昨日の、7時半からは、お寺で御堂演奏会の、練習がありました。

月曜日は腕試しを、お寺の報恩講でデビューです。

式次第を見ると、最初から最後までその場所に居ることになります。

家のお寺の報恩講にも、行ったことがありません。

坊さんが、家に来て行う報恩講は、向こうから勝手にやってくる(自分の感覚)ので、どんなものかは、なんとなくわかります。

その程度の、無信心ものです。

正信偈も読んだことがありません。

明日は行きがかり上、町のお寺の報恩講わ体験します。

自分の行動から導かれた方向は、受け入れることに、躊躇はありません。

この行事を通して、金沢の先祖からの営みが経験でき、自分も古い町、金沢の人間になったことを、感じることができるでしょう。

このお寺は、保育園をやっていて、私は55年前にその保育園の卒園生です。

50年以上、関係がありませんでしたが、今年の初めから、ひょんなことからそのお寺との関係ができ、周りの人の慈悲深い、情けに触れて、居心地の良さに浸っています。

そして、今日は昼から、キリスト教の牧師さんと、ギターの演奏会です。

この方も、大変優しい、「仏様」のような人です。

この方と話していると、自分自身も優しくなれます。

今日も、楽しんできます。