高校の同級生で、3年前に亡くなった書家の友人の「遺墨展」に行ってきました。

銀座鳩居堂画廊の3階、4階には彼、莚平(むしろびら)桃太郎さんの大作と小品が活き活きと並んでいました。

 

桃太郎さんは若い頃、前衛書道家の上田桑鳩氏に師事した書家で、書道一筋を貫いた生涯でした。

 

      

高校時代の桃太郎さんはヤンチャで天衣無縫な男子でした。

でもその内面では母一人子一人のこの上なく母親思いの人で、繊細な神経の持ち主でもありました。

 

              「母の歌」

 

 

             「風立ちぬ(王妃)」         「風立ちぬ(王)」

 

若い頃の作品だという「シーサー」

 

      

           「のぞみあるか」

 

             「千年の憂」           「墨磨人」

左に見えるスタンド花は同期生会で贈ったものです。

 

書の専門雑誌に掲載されています。

 

野田市に住んでいた桃太郎さんは地元の伝統あるタウン誌「とも」にコラム欄を持っていました。

私にも毎号送ってくれ、こちらの「ほのぼのマイタウン」も短いメッセージを添えて送っていました。

ほのぼのマイタウン20周年の交流会には野田からルネこだいらまで駆けつけてくれたものです。

同期会で彼が幹事になると韓国と台湾旅行を企画してくれ、奥さんも同伴して楽しい時間を過ごしました。

そんな思い出が甦り、書への飽くなき情熱とエネルギー、何ものにもとらわれない自由さに改めて感じ入りました。

桃太郎さんの息遣いが今も伝わってくるような書展でした。

 

       

後日、彼の奥さんから作品集「逍遙遊」が送ってきました。

プラスチックのカバーに作品が印刷され、白い紙表紙のタイトル「逍遙遊」という文字が浮き出ている意匠です。

91ページに及ぶ立派な作品集、作品と共に倒れるまで30年間連載した月刊「とも」から抜粋した記事も掲載されています。