私のブログの読者で、真木ひでとという昔、グループサウンズ「オックス」の
ボーカリストの追っかけをしている看護師さんがいます。
その方から、昨日のブログで、コメントをいただきました。
昔、パソコンが職場に導入されたり、初めて自分のパソコンを買ったときの事等
いろいろ、思い出を語っていただきました。
コメントの返信を書いているうちに、長くなりそうだったので、私にパソコン暦に
ついて、書きたいと思います。
どうしても、正確に伝えたいという思いから、くどい文章になってしまいます。
日本で、今の形に近い、パソコンが発売されたのが、NECからPC-8801という
パーソナルコンピュータでした。
まだ、今のように、Windowsでもなく、マウスはなく、キーボードからコマンドを
打ち込む、キャラクター端末でした、OSもDOSや今は亡きCPM86さえなく、
あったのは、N88日本語BASICと、モニターモードで使えるアセンブラという
機械語を打ち込むモードだけでした。
8801の主な入出力装置はカセットテープでした。
音楽の代わりに、磁気テープであるカセットテープに、プログラムや、データを
入出力させていました。
フロッピーはあったと思いますが、5インチD(320Kバイト)だったと思います。
それでも、大変高価なもので、パソコンが今後どのように社会の中で使われるように
なるか、まだ未知数でした。
Wikiを見るとPC-88801が発売されたのは1981年です。
きっと、職場に今後の勉強のために、それが配置されたのは1982年頃かな。
それから、パソコンとの付き合いが始まりました。
その頃の生活の中には、携帯もないし、パソコンも、ネットもないから、
アメブロも、FACEBOOKもLINEもメールもありません。
静かな時代でした。
彼女に電話するにも、家庭の黒電話にドキドキしながら電話しなければなりません。
誰が、出るか予測できません。
父親が出るかもしれません。
その壁を越えないと、彼女と話ができません。
今では、一人一人が携帯端末を持ち、詐欺メールが飛び交うなかを気をつけながら
他人は信じない、性悪説で乗り切って行く必要があります。
人間が、物に振り回されていない、まさにアナログの時代でした。
コンサートチケットもネットで予約はできません。
プレイガイド等で、チケットを買いました。
世界的なミュージシャンのコンサートは、ハガキの抽選だったような・・・
話はそれてしまいました。
私が、PC-8801でパソコンを学んでいると、会社に1台、NEC PC-9801
が入りました。
1983年のことです。
発売は1982年です。
まだ、仕事で使うレベルではありません。
でも、会社で触っているうちに、自分で欲しくなりました。
その頃、車のローンを払っていたのですが、親父に残りを払ってもらって
借金がなくなっていたので、それをいいことに、また借金して、
自分のPC-9801を買いました。
自己投資だと、勝手に理屈をつけていました。
車1台分の借金です。
それから、N88BASICを極め、アセンブラを極め、Cを極め、
プレイイングマネージャーでプログラマー、SEの道を進んできました。
家にはデスクトップが3台、外ではスマホに、タブレット、WiFiルータを
持ち歩き、時間があれば受電する、変な人間が出来てしまったようです。
最近は、指のコントロールが出来ず、ミスタイプばかりです。
これからも、誤字脱字の山のブログを書き続けます。
みなさんも、誤字脱字を想像力で補って、拙い分を解読しながら読んでください。
ボーカリストの追っかけをしている看護師さんがいます。
その方から、昨日のブログで、コメントをいただきました。
昔、パソコンが職場に導入されたり、初めて自分のパソコンを買ったときの事等
いろいろ、思い出を語っていただきました。
コメントの返信を書いているうちに、長くなりそうだったので、私にパソコン暦に
ついて、書きたいと思います。
どうしても、正確に伝えたいという思いから、くどい文章になってしまいます。
日本で、今の形に近い、パソコンが発売されたのが、NECからPC-8801という
パーソナルコンピュータでした。
まだ、今のように、Windowsでもなく、マウスはなく、キーボードからコマンドを
打ち込む、キャラクター端末でした、OSもDOSや今は亡きCPM86さえなく、
あったのは、N88日本語BASICと、モニターモードで使えるアセンブラという
機械語を打ち込むモードだけでした。
8801の主な入出力装置はカセットテープでした。
音楽の代わりに、磁気テープであるカセットテープに、プログラムや、データを
入出力させていました。
フロッピーはあったと思いますが、5インチD(320Kバイト)だったと思います。
それでも、大変高価なもので、パソコンが今後どのように社会の中で使われるように
なるか、まだ未知数でした。
Wikiを見るとPC-88801が発売されたのは1981年です。
きっと、職場に今後の勉強のために、それが配置されたのは1982年頃かな。
それから、パソコンとの付き合いが始まりました。
その頃の生活の中には、携帯もないし、パソコンも、ネットもないから、
アメブロも、FACEBOOKもLINEもメールもありません。
静かな時代でした。
彼女に電話するにも、家庭の黒電話にドキドキしながら電話しなければなりません。
誰が、出るか予測できません。
父親が出るかもしれません。
その壁を越えないと、彼女と話ができません。
今では、一人一人が携帯端末を持ち、詐欺メールが飛び交うなかを気をつけながら
他人は信じない、性悪説で乗り切って行く必要があります。
人間が、物に振り回されていない、まさにアナログの時代でした。
コンサートチケットもネットで予約はできません。
プレイガイド等で、チケットを買いました。
世界的なミュージシャンのコンサートは、ハガキの抽選だったような・・・
話はそれてしまいました。
私が、PC-8801でパソコンを学んでいると、会社に1台、NEC PC-9801
が入りました。
1983年のことです。
発売は1982年です。
まだ、仕事で使うレベルではありません。
でも、会社で触っているうちに、自分で欲しくなりました。
その頃、車のローンを払っていたのですが、親父に残りを払ってもらって
借金がなくなっていたので、それをいいことに、また借金して、
自分のPC-9801を買いました。
自己投資だと、勝手に理屈をつけていました。
車1台分の借金です。
それから、N88BASICを極め、アセンブラを極め、Cを極め、
プレイイングマネージャーでプログラマー、SEの道を進んできました。
家にはデスクトップが3台、外ではスマホに、タブレット、WiFiルータを
持ち歩き、時間があれば受電する、変な人間が出来てしまったようです。
最近は、指のコントロールが出来ず、ミスタイプばかりです。
これからも、誤字脱字の山のブログを書き続けます。
みなさんも、誤字脱字を想像力で補って、拙い分を解読しながら読んでください。