私のことを考えて見た。


医者から、この病気でないかと言われたとき
母がそうであったこと、「1リットルの涙」を見ていたことで
「やはり」という感覚で、これから段々できないことが増えて
家族の世話にならないといけなくなること、等を考え、
がっかりはしましたが、「一生の終わり」という感覚はなかった。
それから、専門の病院で遺伝子検査→確定しました。


いつまで、歩けるだろう?
いつまで、働けるだろう?
働けなくなってから、生活できるだろうか?
等、漫然とした不安はあった。
具体的に、目の前にせまった危機はなかった。


当時は、足の痺れを感じているくらいで、まだ走ることもできた。
急に、悪くなる病気ではないので、どのように自分自身と向き合えばいいのか
よく判らなかった。


段々、自分自身が不活性になって枯れていくイメージを持っていた。
淡々と家と会社の往復を繰り返し、色々な活動にも一切参加せず、
死んだも同然だったかもしれない。


それから4年、今年の6月、急に変わった。
「脊髄小脳変性症」であることをカミングアウトし、
ブログで色々発信している人たちがいることを知った。
その人達から勇気をもらった。
それが、不活性な自分への添加剤になったような気がする。


自分も日々のことをブログに書くことで、自分の世界を広げようと思った。
だから、病気のことだけではなく、これまで自分がやってきた得意なことや
好きなことを、自分への確認を含めて書いている。


自分の性格からか、文が長くなる。
でも性格だ。
「びょーきもち」さんのような短い文も魅力を感じる。
でも、これが自分だ。


これからも、よろしく。