木曜日、スポーツニュースで66歳の尾崎将司が62というエイジシュートで
首位にたったことを伝えていた。

そして、金曜日も暫定首位タイをキープしたことを聞いた。

大変うれしい。

尾崎将司が長いスランプから脱出して40歳台で、2回目の春を謳歌しているころ
私は、ゴルフに夢中でした。

自らも、毎日練習場に行き、月に2回はプレーを楽しみ、愛読書は夏坂健のエッセーであり
テレビ中継を必ず観、スカパーで外国トーナメントを観ていた。

クラブはジャンボの使っている、ブリジストンのJ'sでした。

持っている人は、時に神がかり的なことをします。

ジャンボの、スネークラインの超ロングパットやバンカーからのチップインなど
遺憾なく発揮しており、それを見た観客は酔いしれたものです。

何度か、石川県で開催された、PGAの公式戦や、石川の朱鷺の台カントリーでの
開催が最後となったミズノオープンは必ず見に行った。

石川開催から岡山開催に変更される、最後の朱鷺の台でのミズノオープンに
ジャンボは久しぶりに出場してくれた。

その時も、4日間毎日、見に行った。

練習場に出てくるのを待って、ジャンボの後で、練習をみて、

スタートの1番から18番まで付いて廻った。

まるで、ストーカーです。

でも、ジャンボの周りにはそのようなストーカーが沢山いました。
ギャラリーともいいます。

そんな、彼がWOSSという新興のゴルフ用品メーカーの経営に関わってから
ケチがついて、千葉県、習志野の豪邸から去った。

千葉で仕事をしていた頃、習志野を通るたびに”ここにジャンボが住んでいるのだな”と
思いながら、通り抜けていました。

当時のジャンボは石川の言葉で”いさどい”奴でした。

私は、典型的な加賀気質の、おとなしい、人間でした。

それで、言動も派手で、やることも派手なジャンボに憧れていました。

この前、長男の啓太のことを書きましたが、次男の命名は、ジャンボのような
ふてぶてしさを持った、何かを持った男になって欲しいと”将司”にしました。

親の、希望通りには育っていないようですが、大器晩成を期待しています。

久しぶりの決勝トーナメント。
頑張れジャンボ!