小さい頃
私は色々と考える子供だった。
「何故自分は此処に存在するのだろうか?」
とか
「何故此処に自分という存在が在るのだろうか?」
とか。
所謂、頭の痛い子というやつだ。
小さな頃、
家から学校にかけてのほんの数十分を惜しみ無く使い毎日延々と考えた。
時には、
家でドラマを見ている時にもその思考は脳内を過る事があった。
「彼女も此処に存在し、ドラマで役を演じる事で彼女自身を私達に、確かな存在として主張している」
その時ふと、
「自分は?」
と疑問が生まれた。
自分はどうなのだろうか?
自分は存在を主張出来ているのだろうか?
そもそも、存在を主張するとはどういう事なのか?
他人に認めてもらう事なのか?
他人からの愛情を受け取る事なのか?
自分はそれは嬉々として望んでいるのか?
あの時から
大きくなった今でもまだその疑問は消せないでいる。
こうやって息をして、
心臓を動かして、
なんやかんやで生きている。
神様のゲームじゃないかとも思う。
よく未来の出来事は神様が知っているだの、
神様の決められている運命に従うだのと、宣っているが、
きっと天の上で私達の生き惑う姿を見て嘲笑っているんだ。
神様なんて、崇め奉ったところで何も私達人間に幸福など与えてはくれないのだ。
そういうもんなんだ。
神様は、自分の存在を主張する為に私達人間を生み出し、
その主張の許に私達は存在する。
そうやって考えて、私は逃げる。
生きる。
この嫌な世の中を、
全部、
全部、
神様のせいにして。
「神様がなんだってんだ」
そう毒を吐きながら、
「私を守って下さい」
私は神様に縋るしか生きる術を知らない。
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抹茶の意味分かんね独白です。
抹茶はすっげービビり野郎なんでやっぱ心の何処かで神様にぐずぐず言っちゃってます(笑)
小さい頃って書いてますが細かく言うと、小学校2、3年の頃にピークでよく考えてました。
今でもちょくちょく考えます。
この地球は神様の人生ゲームなんだって。
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