19歳頃から金沢の繁華街で、給料の殆どを小便くさい、トイレに流してきた。
その中に、片町の金劇前のブラザービルに、お気に入りのスタンド”六本木”が
あった。
その店はママとそれを手伝っている妹?がいた。
私よりきっと7,8歳は年上の女性に参ってしまい、それから約10年間
通い詰めることになる。
スタンドの殆どにもカラオケが入り、どの店からも、酔客の歌声が
聞こえたものでした。
六本木にもそのうちカラオケが入った。
店は楽である。
客が勝手に歌ってくれば、カラオケに相手をさせて、100円を補充していれば
色々な話題で客を引き付ける必要はなくなるから、楽になったと思う。
六本木にカラオケが入って、最初に歌ったのは、高校のバス旅行の
後部座席でワンマンショーをした、西郷輝彦の”星のフラメンコ”でした。
それから、週に2回は六本木で歌った。
それから、他の店もふくめ何百回も歌っただろうが、初めて歌った時が
一番上手く歌えたと思う。
歌詞は、空で覚えていたので、歌詞を観なくても歌えた。
西郷輝彦になりきっていた。
その頃のカラオケは8トラックテープで、1本のテープに4曲入っていた。
西郷輝彦のそのテープには星のフラメンコの他には
”君だけを”、”願い星叶い星”、星娘”が入っており、いつもその4曲を歌った。
”六本木”の他には”赤ずきん”も巡回コースに入っていた。
そこにも、同じテープがあった。
ですから一晩に同じ歌を歌ったものです。
世の中は日進月歩、8トラックテープからレーザーディスクに変わったとき、
私のために、8トラックのテープを私にくれました。
そして、今では通信カラオケになり、飲み屋からカラオケBOXやカラオケルームに
なり、まだ進化を続けているらしい。
最近は、御無沙汰です。
今度、240歳達で、新年会はカラオケでという話が出ている。
それもいいかも。
その中に、片町の金劇前のブラザービルに、お気に入りのスタンド”六本木”が
あった。
その店はママとそれを手伝っている妹?がいた。
私よりきっと7,8歳は年上の女性に参ってしまい、それから約10年間
通い詰めることになる。
スタンドの殆どにもカラオケが入り、どの店からも、酔客の歌声が
聞こえたものでした。
六本木にもそのうちカラオケが入った。
店は楽である。
客が勝手に歌ってくれば、カラオケに相手をさせて、100円を補充していれば
色々な話題で客を引き付ける必要はなくなるから、楽になったと思う。
六本木にカラオケが入って、最初に歌ったのは、高校のバス旅行の
後部座席でワンマンショーをした、西郷輝彦の”星のフラメンコ”でした。
それから、週に2回は六本木で歌った。
それから、他の店もふくめ何百回も歌っただろうが、初めて歌った時が
一番上手く歌えたと思う。
歌詞は、空で覚えていたので、歌詞を観なくても歌えた。
西郷輝彦になりきっていた。
その頃のカラオケは8トラックテープで、1本のテープに4曲入っていた。
西郷輝彦のそのテープには星のフラメンコの他には
”君だけを”、”願い星叶い星”、星娘”が入っており、いつもその4曲を歌った。
”六本木”の他には”赤ずきん”も巡回コースに入っていた。
そこにも、同じテープがあった。
ですから一晩に同じ歌を歌ったものです。
世の中は日進月歩、8トラックテープからレーザーディスクに変わったとき、
私のために、8トラックのテープを私にくれました。
そして、今では通信カラオケになり、飲み屋からカラオケBOXやカラオケルームに
なり、まだ進化を続けているらしい。
最近は、御無沙汰です。
今度、240歳達で、新年会はカラオケでという話が出ている。
それもいいかも。