最近、プロテスタント教会の牧師さんと親交があります。

先日も、教会の隣でやっている「ブック・カフェ」で牧師さんの奥様の朗読と、牧師さんのクラシックギターの演奏会があったことは、前に書きました。

その模様は、持参したビデオ撮影し、DVDを作成し、関係者にお配りしました。

牧師さんは、知人や、友人にもお配りしました。

5年ほど前から始めたギターだそうで、牧師は私と同い年なので、55歳から始めたギターですから、上手とは言えません。

友人とのデユエットでしたが、彼らは相棒の●●さんと弾く前に確認したのは「間違ったっていいや、楽しもうよ!」ということでした。
 
それで実際に楽しみながら(適当に)弾いたのが「べサメムーチョ」でした。

そのDVDを観た方からこんなメッセージを頂いたそうです。

「私は、この年まで鉄関係で生きてまいりました。歯車と歯車の噛み合い、軸受けと軸それぞれは遊び(ゆとり)
がなければ焼き付きそれぞれ用をたしません。
先生たちの適当は良い様に働いたのではないでしょうか?(私は正直そう思っています。)」
 
そして、ある企画を提案されたようです。

詳しくは、まだ聞いていませんが、私も協力できることは何でもさせてもらおうと思っています。

また、別の方(教会で合唱団の指揮をされている)からも、このようなメールが届いたということです。

「・・・また、この模様を記録された方の御奉仕も見事な出来栄えではないでしょうか。(一人一人の支えの大切さ、来られた方も含め)も感じました。

2回目の朗読内容も良かったように思いましたが。曲は「詩人と私」も初めてですが魅かれましたね。

最後に、けいちゃんさん、●●さん他いい仲間が周りにおられ感謝です。・・・


このように、私の行為は「御奉仕」と表現されると、何か自分が迷える子羊の一人になった気持ちになります。

そして、キンドルブックで「聖書」を買ってしまいました。