拝啓、ご先祖さま。 | ☆群馬のがまぐち屋☆ 五月堂(ごがつどう)

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群馬がま口工作員、五月堂によるガマグチ日記。



小学生の頃に両親が離婚した私には
親族は母方しかいない。

そして母の両親も
母が小学生の頃に病気で亡くなっており
一回り以上歳の離れた兄に面倒をみてもらったらしい。

ゆえに
私は祖父母の存在を知らない。

母が所有する
たった一枚の祖父母の写真がコレ。



左端が祖父、広吉。
その隣が祖母、たか。
祖父に抱かれているのが、母の面倒を見てくれた長兄。
祖母に抱かれているのは次兄。
昭和14年。
母が生まれる11年前の写真である。


そして、驚くべきことに
祖父母家族の隣に一緒に写るもう一組の家族は
祖父母それぞれの兄と姉の家族なのである。

二組の兄弟姉妹の
兄姉と、弟妹がそれぞれ夫婦になっているのだ。

それぞれ実家も徒歩数分のご近所同士。
それぞれの家の畑もお隣同士。
それぞれの家のお墓もお隣同士。
そして
なんと名字まで一緒とゆう間柄。
親戚ではないらしいが、
何代か遡れば、間違いなく親戚であろう。
一昔前にはそんなに珍しいことでもない話なのかな?


それが私のルーツである五十嵐家。


もう何年も前から
ずーっとやりたくて、
でもなかなか時間が取れずできずにいるのだけれど

私は自分のルーツを
遡れる限り遡ってみたい。
五十嵐家を深く掘りたい。
そんな野望がある。

本籍をたどるとか、
お寺の過去帳を見せてもらうとか
まとまった時間がとれたら必ず
五十嵐家のナゾを研究したいのでR☆






母と子役さんとお墓参りに行って来た。

富岡市南蛇井にある
最興寺とゆう歴史の古いお寺さん。

山門は富岡市の
指定重要文化財でもある。




この場所が
子役さんのご先祖様のお墓なんだよ、
と教えてみる。
まだよくわかんないかな。。



私が子役さんくらいの頃、
ここはまだこんな風に整備されたお墓じゃなくて
土の上に、丸い石がポンと置いてある様な
非常に原始的なモノだった。

なぜだか分からないけれど
私はここへ来るのがけっこう好きで
草むしりをしながら
早くに亡くなった祖父母の話を何度も聞いた。



一度も会ったことのない祖父母だけれど
私はこの場所に
自分のルーツを強く感じる。



だから子役さんにも
これからも五十嵐家のことを聞かせたいし
私自身もより詳しく知りたいのである。

五十嵐家の家紋。
コレなんて名前なのかな~。




最興寺の一番奥まったところに
五十嵐家の父方母方両方の本家の墓がある。



古い物でも明治期のものがほとんどだったが
中には弘化、文政など、江戸時代の物も発見!

このあたりが遡れる限界だろうか。






名字の本などで、
五十嵐という名字は新潟にルーツがある、とか
もっとも古い記録では
坂野上田村麻呂に従事した家来の中にいたとか
そこまで遡れなくていいのだけれど

自分に繋がる直径の先祖、
どんな人がいたのか、
戦争に行った人も勿論いただろうし、
(墓石に、山本五十六に感謝状をもらったと書かれてるものもあった!)
もしかしたら私と同じ様に
なにか物作りに一生を捧げた人だっているかもしれない。

私が知りたいのはたぶんそうゆうこと。
そんな話を叔父(冒頭の写真で祖母に抱かれてる人)にしたら
きょとんとされてしまったw


みんな知りたくないのかな?
そんなに興味がない??
てゆうか
こんなに知りたがる私の方がヘンなのだろうかw


私は私自身のルーツ探しを
生涯のライフワークにしたいと思っている。