました。

Kimono Factoryにいさと
群馬県桐生市新里町武井959-2
プロとかアマとか
そうゆう線引きを超えて
ホンモノと思える人が笑子さん。
私もホンモノになりたい、
ホンモノでありたい、
と思った。
じゃあナニをもってホンモノとするのよってツッコミは無用!
ホンモノとは無条件なのである。
問答無用なのである。
シノゴノ言わせない説得力があるのでR。
ホンモノの放つ発言は
非常に手厳しく的を射ている。
とゆうか
あたりまえのことを仰ってるのだけれど
あたりまえとゆうのは
実はとても厳しいことなのだ。
と再確認。
群馬県桐生市新里町武井959-2
プロとかアマとか
そうゆう線引きを超えて
ホンモノと思える人が笑子さん。
私もホンモノになりたい、
ホンモノでありたい、
と思った。
じゃあナニをもってホンモノとするのよってツッコミは無用!
ホンモノとは無条件なのである。
問答無用なのである。
シノゴノ言わせない説得力があるのでR。
ホンモノの放つ発言は
非常に手厳しく的を射ている。
とゆうか
あたりまえのことを仰ってるのだけれど
あたりまえとゆうのは
実はとても厳しいことなのだ。
と再確認。
私は職業は確かにがまぐち屋です。
でも職人としては
まだまだ駆け出しのペーペーペー。
それは
経験を重ねてゆくことでしか
払拭できない。
厳しく己を律しながら、
まちがっても
自分が絶対的なオリジナルだなどとは思い上がらず
ひたすら作り続けてゆくことそのものが
私の、着地点。
でも職人としては
まだまだ駆け出しのペーペーペー。
それは
経験を重ねてゆくことでしか
払拭できない。
厳しく己を律しながら、
まちがっても
自分が絶対的なオリジナルだなどとは思い上がらず
ひたすら作り続けてゆくことそのものが
私の、着地点。



