先週、歌の発表会でしげちゃんは歩行器で歩いていた。

その歩行器のメーカがDolomiteとなっていた。

Dolomiteが介護用品を作っている事を知りました。


私が二十歳過ぎに初めてスキーを買いました。

板はロシニョール、ビンディングはマーカー、

ブーツがDolomiteでした。


Wikipediaによると

ドロミーティ (Dolomiti) は、イタリアのチロル地方、東アルプスに属する山群で、

北はリエンツァ川から西はイザルコ川とアディジェ川南はブレンタ川

東はピアーヴェ川に囲まれた範囲である。ドロミテとも表記される。

世界遺産に登録されている。


イタリアのメーカーで登山や、スキー用品のブランドかと思っていました。

ストックの軽くて強靭さを求められる技術が歩行器と結びついたのでしょう。


20代の頃、冬はそのとき流行していたスキーをしていた。

その頃の若者のファッションだったような気がする。

冬はスキーが定番だった。


地元にもスキー場はあったが、新潟、長野までスキーに出かけた。

赤倉、栂池、八方尾根など、一冬に数回、2泊から3泊で仲間と出かけた。

当然、用具などもこだわりが出てきて、色々変えた。

用具がいいから、上手に滑れるというわけでもないけど、そのときの

流行を追って、無駄使いをしたものだと思う。


Dolomiteのブーツはスキーを始めるとき買ったもので、その頃はまだ、

セットで、お安く売っている時代ではなく、今みたいにアルペン、ゼビオ、

スポーツデポはなく、街の個人経営のスポーツ店が殆どだった。

”好日山荘”が登山用品と、スキー用品を扱っていた程度だった。


そのような時代に買った、スキーブーツの1号がDolomiteだった。

まだインナーブーツと別れていない、一体型だった。


ほんの1年で、買い換えたような気がする。

その頃のアルペンスキーのスターはトニー・ザイラー・・・

じゃなかった・・・ジャン・クロード・キリーだった。

彼が履いていたブーツが”レタポア”だった、フランス語なので、

スペルからはレタポアとは読めなかった。

”トラペール”としか読めなかった。


時代の1番の選手が使っている、道具を使いたいと、変なこだわりがあった。

でも、その後トエニやステンマルクの道具を、追っかけることはなかった。

”レタポア”の次はHUNSON、LANGEへとブーツは変わったが、腕前は

一向に上がらなかった。


足が、ブーツの中で遊ばないように足にぴったりフィットするように、小さめの

ブーツを使った。

一本滑る度に、足が痺れて、ブーツを脱ぐ始末だった。

面白くないスキーだ。


10年ぐらいの間にブーツを4足買っている。

”あほ”である。

その他にも、板やポール、ビンディング、ウェア・・・

冬のボーナスが飛んでいった。


昨日の、インディ・ジョーンズのブルーレイやDVDといい

上手な、金の使い方ができない性格らしい。

趣味とはそんなものなのかな。


私が好きになった人は趣味が合えば、物質的には満足できるかもしれない。

でも、一緒になったら悲惨かもかもしれない。

私自身にそれだけの収入が・・・


しげちゃんの歩行器から私の浪費癖の話になってしまった。