2日目も快晴、恵那から岐阜市へ向かい、古い町並みが残る川原町に寄りました。
江戸時代に長良川の水運を利用して、材木商や和紙問屋などが栄えた町です。


格子戸が趣を醸し出してステキなのですが、連休最終日なのにガランとしているのに拍子抜けしました。
そのせいか、岐阜うちわなどの伝統工芸の店もあるものの、何だか入りにくく・・・

通りを歩いた先に長良川が見えました。
ここからあの鵜飼い舟が出るのです。
一度は体験したいと思っているのですが、5月11日から始まるとのことで残念。
並んでいる舟を眺めただけでした。
川原町にはカフェやレストランなどもあり、ゆったりと歩けば発見もあるのでしょうが、
駆け足で、素通りした感じでした。

川原町から見上げた岐阜城。
金華山の頂上に位置して、斎藤道三と織田信長が居城したことで知られています。
あんな山のてっぺんによくお城を造ったものだと感心しました。
岐阜駅のレストラン街でランチをして、息子と別れ電車で名古屋へ。
先に熱田神宮へ行ってお参りし、夕方名古屋駅近くのホテルにチェックインしました。
私、名古屋は新幹線で通るだけの駅でしたので、初めての訪問なんです。
さすがにカフェが多いですね。
10連休が明けた7日は1年前に本丸御殿の復元が実現した名古屋城へ。
実は前日の夕方、夫が下調べをして絶対買いに行くと言っていた、わらび餅の有名店に電話すると7日は休みと言われ大ショック。
その上、私が訪ねることにしていた、川上貞奴の旧邸二葉館も徳川園も美術館もぜ~んぶ月曜の振替休日でガ~ン!
市内の観光地を巡るメグールバスも運休。
つまり名古屋城と熱田神宮以外は10連休のお疲れ休みということだったのですね。
でも、五月晴れの名古屋城は石垣と緑が清々しく、素晴らしい本丸御殿内部を見ることができました。


石垣には築造を命じられた諸大名の刻印も刻まれていました。
名古屋城築城にあたって、徳川家康は加藤清正や福島正則ら西国大名20家に土木工事を、小堀遠州らには天守や櫓の建築工事を命じたそうです。

東南隅櫓(すみやぐら)、かつては武具が納められていたとか。

天守閣は再建から半世紀が経ち、設備の老朽化や耐震性の低さから、木造に復元するため閉館中です。

こちらが10年をかけて、昨年6月に復元が完成した本丸御殿。
昭和20年の空襲で建物のすべてを焼失しましたが、第一級の史料が残されていたことで、400年前の築城当時のままに復元ができたのだそう。
書院造りの木造平屋が13棟(総面積3,100㎡)。工費150億円がかけられました。



襖絵、格天井、彫刻欄間、その豪華絢爛さに目を奪われました。
ボランティアガイドさんから幅50㎝ほどの檜の床板が1枚100万すると聞きました。



書院造では部屋の格式によって、つくりや意匠がかわるということがよくわかりました。
飾金具など細部にも現代の匠の技が光っていました。
「尾張名古屋は城でもつ」の通り、名古屋が世界に誇る財産ですね。
帰りの新幹線まで時間があったので、タクシーで川上貞奴が福澤桃介と住んだ家を外観だけでもと見にいきました。

ひときわ目立つおしゃれな洋館、ステンドグラスの窓も見えました。
休館日じゃなかったら、内部も見学できたのに・・・。
この「文化のみち」界隈には豊田佐吉の弟、佐助の旧邸もあったのですが、ここも休みで門が閉まっていました。
でも名古屋の街、面白そうです。

名古屋市のマンホール蓋。
一見、ミツバチかと思ったらミズスマシでした。