一昨年、”チャペルで歌おう”という歌の教室で、知り合いになった本物の牧師さんがいます。

去年は、クリスマス礼拝をホテルの教会で体験させてくれた。

参加者は、讃美歌を楽しんでいる仲間で、キリスト教徒ではありません。

きっと、浄土真宗だと思います。

去年、私は讃美歌の教室には参加していませんでしたが、その礼拝体験の模様の撮影とDVD作成を依頼されました。

牧師さんは、教会でレコード鑑賞会を不定期で開いており、招待されたのでそのとき、出来上がった、DVDを教会に持っていきました。

それから、親交が深まり、宗教抜きで付き合いが始まりました。

今年の冬に、教会を訪ねました。

教会の隣に喫茶店があり、そこは、午後から奥様がやっておられます。

その喫茶店に初めて入った時、お店の壁の一つの面が本棚になっており、いろいろな本が並んでいました。

ジャンルは、様々でした。

手塚治虫の”火の鳥”のコミックまでありました。

私も、若いころ”火の鳥”や”ブッダ”などは読みました。

写真家の本、様々な小説など・・・・

奥様とお話をすると、昔の文学少女でした。

本を大変愛している方でした。

私は20代のころ、本をたくさん読みました。

月に、20冊以上の小説を読みました。

結婚してからは、減りましたが、一次は家に、2000冊以上の小説があったように覆います。

そのほか、雑誌も含めると、3000冊以上の本がありました。

2階の私の部屋は、本の重さで、一階の部屋の戸が開かなくなりました。

あるとき、それらを廃品回収に出して、処分しました。

2度読むことがほとんどないので、並べておくだけです。

空間の無駄を感じ、持っていたい本を残して、発作的に廃品回収に出してしまいました。

私は、時々そのようなことがあります。

軽トラックに山盛りで一杯分でした。

その頃、ブックオフでもあれば、もっと有効になった気がします。

それでも、2、3百冊の本は残しておいたのですが、牧師さんところの本棚を見て、自分の持っている本の居場所のような気がしました。

それで、本を貰ってもらえないか、お願いしました。

まだ、実家には単行本が数十冊残っていますが、今日、牧師夫妻が家にいらっしゃいます。

先日、それらの本達を、作家別に整理しました。

時間が、あったらもう一度読みたいと思いましたが、今の自分の状況では、細かな字を読むことは大変疲れます。

眼振で、字がじっとしていません。

本の小さな字は、殆ど拷問です。

だから、できれば今、ここにある本達を貰ってくれれば、本達の幸せです。

それまでに、ちょっとバタバタしている部屋を片付けます。