以前から、日本画家、田中一村(たなか・いっそん)の美術館がある奄美大島に行きたかったのですが、先週、思い切って2泊3日で行ってきました。

JALの直行便で2時間余り、20分遅れて2時半頃奄美空港着。
本当に久しぶりに味わう旅の空は青く、明るい光に満ちていました。

直ぐに空港近くでレンタカーを借りて、そこから5分のところにある田中一村記念美術館に直行しました。
以前の空港跡地にできた奄美パークの中にあります。


   

   

今回のチラシ(上)と入口の案内です。
館内の撮影は禁止でしたので、こちらで一村の絵を感じてくださいね。
「不喰芋と蘇鉄」というタイトルの絵です。

日本のゴーギャン、孤高の天才画家と言われる田中一村(1908ー1977)を知ったのは15年前くらいでしょうか。
故郷の絵の好きな友人が奄美大島に行き、そのおみやげに一村の絵はがきセットを送ってくれたことがありました。
奄美の自然を描いたその絵は独特で、強く印象に残ったものです。
数年後、今度は清瀬の友人が『日本のゴーギャン 田中一村伝』という本を送ってくれました。
鹿児島の南日本新聞記者が細かな取材をして、新聞に連載したものを単行本にしたものでした。
これを読んで、こんな画家がいたのかとその一生を知り感動そのものでした。

50歳で中央画壇と訣別し奄美に渡り、69歳で亡くなるまでの間、大島紬の染色工として
働き、岩絵の具や画材を買う費用を捻出し、絵画制作に専念していたようです。
一村のおみやげ店の方が「一村は奄美での20年間のうち、絵に専念できたのは9年位じゃないですかね。亡くなって随分経ってからNHKの日曜美術館で紹介されてから注目されるようになってね。美術館が奄美に造られたってこと知らせたかったですね」と話してくれました。

展覧会場で使っていた筆や道具などもありましたが、印象に残るのは住んでいた間取り図です。
6畳か4畳半の一部屋がアトリエ兼台所、寝室他のすべてだったのです。
このような環境の中で、奄美の植物や鳥を愛し、繊細で生命力溢れる一村の世界をつくり上げていったのですね。
生涯独身、画業に捧げた清貧の人でした。

   
   

こちらは帰京する日に訪ねた名瀬にある一村終焉の家。
移築保存されているのですが、この家に引っ越してたった10日後に心不全で亡くなったのだそうです。
それまで住んでいた所と較べて「ここは御殿だ」と言ったのだとか。 

   

家の周りには一村が描いた蘇鉄やアダンが植えてありました。
駐車するところを通りがかりの地元の男性に訊いたら、「よくこんなところまで来ますね」と言われました(笑)。  


   

   

美術館入口、木製の自動ドアがステキでした。

  

作品を見てきた美術館の外観。
高倉のような造りで周りも広々としています。

   

カフェもありましたが、3時でクローズとのことで残念!
至る所にモダンな木製のベンチやイスがあって、南国情緒の中に落ち着きがありました。



   

美術館から続く散策の「一村の路」もあり、エレベーターで昇れるような展望台もありましたが、泊まるホテルがここから30㎞先の名瀬の街中ですから、夕刻も迫り、ゆっくりできず心残りでした。

   

一村の絵に登場するアダンの実もなっていました。
この実は黄色く熟して、芳香がするそうですが、食べるには繊維が多すぎて適さないのだとか。



さて、ようやく名瀬のホテルに着き、ひと休みして夕食に出かけました。

行きたい店がお休みでしたので、漁船を持っていて魚自慢という居酒屋へ。

   
地魚の盛合わせ、新鮮そのものでした。

    
豚の角煮と右は奄美名物の鶏飯。
鶏飯はそんなに美味しいとは思いませんでしたが、豚の角煮は柔らかくて美味!

    
島豆腐も、こちらの豆腐とはこくが違うような感じがしました。
他にも天ぷら盛合わせなども頼みましたが、お値段もリーズナブルですべて満足!でした。

1年ぶりの旅行で、飛行機に乗るのも2年半ぶり。
すっかり疲れた1日目でした!